二章第三話
彼の率いる襲撃隊は地下迷宮から出立して、すでに七日が過ぎていた。
初日は移動に、二日目は簡易拠点作りにと費やしたのだ。
三日目に小鬼のランを偵察に出し、隊商を発見するも規模が大きすぎて襲撃は諦めた。
交易路と地下迷宮の中間点付近に作成した簡易拠点。そこだと交易路より離れすぎていた事に気付き、第二簡易拠点を交易路近くの小川付近に築いた。
屋外活動に特化した技能を持つランの移動時間と、多人数時の移動時間を読み間違え。その為に襲撃を失敗してしまう。
交易路に到着時には、襲撃が不可能な距離まで目的の馬車が離れていたために。
この失敗を反省し、発見される危険性が高まるのを承知で拠点を移したのだ。
考えが浅い、間か抜けてる、と言われるとその通りだと返さざるを得ない。
彼に襲撃の心得などあるわけがなく、骸骨兵やゴブリンも創作されてまだ何十日だ。有用な進言や献策を求めるのも無茶だろう。
骸骨兵長イースとゴブリン達と話し合い、作戦を練り直し。拠点を交易路近くに移し、そこに本隊である骸骨兵団を置く。ゴブリンがヌイ帝国方面とフルゥスターリ方面に偵察に出る事に。
襲撃時、反対方面に出ているゴブリンは参加出来ないかもしれないが、獲物である隊商や旅人の早期発見を優先する事に。
ゴブリンはニ体一組で偵察に出ている。発見したら一体は見張りに残り、もう一体が本隊に知らせへ走る。もう一つ理由として交代で眠る為だ。
睡眠が必要ない骸骨兵と違い、夜行性のゴブリンは昼間だと活動が鈍い。無理に起こしているより、寝かせた方が良いだろうと彼からの指示だ。
ゴブリンが偵察に出ている間、骸骨兵は装備の点検や整備を行う。
彼自身はイースのみ引き連れ、ゴブリンと同行したり思惑に耽ったりだ。
襲撃はイース達に任せ、迷宮拡張に励む事も考えたが襲撃参加を選ぶ。
理由は色々とあるが、部下達だけに責任と危険を押し付けるのを嫌った事が大きい。
そんな彼らが待ち伏せている範囲に、隊商が近付いて来ていた。
馬車が二台、護衛の騎兵が五人。
太陽が真上近くに昇る頃に、その隊商を発見したのはフルゥスターリ方面に派遣されていたゴブリンのヤンだ。
傍らで木の根を枕にマントを毛布代わりにし、爆睡していたハブを蹴り起こす。
「ぬにょっ!?」
「大きな声出すな! 気付かれる!」
寝惚けているハブに小声で怒鳴るヤン。視線は油断なく、隊商に向いたままだ。
ゴブリン達がいる場所から交易路まで、五十メートルはあるので余程の事がないなら気付かれまい。
「親分に知らせ。走れ!」
「!? が、がってん?」
慌てて本隊に走り出すハブ、隊商を尾行というか並行するヤン。
障害物の多い森中の移動と、見晴らしの良い平地にある交易路。護衛も騎兵である事からヤンとハブを置き去りに隊商は進むのだった。
ヤンとハブが必死に隊商を追いかけていた頃。
彼は交易路近くの小川、そこで釣り糸をたらしながら考え事をしていた。
フードを深く被っている為に、外観から内心を推し量るのが難しい。
そんな彼から少し離れた場所で骸骨兵長イースが警護に佇んでいた。
この先の事を考える。
ゴブリンを増やせば食料が不足する、骸骨兵は神聖魔法(神力)に対して不安が大きい。
死霊魔術師がゴブリンを配下に自然洞窟を拠点に活動している、との偽装を考えている彼。
ホムンクルスは内政要員として戦闘には出さない。
ダンジョンマスター室と大部屋の間に水精霊を配置可能な部屋を創作し、配置する事で最終防衛要員とする予定で動かさない積もりだ。
他にも彼の認識だと使役条件が厳しくて連れて歩くのは無理、との結論故だが。
それに今欲しいのは偵察要員だ、できるなら飛行可能な。
どちらにせよ、食料の生産要員を増やさざるえまい。
創作するしかないのだが、襲撃要員の増員も必須。しかし創作用ポイントが残り少ない。
故に襲撃しポイントを稼がねばならないのだが、襲撃要員が少ない等で思うように襲撃できず。
襲撃を成功させ、どれぐらいのポイントを獲得できるか確かめねば計画もたてれない。
釣糸に反応はなく、時間だけが流れる。
彼の思考は続く。
生産施設である農場部屋用に、何人が生かして連れ帰るか?
しかし戦闘能力のないホムンクルスだけだと、捕虜が反抗した時等、制圧や抑制は不可能だろう。
結果防衛要員を置かなければならない、ならば反乱の恐れが低い魔物を創作した方が良いか?
