1-1-C:例えばアニメ一話特有のEDカットして本編を背景にスタッフロール流してるCパートみたいな部分
「……ねむ」
のそのそと布団から這い出て直ぐ、視点の低さに頭がバグる。……ああそうだ、日本かここ。
体が倒れそうになる程重い。
睡魔に耐性が無いからだと思いたいんだけど……この感じ、疲労が抜け切ってない時特有の物なんだが。
(ええっと……今日何すんだっけ)
ふらふら歩いて自室から出ればリビングから人の気配。寝ぼけ眼を擦りながら確認しにいくと、目に痛い銀髪をゆらゆら揺らしながら一人の少女が敷布団に寝転んで漫画を読んでいた。
……なんで? リビングじゃなく部屋に布団敷いてたよね君?
「おはよー」
「おはよ。すっかり寛いでんね」
「んふふ、気を抜くとふわふわに溶けてるわ」
掛け時計を見やれば針が指すのは11時。そりゃもう起きてて然るべきか。……時間が取れてるだけで睡眠の質がかなり悪目だ、脳味噌が死んでやがる。
(身分証の解決と米が要るんだっけ? あぁ後はアイテムの換金方法の模索と……最初に見るアニメとゲームの選定もやらなくちゃで……そうだ筋トレと身長伸ばす計画も立てないといけなくて……歯ブラシも無かったな、いやそれより先にエミの部屋の家具も……)
先送りしていた諸々を脳内でリストアップしていくにつれ、回らなかった頭に更なる痛みが発生し始めてきた。
やること、多すぎ……その内の幾つかは解法の検討が必要だし……昨日の内に少しはやっとけよカスが。
「うに゛〜〜〜〜…………ふぅ」
「カーバンクルかよ」
「……にゃあ?」
猫の伸びのように(字に体を反るネコエミさんは、俺にツッコまれるや否や両手を丸めてあざとく鳴く。……言外に構えと言われてるな、クソがと悪態を着きたくなるくらい可愛い。
…………
「ふんっ!」
「ぎにゃぁ!? え、何っ!?」
「煽ったんならモフらせろテメェ」
「いいけどお腹に鼻先突っ込むな! くすぐったいわバカ!」
もういいや考えるの面倒臭い、暫く堕落を享受しよう。
一歩間違えなくてもセクハラ待ったナシのじゃれつき方だが、パーソナルスペースがぶっ壊れてるエミは嫌がる素振りをまるで見せない。
コイツはネコだと自分自身に暗示を掛けて、羞恥心と手加減を殺して脇腹をくすぐり服越しに腹に頭を埋める。冷静になるとキモ過ぎて死にたくなってくるので構うのに大事なのは勢いだ……! あ、クッッソいい匂いがする。同じボディソープ使ってんのにこの差はどこから生まれるのだろう?
「……まだ眠そうよ? お昼寝する?」
「……こっち帰ってきてから甘え過ぎて情けなさがオーバーフローしそうなんですが」
「はぁ……これまで沢山頑張って来たんだからこんな時くらい甘えなさい、ご褒美よご褒美」
「駄目人間にする気か俺を?」
「残念ね、明日からは好き勝手振り回すわよ」
「マジカヨ……」
この貧弱な体で体力持つんだろうか、この子行動力やばいからなぁ……平気で単身飛空挺にカチコミ掛けるような人間の『振り回す』宣言は最早死刑宣告なのよ。
……腕に後頭部を抱かれた状態で、少しだけやるべきことを考えて。
やがて零距離からするシトラスの香りと心地良い体温に、気付けば思考の全てが粉々に溶かされている。
「……お昼寝する」
「健康でよろしい」
……嗚呼、俺の理性のなんと無力なことか。
優しく撫でられるまま目を瞑れば、十秒と経たずに意識が途切れた────
******
──静かに何かが上下している。
鼓動。呼吸。息をする度にゆったりと繰り返される生命活動の余波。
とても静かで落ち着いていて、リラックスしきった人のもの。
覚えている。何よりも安心出来る柔らかで暖かな体温の記憶。
少し上から"すぅ……すぅ……"といった小さな寝息が聞こえる。身動きもせず、寝返りもせず、行儀良くその子は眠っている。
陽だまりのような優しさに包まれて、目が覚めた。
「ん……」
覚醒は唐突に。
脳味噌のスイッチがいきなり着けられたみたいに、眠気が消え失せ瞳が開く。
