1-2-B2:ファッションセンスのある男主人公は数少ないと言われており
友人に二日続けてナイトレインを誘われてました
あ、更新時刻24時に変更します(生活サイクル的に18時がキツイのに気付いた)
翌日。
日課にすると決めた早朝ウォーキングを終えてから暫く経ち、そろそろ昼前といったところであることが発覚した俺は、思わず顔を両手で覆ってその場に蹲っていた。
「……あれだけ特待服は痛いだろとか言っといて、見事に黒い服しか持ってないわねあんた」
「頼むからもう殺してくれよ」
──俺達の通っていたリベルグラム魔法学院では、本来だと白いファンタジーな制服が支給される。……が、成績が極めて優秀な生徒に限って言えば、彼ら彼女らはある特別な黒い制服に袖を通すことが義務付けられていた。
特別待遇生徒と呼ばれる学園のエース達に因んで特待服と呼ばれるそれは……絵に書いたように厨二病チックな全域漆黒の金縁ロングコート(自由に改造可)がデフォルトだ。
当時それを渡された俺は(えぇ……これ画面で見る物とかじゃなく実際に着て学園毎日行くの……?)と戦慄し、毎年異世界の美的感覚でより厨二チックに勝手に改造されるのも相まって、"黒"を着ることへの羞恥心が年々増していったのだが……
自室の衣装タンスを開けて出てきたのは、着る物に無頓着な高校生特有の無難たる黒い服の山だった。
……ダブスタである。あまりにもあんまりなダブスタである。刃渡り二億センチの過去が心臓を貫き申しているのだが。
「……何故だろう、胸がとても痛い」
「──恋、ね」
「だまりなー?」
目の前が真っ暗になったとはこのことか。
したり顔でボケてくる特待服肯定者さんは、今日も今日とて健康的な薄着で俺の肩越しからタンスの中を覗いている。
……この子もファッションに無頓着な方ではあるが、素材が世界レベルで良い上に服装という概念から逃げてはいない。
シンプルなデザインのワンピースから、果ては改造しまくって原型の無い制服まで。レパートリーは様々かつ色が何かに偏ることも無い。
考えることから逃げていた結果のコレと対比して、なんと自分の虚しいことか。
「ラインナップこれならいっそ向こうの制服着て行けば?」
「……自己紹介がてら悪くない案だけど、生憎俺の荷物はほぼ持ってきて無いんだよね」
「制服ならあんたの予備は持ってきてるわよ」
「なんで???」
「……無人島遭難時に自分の異次元ポーチに女子用の制服入れてたあんたが聞く?」
「……どうしよう何も言えねぇ」
不足の事態を考慮し(過ぎ)て、向こうの俺の異次元バックには大抵の物が入っていた。
この場合における大抵とは『漫画、ラノベ、アニメ、ゲームで起きうる典型的なイベントに対して回答となりうるもの』のことを指し、その中には当然、『緊急事態で着る物が無い女子生徒に渡すor何処かに忍び込む必要が出た時に着れる女装用の女子制服』も存在した。
自分でやっててキモイと思うだろう? でもこれが気持ち悪いくらい当たるんだよあの世界って。
唐突に無人島に漂着したり、唐突に記憶を消し飛ばされた上で覇天祭に放り込まれたり、当然が如くご都合展開で奇跡を起こされたり、当然の権利のようにセーブ&ロードしてる主人公君が居たり……予め対策しとかないと対処不能な普通有り得ない出来事までケアしなきゃ、無事にこっちに帰れて無いんだよねあの世界。
我ながらよく生きてるよな、俺。
「……まぁだとしても体格的に今は着れないか?」
「そうね。あんた今は……あー……その……ね?」
「身長低めでモヤシ体型ですねそうですね」
投げやりに返答しながら最低限マシだと思える服装をなんとか見繕う。
上下同色は違うよなとか色々考えた結果、最終候補が現代の学校で着てる白シャツに収まるのはどうかと思うが、黒の下に黒の上合わせるよかマシなのが悲しい。今度服も買いに行こ……
「……ねぇアラン」
「うん?」
「私に色々言っときながら自分は当然のようにその場で着替え始めるのってどうかと思わない?」
「野郎の裸に需要ある?」
「無い」
「だろ?」
流石に身内の前でしかしないよ。
****
結論から言うと秘匿回線は特段怪しいものでは無かった。
Mppストアから試しにDLしたYou〇ube亜種は元々あったアプリにアップデートを行う形でスマホに入り、アプリ内で表版と裏版のフィルターの切り替えを実装した。どんな技術?
