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第88話 共存



 育ち過ぎたトレントに脅威を感じるのはエルフ族も同じだ。


 ただ、エルフの里には守人と呼ばれる森林を見廻り管理する役割を持つものがいて、森を健康に保つ為にトレントの殲滅ではなく適度な間引きを行っているんだとか。


「この大陸を覆い尽くす勢いで繁栄している森を、人の手だけで管理する事なんて出来ないわ。トレントとも上手く付き合っていかないとね」


 要は、さじ加減が重要なんだってことだ。


「そうだったんですね。私、何にも知らなくて。シルエラさんが魔樹の討伐に消極的だったのには、こんな理由があったことも……。教えてくださってありがとうございます」


「いいのよ。年若い貴女が知らないのは当然の事なんだから。それにしても……相変わらず人族は学ばないわね」


「今回の魔樹討伐の件ですか?」


「ええ、そうよ。一つ、御伽噺をしましょうか。人族に古くから伝わっている昔話を……」







 ――それは遥か遠い昔のこと。


 深い深い森の奥。


 恐ろしい魔物や魔樹に行く手を阻まれて、とても辿り着けないような森の最奥に、強大な力を持つ者が住んでおりました。

 その者は人々が見たこともないような魔法を使い、恐ろしい魔物を手懐け、惑わしの魔樹を従えていました。


 それだけではありません。彼の者は秘術を使い、次々と魔の物を生み出しさえしていたのです。


 時折、その力ある者の手先が森から出てきては、人々の暮らしを脅かしていきます。

 魔物も魔樹も、凄まじい力を持っているため、人族には対抗するすべがありません。


 人々はその、力ある者を憎み、恐れ、いつしかその者は魔王と呼ばれて恐怖の象徴となっていきました。


 ある時、数ある人族の国の中からその状況を憂いた一人の勇者が立ち上がり、彼の者に挑むことになります。


 それは簡単なことではありません。


 しかし勇者は苦しむ人々を救うため、決して諦めませんでした。


 幾多の苦難を乗り越え、激しい戦闘の末、恐怖の象徴であった魔王はついに、勇者によって倒されたのです。


 こうしてようやく人々の暮らしに平安が訪れました。


 人族の希望を背負った一人の勇者の活躍によって……。







「これが人族に広く伝わる御伽噺よ。そして、この中で謳われている魔王というのが人族からみて力のある種族、つまり長寿種族のことだろうと推察されているわ。彼等はもう、そのお話の根源を忘れてしまったようですけどね」


「……何故そんなお伽噺が出来たんでしょう」


「きっと人族は恐かったんでしょう。自分達よりも遥かに力を持った、年を取らないように見える種族に出会って。自分達が恐れている魔樹や聖獣と共に暮らしているのを知って、神か悪魔のように感じて怖れたんじゃないのかしら」


 何度もいうけど人族は弱い。


 その為、防衛本能が過敏に働くのか、自分達に無いものや理解できないものを恐れ、徹底的に排除しようとする。


 安全に暮らせる生活領域を手に入れるためなら森を駆逐するという人族の思想は、こうしたお伽噺の中にも反映されている。

 いつの間にか危険な森の深部には魔物の王が住み着いているというお話を作り出すほどに……。




 元々、人族よりもずっと個人の能力値が高く、森との共存に長けていた長寿種族。

 そのほとんどが昔から森の中で森と共に暮らしてきて、トレントの特性を脅威と決めつけず理解に努め、魔樹の種類によってはそれらと積極的に共存する道を探ってきた歴史がある。


 エルフの里の多くも、このお伽噺に出てくるような森の深部にあって、里の周囲は、魔法で意志疎通の出来る「結界の魔樹」というトレントで囲まれている。

 里の者以外の侵入を防ぐ役割を与える代わりに、結界の魔樹にはエルフ達から魔力を提供する。そうやって何世代にも渡り、共存共栄をしてきた。


 人族にも、そうした森との付き合い方を根気よく伝授したものの、ついに理解される事はなかったという……。


「彼等は森の全てを力で支配下に置きたいのでしょうけど、それは無理な話なのよ。これまでも私達の庇護があってこそ、繁栄出来ていた部分があるのだから……」


 大多数の人族は気付いていないが、長寿種族が人族の暴挙によって数を減らしてからは大規模な戦乱が起こってないにも関わらず、それに比例するように増加の一途を辿っていた人口に陰りが出てきている。

 大陸中で、辺境の町や村から順に緩やかに衰退していっているんだそう。昔よりも人里近くで魔物と遭遇しやすくなり、ダンジョンが活性化し、森の侵略が進んでいるためだ。


 考えられる要因のひとつが、シルエラさんが言ったように森を管理していた長寿種族の庇護を受けられなくなったこと。


 人族によって奪われた多くの命がまだ回復しきっていないために、己の種族を守るのに手一杯な上、まだ過去にするには早く種族感情も悪化したままだから、昔のように人族の町を守ろうとはしてくれない。まあ、それだけの事をしたんだし当然だけど。


 今では長寿種族が冒険者や商人などに扮して人族の町まで来るのは、稀な事になってしまった。

 昔は強大な力を持つ魔物や魔樹の討伐を請け負う上級冒険者は、ほぼ長寿種族がしめていて、力も魔力も到底人族の冒険者では及ばない領域だったらしいけど、寿命が短い種族故に覚えている人は少ない。

 日々、魔物と接している冒険者ギルドは否応なく気付かされているだろうけどね。

 かれらが居なくなった事で、緩やかに森の脅威が増してきていることに……。


 この世界の命は軽い。魔物や強力な魔法や賊やら所により暴政やらで危険が溢れているのだから、油断すれば人口はどんどん減って衰退する未来しか見えない。


 だから、こんな辺境の小さな町に獣人族とエルフ族の冒険者が揃っているのは珍しく、町としては囲い込みたいんだろう。

 冒険者ギルドも特に騒ぎたてもせず、暮らしやすいように誠実な対応をしてくれていると思う。

 ただし、その冒険者ギルドも一枚岩ではない。裏で権力者や大商人と手を組んで、登録している長寿種族の情報を流す者も後を絶たない。危険は身近な所にあったんだ。


「本当に気を付けるのよ。冒険者を辞めさせて、すぐにでも里に連れていきたいのを我慢しているんだから」


「……はい、ご心配をおかけします。すみません」


 色々と怖い現実を知ってしまった。こうしてみると異世界に来て今までどこか、お客様気分と言うか夢見心地でフワフワして生きてきたんだなぁと思う。


 この世界で生きていく覚悟が出来ていなかったんだと今日、気づかされました……。



「あら、雨が降ってきたわね」


「あ、本当ですね。明日の朝には上がるかなぁ?」


「ふふっ、さあどうかしら。降りやんでるといいわね」


「はい」


 北の森にまた、溢れるほどの茸が生えてくることだろう……。






いつもお読みいただきありがとうございます m(_ _)m♡


二ヶ月以上、更新が止まったにもかかわらず、また続きを読みに来てくださり感謝しかありません……。

これからも遅筆の為、不定期更新にはなりますが、またこの物語にお付き合いいただけるとうれしいです。

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