一面に広がる黒。力無く、でもしっかりと頭を抱いている両手。そっと外して身体を起こせば、赤色の光がベランダから差して俺を照らす。
さして眩しいとは思わない、それだけ陽射しが弱くなるような時間なのだろう。
「……何時だ今」
黄金色の空が目に映る。余りにも夕方。
冬時なら四時か五時くらいなんだろうが、生憎と今は4月の28日、桜はもう散り夏に入り始めた初夏の頃。認めたくないものだな、六時四十分等とほざくスマホ画面の情報を。
思わず逸らした視線が吸われたのは必然的に、無防備に隣で眠る銀髪の美少女で。
ブランケットを掛け直そうとした寸前、抱き枕が離れたのに違和感を覚えたのか閉じていた目がゆっくり開き、長いまつ毛のカーテンの内から蒼穹のように碧い瞳がこちらを覗く。
焦点がまだハッキリとしない寝起き直後の反応。眠そうにしながらも俺の存在を捉えた途端、ふにゃりとした笑みを零してくれた。
相変わらず顔が良い……なんでこんな子が俺の超至近距離に居るんだろう、前世の俺ってどれだけ徳積んだんだ?
「ふあぁ……おはよぉ……んぅ? 今日これ言うの二回目ね?」
「おはよ。見てみエミ、外夕方」
「あらほんと。何もしてないわね今日……うわぁ綺麗」
二人並んで敷布団の上に座り、寝巻きのままガラス越しの空をボーッと眺める。
うつらうつらと揺れるエミの頭が肩に乗った。
首筋に当たるまつ毛と頬。そのまま横から体重をかけられて危うく倒れそうになる。……髪がこそばゆい、つか重い。今度はエミの方が電池切れじゃん。
「……外食の気分」
「同じく」
理由なんて特に無い。強いて言うなら作るのも買ってくるのも面倒になったから。
実に怠惰だ。
****
「なんか反応鈍くない?」
「コツは少しだけ長押しすることかな」
「……あ、ほんとだ反応した」
買い物をするでも無く、街を案内するでも無い。適当に着替えて向かった先は近所にあるファミレスだった。
初めて見るタッチパネルに苦戦するエミの格好はスウェットにショートパンツとラフなもの。ほぼほぼ部屋着みたいなもんだがドルフィンパンツでないだけまだマシである。
衣類がちゃんと発達してたあの世界でも好き好んで薄着の私服を着てたのがエミだ、家の外だろうとその服で出歩くのなんて朝飯前なのだろう。……いや今日二人とも朝飯食べてないけどさ。
「つまるところあんたはさ、無駄に力入れ過ぎなのよ。どーーーせ『初めての体験は特別で最高なものを選びたい』とか思って無駄に自分にプレッシャーかけてんでしょ?」
「ぎく」
注文画面を品定めしながらこちらを見ずに投げかけられる言葉のナイフ。
希望を求めて辺りを見回すが……残念ながら周りに人はいない。ああ終わった、反省会に歯止めをかける衆目がいないんじゃ俺死ぬわ。
「メンタル弱いのに気を張って苦心するから疲れんのよ。変に大人ぶろうとしてままならない問題含めて全部同時に片そうとするし、ラーメンやフィジカルとかの理想と現実との乖離で更にストレス抱えてる。……無駄な意識の高さで自分の首を絞めてるのが今のあんたね」
「……ぐうの音も出ねェ……」
「朝の不調は精神の不健康に起因するもの。一回惰眠貪って諦め着いたらスッキリしたでしょ? 相も変わらずあんたが傲慢だった、それが今回のオチよ」
思考も感情も完全に読まれて俺氏無事死亡、脱力と共にテーブルにノックダウン。
あかん反論が一つも出ねぇ、悪意じゃなく善意からの心配と呆れで刺されてるから悪いの全面的に俺だしさぁ……
「……言っとくけど、私は異世界じゃなくてあんたに着いてきたんだからね? 仮に行先がニホンじゃない別の世界だろうとそれは変わらないわ」
「……」
「別に、一緒にいるだけでいいのよ。最高の体験だとか行き届いた配慮とかは求めてないし。私が何でも楽しめる人間なの知ってるでしょ?」
「……いや、でm」
「はい出た傲慢ー! その『絶対満喫してもらわなきゃ』って強迫観念が私は傲慢だっつってんのよ! ……注文確定はこれかしら?」
ダメだこの子に口で勝てる気がしねぇ……おかしいな、日本に帰還した時はこんなことになるつもりは無かったのに……!