裏版にあった動画・配信には正直面食らった。現代なら『魔法で〇〇してみた!』なんて感じで釣り文句で扱われる魔法という題材に対し、魔法界版では動画タイトルに態々魔法なんて入れもせず、ただ『料理を何処まで時短出来るか検証した』や『何でもありで山奥でガチ鬼ごっこ』みたいな感じで、魔法の使用を語るまでもない当然としてタイトルから省き、その上で動画内では全力で魔法をこんな風に活用したよ! ……といったエンタメが展開されている。
知らない世界だなぁと感心しながら、さても俺が調べたのは家庭教師をする際に気を付けるべき注意点と常識について。
「……まさか即日で依頼が来るとは」
早速ネット登録してみた魔法界用の家庭教師センター。やらないよりやってた方が良いだろとプロフィールと行ける日を設定したところ、寝る前には既にマッチングしていた。何故に? 魔能二級あるとは言え、俺体は高校生なんですけど。
こんな早く依頼されるくらい基本的に需要があるのか、はたまたゴールデンウィーク特有の例外なのかは、まだ知識が足りず分からないが。
(記録術式使えて助かった)
エミの「行ってらっしゃい」の声に押されて家を出た俺の持ち物にスマホは無い。俺にしか見えない無数のホワイトボードの一つにメモした地図に従い、鬱陶しい日差しの下自転車を走らせること数分。
ほぼ見覚えの無い街並みを新鮮な気持ちで眺めながら辿り着いた先は、駐車場を含めてコンビニ程の大きさの一軒家だった。
何故態々この例えにしたかと言えば単純に、備え付けの庭がかなりデカイ。魔力量的に見た目以上の広さは無いだろうけど、簡単な認識阻害が掛けられているのが分かる。練習場に使っているということだろうか?
近辺に住居はそれなりにあった。街中で普通に暮らしてるんだなぁ、現代の魔法使いって。
(……少し緊張するなぁ)
いつも通り、感情を捩じ伏せてインターホンを押す。戦闘とは別種だからこそ跳ねてしまう心臓は、されど待つ理由にはならない。
早めに着いてた方が印象がいい+コミニュケーションを取るため指定時間の30分前に来たのだが、流石に早かったのだろうか? と、インターホンからの返事を待つ間自己問答をしていたのだが──
ドタドタドタドタ──ガチャリ!
「──っあなたが異世界帰りの上城さんですか!?」
「えっ、あっ、はい」
──玄関のドアを興奮全開で開け放った依頼者本人さんを見て、自分の行動は間違ってなかったんだなと一安心した。
****
家庭教師と検索すると、サジェストの上位には決まって『初訪問』という単語があった。
それだけ『初回』という物はこの仕事をする上で大事になってくることなのだと認識していたのだが……俺が訪れた生徒に限って言えば、それはもう不思議なくらい俺への好感度が最初から高かった。
「えっと、瑞希さんで良かったかな?」
「あっ、と……妹が! 居るので、紛らわしくないよう、学校じゃざくろちゃんって名前で呼ばれてます!」
「じゃあざくろさんで」
「ちゃんで!」
「……ざくろ、ちゃんで。あ、僕の方は好きに呼んでもらっていいので……親御さんは?」
「物理的にいないです。世界に」
「はい了解です。あのサイト本当に大丈夫か?」
──"瑞希ざくろ"15歳。中央魔法学園高等部魔法科所属の、列記とした女子高生。
後ろが肩甲骨まで伸びる黒髪のツーサイドアップに、明らかに日本人なのに人目を引くマリンブルーの虹彩。背丈は俺よりそれなりに低く、目算150と少しくらい。声に既視感は無く、小柄で小動物然とした美人よりは可愛い寄りの……この体と同年代の女の子が、今回教えることになった生徒さんだった。
……色々と"何で?"と言いたい。余りにもツッコミどころが多過ぎる。
(保護者不在で高校生が他の異性の高校生相手に密室で二人きりで家庭教師するとか現代日本じゃ死罪では? なんでこんな異常事態がまかり通ってんだこの世界、同人誌のネタ過ぎる)
最初のテンションのままどこかぎこちなく案内された先は、ノートPC と──うわ、なんだあの『痛い格好は馬鹿にするけど内心こういうのかっこいいと思ってついつい集めてしまうタイプ』のスマホ程度の大きさの黒く小さなメモ帳は──ある物がテーブルに置かれている広めのリビングだ。
清潔に保たれているが、若干の違和感が部屋にはあった。生活感は存在し、元より綺麗であったのは見て取れるのだが、置き慣れていないかのような使用感の差とでも言うべきか。……パソコンかな? 多分部屋からここへ持ってきたのだろう。
軽い自己紹介を済ませた後、ちらと記録術式で改めて依頼内容を確認する。
授業時間は90分、主な指導内容は生徒からの指示に従うようにと。
動画は一通り見てきたが初回なのもあってこれが長いのか短いのかは分からない。物差しを無理矢理置くなら小学校の一コマ45分×2といった具合だろうか? ただまぁこの想定は休憩時間を含んでないので、実際は40分×2で考えた方が良いのだろうか。何にせよ経験が無さ過ぎる、探り探り行かせてもらおう。
「あ、女の子と二人きりで緊張してますぅ?」
「言い方はアレですけど、異世界で割と慣れてます」
「……わぁー、モテ自慢だー」
捉え方が捻くれてないですか?
