四章第一話(中編そのニ)
ネームレス配下の魔物達はそれぞれ寝床が一応用意されている。
最古参人造人エレナとネブラにコボルト料理人プリヘーリアとチャーリーンは農場部屋に建てられた食堂の住居部、骸骨兵は練兵場とも言える広大な自然洞窟偽装広場に隣接する小部屋、ゴブリン達はその広場からもっと出入口近い場所に定められた居住区、インプは農場部屋と地下迷宮を繋ぐ小屋を動く石像と共有していた。
一角獣ユーンも農場部屋内に複数建てられている家畜小屋の一角を専用として与えられていたが、昼間は捕虜の少女達の周囲を徘徊したり水精霊ミールと戯れ、夜間は捕虜が寝泊まりする小屋を警護していて利用する事はほぼない。
《わ……我が守護を抜けると思うたか! 淫魔ぁ!》
「ちょっと本当に邪魔なんだけど!」
《抵抗せず我が角にて滅せよ! ぬぅ、飛ぶな! 降りて正々堂々と貫かれろ!》
「戦え、でなく貫かれろって承知するわけないでしょ! 戦えって言われても断るけど! スチパノなんて色男が居るんだから、テコ入れしないと御主人様が好感度で負けちゃうのよ!」
《心配無用! 淫魔の次はあれも滅ぼす故! 光精射出!》
「ちょっと、精霊魔法まで使ったら本気の殺し合いでしょうが! きゃっ、掠った!?」
《我は何時でも本気よ!!》
女淫魔ヴォラーレが密かに進めていた、淫魔の持つ技能夢渡りで少女達の夢を操り、深層心理の性的欲求不満やネームレスへの好意増大策は停滞中である。屋根上に居れば物理的な妨害は防げるが精霊魔法での横槍はどうしようもない。
「こんな深夜に遊ばず、休みなさい!」
「ひぃ、ごめんなさい! エレナさまぁ」
《問答無用! ひぎゃあぁっ!?》
空を飛ぶヴォラーレと地を駆けるユーンの狂騒を停めたのは、言わずと知れたエレナであった。彼女の警告を無視しようものならば、ユーンの様にミールから文字通り頭を冷やされる。時期的に凍死の可能性もある程に冷えた水に包まれてだ。
《……わが悪かった、助けて!》
エレナの癇に障ったヴォラーレ、陸で溺死しかけるという類い稀な出来事を経験したユーン。二名の暗闘は始まったばかりである。
そのミールも住まいには清らかな水がわき出す噴水部屋を与えられており、同時に今では農場部屋一帯の非戦闘員を護る守護者を任せられていた。普段から農場部屋に入り浸り、水撒きや捕虜の幼女と遊んで居る彼女だが実は地下迷宮最強の魔物でもある。ミールの力を増強させる噴水部屋内であれば、ミノタウロスが無作為で手にする獲物次第であるが差し向かって戦っても無傷で降す事が可能だ。
豚人スチパノはDM居住区の一角にある応接室とされている現物置場の片隅でテント暮らしをしている。これまでの魔物と比べると彼だけ待遇が見劣りするように見えるが、スチパノ自身はテント生活を満喫しており不満はない。迷宮拡張時の随伴からほぼネームレス専用料理人の地位を射止めた彼からすれば職場とも言えるリビングに程近い応接室は公私の区切りとしてもほど好い距離との事だ。
ヴォラーレには農場部屋と噴水部屋の凡そ中間地点の農家部屋が与えられている。農場部屋と同じく生産施設であり、住居と畑に家畜小屋と農場部屋の縮小版、というよりも農家部屋の拡大版が農場部屋である。
地下迷宮二階層での戦利品である毛皮の加工を切り上げたネームレスの姿が、この部屋の主ヴォラーレと共に見られた。
季節設定が冬となり迷宮内も凍てつく様な寒さに支配されている。ただし一部の施設や小屋では魔力を用いられた暖房が利いており、過ごしやすい暖かさが保たれていた。
しかしながら寝室には熱気が篭っておりベッドで横たわる二人も汗で濡れている。一回目は短距離走の如く全力疾走でネームレスの独りよがりで、二度目は先程の分も増してヴォラーレを労り、三度目は互いに思いやるという謎の行為で汗以外の体液でもシーツを汚していた。
やはり褒美は必要だな、と絡み付くヴォラーレの髪を指で撫でながら報告されたハブとディギンの活躍を思い返してネームレスは結論を出す。
二人になめし途中の皮を駄目にされたが、元来生産活動に不向きなゴブリンを起用したのが間違いである。失敗の苛立ちを彼らにぶつけるのは過ちだ。ネームレスはヴォラーレとの共同作業を終え、いろいろと吐き出して落ち着きを完全に取り戻していた。
「湯浴みの用意を致します」
「あぁ、すまんな」
「いえ、では準備しますね」
余韻に浸りながら互いに裸体で抱きしめ合い、作業で乱れた呼吸を整えていた二人。ヴォラーレはネームレスから――というか個人差はあるが行為後の男が女を気疎い出す――不興を買わない時機を計り離れる。余りにも早いと女性が男性を嫌悪していると誤解を与え兼ねず、遅くなると面倒に思われてしまう。
逆に言えば女性が早々に離れて行く時は男性は互いの関係を見直すべきだ。基本的に女性は行為後も抱きしめ合い会話をしたりと愛情を深めたがるものなのだから。もちろんこれにも個人差がある。
かの様な過程を経てハブとディギン、むしろゴブリン族への褒美となる二度目の生産活動許可が下った。
「待って、ねぇ、待って、親分! 俺らへの褒美なんだよね? ちがわね、なんかちがわね!」
「せ、せめて別の男を加えて欲しいっす!」
複数の女ゴブリンに居住区奥に作られた繁殖区域に拉致されて行く二名を見送り、ネームレスはあの狂乱に不参加を表明したフジャンとランの両名に問い掛ける。
「余り口出しをするのも何だが、他の男を加えるのは?」
「強き男の血のみ残すのが魔物流です。若い者はまだまだ」
創造主であり支配者たるネームレスの言でも屹然とした態度で反論するランに、フジャンは「ぁぅぁぅ」と右往左往。
もっともネームレスは、その姿勢に好意的な視線を投げかて問答をかけ続ける。
「女達に手加減させる事は?」
「本能に支配されますので不可能です」
ゴブリンの生殖は異種間と交配する事もあり、生理的拒絶が起きない様に行為突入時は本能に支配された。異種の種では純血よりも格段に弱体化する為である。
そのために野生のゴブリンは、選ばれた雄以外は巣穴を追い出され、暫く生存生活を強いられていた。また閨房に引きずり込まれた異種族の男は一晩持たずに絶命するのが常だ。
「そ、そ、そ、そうっす! まだ未熟なあいつらに着いておかないと不安っす! だから、ね、親分助けてぇ!」
両腕両足に一名ずつ、計四名から拘束されて宙吊りで連行されていたディギンが最後の抵抗とばかりに叫び声をあげる。
「過保護過ぎ、生きるも死ぬも自己責任。それに減るよりも増やせば良い」
冷徹なランにネームレスは監視の徹底を命じるぐらいしかできなかった。