(……傲慢かぁ)
エミの言っていることは『気負うな、気にするな、意識をもうちょい低く持て』という妥協の提案だ。
異世界含めて生きた年月が20を超える俺は、ちゃんとした15歳の少年では決してない。
……純然たる一つの事実として、俺は同年代の少年少女を見ても無意識の内に年下として認識してしまっていた。
特異な体験からくる認知の歪み、視座の差異。後方腕組面で子供の幸せを希う俺を『傲慢』であると斬って捨てたエミは、俺に子供であって欲しいのだろう。
遠慮もなく、配慮も最低限で、良くも悪くも純粋な子供同士の友情関係を。
「ねぇアラン、ドリンクバーってどこ?」
「……一緒に行く?」
「行く!」
応えるが早いか腕を捕まれ椅子から通路へ連れ去られた。行動力の化身過ぎるだろお前……!?
──思考をリセット。女々しくて下らない反省会場を頭の隅に捨て、全脳をエミの対応に割り当てる。
きっと今、それ以外の雑念は必要無いし。
「──ドリンクバーコーナーはここ。操作は……まぁ見たまんまやね。頼んだ人なら幾らでも無料でおかわり可能だ」
「……え、原価大丈夫?」
「突っ込む所そこ!?」
「あと種類多過ぎでしょ……あ! カル〇スがあるわ!?」
うわ本当だ、今朝自販機で買ったやつらの大半がここに丁度ラインナップされとるわ。謎に複雑。
あれ? てかコイツ炭酸は飲めるんだろうか? ……店で初チャレンジは最悪迷惑かかるからやめとこう、やることリストにメモしとこ。
「コップは一人一つまでね」
「え゛」
振り返ったらウッキウキでコップ四つ抱えてたわ、マナーはぼちぼち覚えてこうね?
「う゛〜……一先ずはカルピスかしら……は? メロンとレモン? ……ねぇアランどうしよう!?」
「混ぜとけ」
「天才じゃん。……あれこれ前の画面にどうやって戻すの?」
──飲みなれ(てしまっ)た紅茶を注いで先に席に戻ると、ふと視線を集めてることに気付いた。
慣れてはいる。アラン君もエミも頭おかしいレベルの美形だし。でもこの外見で集めるのはちょっと理由が分からない……なんでだろ? 騒ぎすぎた?
……いや違う、この既視感があり過ぎるそこはかとない生暖かさは……
「──また複雑な顔してる。どしたの?」
「……いや、ビジュアル格差がこんなにあっても、俺達恋人に見えるんだなぁと」
「あーいつものかぁ」
驚異的なバランス感覚でコップ上部ギリギリまでカル〇スを注いで帰ってきたエミは、困り顔で向かい側の席に着く。
向こうでバディを組んで以降、二人でいる度に飽きる程向けられてきた『この子達恋人かな?』的な視線。カプ厨による微笑ましい物を見るかのようなものもあれば、憎悪と殺気に満ちた類のものある、いい加減うんざりしてきた日常風景。
──やがて届いたステーキを喜色満面で口いっぱいに頬張るエミを見て、とっとと恋人作って幸せになってくれとつくづく思う。
……お、昨日建てたクソスレ思いの他伸びてんじゃん。俺の料理来るまで流し読みしよ。
備考:関係性
新とエミの関係性はあらすじにある通り『大体TSした元同性の親友』くらいの距離感だよ
この関係性が書きたくていせぬま書いてるまである