ただまぁ発言に嘘は無い。同年代の女子と密室で二人きりというのはエミ他異世界の──というか、創作世界特有の美少女バーゲンセール物語で腐るほど味わってきた。だからこうして今も冷静に思考出来ているのだから、感謝のひとつでもするべきなのだろう。サンキュー異世界。
(……さて?)
今も若干興奮気味のざくろちゃんさんは、少し空回りしながらも積極的に俺とコミニュケーションをしようとしてくれている。
性格が良い……とただ纏めるには、明らかにこちらを探るような様子が見え隠れしていて、距離感の模索と単純に解釈するには、どこか不十分であるかのような感覚が拭えずにいて。
引っかかったのは最初のコンタクト。彼女からの大きな認識のされ方は『異世界からの帰還者』であった。
それをプロフィールに明記したのは俺だ。何故高校生の俺が即日に依頼が来たんだと思っちゃいたが、初対面時の挨拶から考えれば、他の家庭教師を押しのけて俺が選ばれたのはその特異性によるものだと推理出来る。
年齢よりも、実績よりも、性別よりも。『異世界からの帰還者』という一点がその全てを理由として上回るのならば……
(……何を教えることになるんだろう)
「つい最近帰ってきたばかりだから知らないんだけど、魔法学の家庭教師ってそんなに一般的なものなのかな?」
「あー、結構付けてる人は多いですよ。塾が近場に無いのと、有名な人だと明確に実力が伸びるとかで。ただそういう人は競争率がそもそも高いし、そうじゃなくても家庭教師出来るまともな人の絶対数が足りてないみたいです」
「へー! やっぱり魔法が日常に存在しないからこその需要なのかなぁ? 向こうだと家庭教師って言えば貴族専門の職種みたいな感じだったし」
「やっぱり!?」
うわぁお凄い食い付き、目ぇキラッキラさせちゃってからにまぁ。
「あ、ちょっと待って……それで、他にはどんな違いがあったりしますか!?」
「え? そうだなぁ──」
いそいそと黒いミニメモ帳に何事かを書き始めた少女であるが、この子、もう隠す気ないよな?
この後凡そ予想される展開に向け、ある特定こ法則を表す名詞が違う話や、学習進度の違いの話等、当たり障りのないことだけを述べて反応を確かめるが……ああこりゃ推察通りで間違いねぇや。
「──ざくろちゃんさ、」
「はい?」
そろそろ予約されていた時刻になる。思ったよりも時の流れが早いものだと談笑しながら、まるで打ち解けたかのよいに上機嫌な目の前の彼女に向けて、一言。
「君、魔法の勉強のために僕呼んでないよね?」
少女の顔が笑顔のまま固まった。
用語:特待服
本文の説明通りであるが、ここで付け加えるなら『白い一般制服は改造不可能』『黒い特別制服は基本色と校章さえ守れば好きに改造可能』というルールがある
異世界の学園物って各キャラの制服かなり違うこと多いよねーって思った作者が考えた設定
用語:記憶を消し飛ばされた上で覇天祭に放り込まれた
神様が誤差を起こされ過ぎてブチ切れた結果、一度だけアラン君は直近の記憶を消されて覇天祭(1-S参照)に放り込まれたことがあります
尚、最終的には何かヤバいやつの復活が覇天祭中に企てられてると理解したアラン君が復活を画策してる側を手伝って、計画を超前倒しすることでシナリオを崩壊させた模様。GM涙目
用語:ご都合展開で奇跡を起こされた
例えばカードゲームアニメとかであるような絆の力だとか修行だとかで、ゲーム中にカードが進化(ジャッジキル不可避)してひっくり返したれやぁぁぁぁぁをよくされてきた側による感想
尚、アラン君はその全ての奇跡を力で捩じ伏せて無敗を貫き通した模様。頭黒木玄斎か?
用語:セーブ&ロードしてる主人公君が居た
恐らく作品の主人公だと思われる死に戻り(ゲームならではのロード)能力を持ったとある少年についての話
尚、物語で言う大体7~8章辺りでアラン君は彼と対峙したが、自分の眼前で詰みセーブ作らせてひたすら殺す直前に拷問して心を折って突破した模様。頭にSans飼ってんのか?
用語:スマホ程度の大きさの黒く小さなメモ帳
買ったことの無い人間だけ私に石を投げなさい
修学旅行の木刀より身近で小さくリアルな話(実話)