「主ドノ、小鬼ガ戻ッテ来テルヨウデス」
「……ん?」
背後に控えていたイースの発言で長考から意識を引き上げ、周囲に意識をむけだす彼。
「イース、骸骨兵をまとめよ」
「ハッ」
釣竿を片付けながら、胸奥からわき出る不安を押さえつける。
木の上や影、茂みや水草に伏せていた骸骨兵を的確に集めるイースの声を背に、茂みをかきわけ近付くゴブリンに視線を向ける。
汗だくのゴブリン、ハブが大声で告げる。
「親分、ヤンが呼んでますぜ!」
「どういう事だ?」
「わかりません!」
自信満々にわかりませんと宣言されても、とマスクとフードで隠された表情に困惑が浮かぶ。
ホウレンソウ(報告・連絡・相談)の重要性と、虚偽(嘘)の厳禁・厳罰は確りと教育したはず。
おそらくは隊商発見の伝令なのだろうと思うが。
ハブからそれ以上の情報を得れず、とにかくイースがまとめた骸骨兵を率いて交易路に向かう。
襲撃が成功したなら教育をやりなおす事を決意して。
交易路を旅する隊商や旅人を襲撃し易そうだと目を付けていた地点に到着。 待ち伏せ様とした処、イースがヌイ帝国方面へと進む馬車を発見――もしイースが気付かなかったら再び失敗しただろう――慌てて馬車を追跡する一行。
ヤンとハブ同様の移動条件に加え、大人数な事、途中でヌイ方面に派遣していたマリ、体力が切れたらしいヤンと合流。
見失わず追い付けたのは隊商が、休憩施設に落ち着いて移動しなくなったためだ。
それでも移動途中でゴブリンや彼自身の休憩を、とりながらの追跡。
途中、イースから骸骨兵の背中を使用しては?
との提案があり、彼は体力消費が激しいヤンとハブを背負わせたりと時間短縮の努力と工夫を行ったが追い付いたのは日も暮れてからだ。
このまま襲撃するのは無謀、そう判断した彼は骸骨兵に見張りを任せゴブリンと共に仮眠をとるのだった。
夜は魔物の領域である。
人間族と違い多くの魔物は闇の中でも不自由はしない。
ヌイ帝国とフルゥスターリ王国を結ぶ交易路。交易路といっても、石畳や煉瓦で作られたような整備された道ではない。多くの隊商や旅人に踏み固められた土がむきだした大地だ。
そんな交易路に作られた休憩施設である石作りの小屋、その横の停留所に馬車が二台、馬が数頭繋がれていた。
馬車近くに焚き火がたかれており、武装した人間が二人腰をおとしている。
小屋の煙突からも煙が出ているのも月明かりで確認できて、使用者の存在を主張していた。
小屋は交易路を挟んで森の反対側に作られており、見晴らしも良い。
その小屋と見張りを、森中から監視する彼率いる襲撃隊。
焚き火の他に光源は五つつ。
小屋の出入口、馬車の荷台口、焚き火の所にランタンが。
交易路にも『明かり(ライト)』を付与された小石が、ヌイ方面とフルゥスターリ方面に置かれている。
ライトの魔法は、都市部では街灯に使用され一晩は継続する初歩魔法。魔術師ギルドの収入源の一つだ。
明かりを置いてある間隔も上手く、死角がない。月光もあり、闇に紛れての接近は難しいだろう。
「イース。機械式弓で狙撃可能か?」
「シバシオ待チヲ。オース」
素早く骸骨弓兵オースがイースの傍らまで近付く。彼やゴブリンからは無言で見詰め合っている様にしか見えない。
「無理カト」
「……そうか」
力不足申し訳ない、と謝罪するイースに気にするなと告げ。確認のためにヤンに顔を向ける。
「護衛は五人だな?」
「犬人居た。御者剣持つ」
「他ニモ、馬車カラ人間ガ乗リ降リヲ」
彼やゴブリンが休んでいた間の情報を、イースが補強した。
「戦闘要員か?」
「非戦闘員カト」
数は力だ、非戦闘員といえ侮れない。そう伝えたいのだろう。
夜空に浮かぶ月――二つだったり、七つだったりでなく一つだ――を見て考える。 襲撃するか、否か。この場面でも迷いが出る。
冷徹な戦力分析の結果か、良心の葛藤ゆえか。
「イース」
「ハッ」
「シーザー、コス、オース、スーク、ラン、ヤンを率いて反対に回りこめ」
「了解シマシタ。ラン先導ヲ頼ム」
「時機を見て突撃する。伏兵として挟撃せよ」
静かだが力強く命令を下す。
ランが発見されずに回りこめる経路を割り出し、なるべく静かに素早く移動する。
今から人を殺す、そう考えるだけで逃げ出したくなる心。フードとマントで隠す、震える身体と奥歯を噛み砕かんばかりの食い縛りと一緒に。
どれだけ生き残るだろうか?
己が創作した部下を見渡す。
発見されぬ様に、こちらに明かりはない。月明かりと、向こうが灯す明かりが光源だ。
彼の目では細部まで見えないが、恐怖で震えたり畏縮する様子はない。
勝つ、その決意だけを胸に満たし『敵』に視線をおくる。
もう震えはなかった。




