第76話 遭遇
いつものように、少しでも歩きやすいところを探しては移動し、迷いの魔樹を見つければ、後から来る討伐隊の為にも近辺にいくつか目印をつけていく。
周囲を警戒しつつ、区切りのいい所で今度は町方面に向かって折り返し、別ルートを通りながらまた探す。
これが、ここ数日の捜索パターンだ。
霧の魔樹を倒してから、スモールトレント付きの迷いの魔樹を二体討伐したくらいで、他の種類にはまだ出くわしていない。
この分なら北の森の中奥地帯の魔素は、危険度の高い奴が出て来れるほど濃くなっていないのかもしれないね……。
――と、思っていたときもありましたっ。
非常に嬉しくないことに、一番厄介なものが最後に控えていて、否応なしにそれと出会うことになったのでした……。
――その時選んだ道の先にあったのは、今までの中でも最悪の悪路だった。
傾斜があって進みにくい上に、北の森にしては低い樹が密に生い繁り、蔓性の植物がやけに目につく場所。
蔓が、頭上の枝からもすだれのように垂れさがり、足元の草藪にまで巻き付き、どこまでも伸びている。繁殖力が半端ない感じで見通しも悪い。
やたらと多くの蔓同士が複雑に絡まりあっている上に、木々や草など、巻き付けるものには何にでも巻き付いているせいで、まるでクモの巣の中に捕らわれたような、不気味な閉塞感を感じた。
かき分けようにも中々に強固で、私とリノが使っている安物のナイフでは切断しにくく、その場所から遅々として前に進めていない。
ただ、この先に優先的に討伐を済ませた方がいい、何かしらの魔樹を『索敵』で感知したとかで(私の索敵レベルでは察知できないが)、対処出来るのか様子見だけでもしておきたいとの事。
冒険者ギルドへの報告もあるし、今日出来る範囲でこの困難な捜索を続けることになった。
通行の邪魔になる蔓や枝、草などを苦労しながら万能ナイフで打ち払っていっていると……。
突然、リノのナイフがくいっと何かに引っ張られた……ような?
「うん? 蔦が絡まっちゃったんですかね? えいっ……あれ? なんか抜けにくいな……」
「離れろっ、トレントだ!」
「ええっ、どれがです!?」
ラグナードに言われ、慌ててその場を離れるっ。
リノに絡んでいた何かは、その一瞬で蔦の茂みに引っ込んでしまったっ。
どれなの、どの樹なの!? 今、『魔力感知』出来なかったんですけどっ。
細くて長い蔓で辺り一面覆われてて目視して特定するのも難しい。『鑑定』スキルを使ったら見つかるかなと思い試してみたところ、欲しい情報以外の表示が多すぎてすぐにお目当てのものを探しだせない。
かといって私のレベルだと、直接視線を合わさないと『鑑定』結果が出ないし……。
焦ってキョロキョロしていたら、ラグナードが叫んだ。
「それ以上、後ろに下がるんじゃないっ。……そこだっ」
「はわわっ!?」
背後の藪の中にシュッとナイフを投げつけると、蔦の一部がモゾモゾと蠢き出した!
――ここにもいたのかっ。
て言うかあれ? さっき引っ込んでったのと位置が違うよね。別の個体がいるって言うこと?
今度の個体は引っ込んでいかなかったので、早速『鑑定』してみたんだけど……えっ、これ、本当なの? この絡み合った蔦がそうなの? 樹木じゃなくて? それにごちゃごちゃしてて、個体なのか分裂体なのかがよく分かんないしっ。
「なんなのこれ、すっごく不気味なんですけど!?」
「蔓状の魔樹だよ。ヤバイ奴なんだこいつは……」
「ヤバイって……何でですか?」
ラグナードの説明によれば、これは木性じゃない蔓状の魔物で、細長い蔓をところ構わず縦横無尽に伸ばし、手当たり次第に魔素や魔力を吸収して、魔樹以外のものを駆逐していく奴らしい。
この世界ではこういう形状のものは全部、多少の違いはあっても「蔓状の魔樹」と呼ぶみたい。
魔素と魔力さえあれば、どこまでも成長出来るため変異種も出てきやすいらしく、過去にはレイドを組んで倒さないといけないほど巨大になった災害級のものもあったんだとか。
――と、いう訳で。
どうやらこの蔓状のやつ、これはその魔樹のほんの一部らしいよ……。
見た目は普通の茶色い蔓だったのにっ。今はウネウネと卑猥に蔓を波打たせてるし!
一度、擬態を解いたからか、もう遠慮なくこっちに蔓を伸ばして捕まえようとしてくるしっ。
すかさずラグナードがナイフを放って弾いてくれたから無事なんですけどねっ。
しかしえらいこっちゃ。遂に女性の天敵、触手型の魔樹が登場してしまった……。
さすが異世界、スライムといい、定番ものはちゃんと外さず出てくるなぁ。日本から何か電波でも受信して参考にしているんだろうか?
そこら辺はどうなってるんですか、そろそろ放置され過ぎて存在を忘れそうになっているけど、たぶん神な例の白い部屋の人よ……?
…………。
……やっぱり返事はない、と。うん、そうだよね、知ってた。
まあ、こっちのはエロ担当じゃなくて、どちらかと言うと吸血鬼っぽい感じの奴だね……「触手の魔樹」とか、直球の名前が付いてなくてよかったよ。
エロくなるかグロくなるかだけの違いで、危険であることには変わりはないから捕まらないように気を付けなきゃ。
とか返事もしてくれない神に語りかけている場合じゃなかったっ。
せっかく彼が話してくれてるんだから、ちゃんと真面目に聞いとかないとっ。
――ということで説明の続きを……蔓状の魔樹の栄養源である魔素と魔力について。
魔力はこの世界の生命体なら皆その身の内に持っているもので、魔素は大気や地中、水中に溢れる誰のものでもない魔力を便宜上、そう呼んでいるらしい。
その魔素が溜まった場所を見つけると、他のトレントと同様に蔓状の魔樹も根をおろす習性があり、先程、ラグナードが強い反応を感知した何がしらの魔樹というのは、どうやらこれの事だったみたい。
でも、これだけ鬱蒼とした藪が続いていると、本体のある目的地まではかなり無理をしないと辿り着けそうもない。下手に燃やしたら、大火事になりそうだし。
奴は土の中にも潜れるし、蔓状の体を蠢かせて本体ごと移動することも出来る。本体は大抵、地中深く潜って半休眠状態でいるらしく、魔力感知もしにくい。
それに、森の土の中には特に多くの魔素が含まれているから、擬態の上手な蔓状の魔樹には格好の隠れ場所になるんだとか。レベルの低い『魔力感知』では、近くまでいかないと探すことすら難しいらしい……。
これを討伐するためには、物理攻撃か火を使うのが効果的みたいだね。
魔法だと基本の四属性魔法の中で唯一、火魔法だけが通用するみたいだけど、ここは森の中で燃えやすいものがいっぱいあるから使い方には注意が必要。
聖魔法は、魔物相手なので有効だけど、私の『聖魔法Lv2』だと倒せるほどじゃないらしく、忌避される程度で中々ダメージが入らないんだとか。高レベルの使い手なら通用するらしいけどね。
ただ、対象を若干弱らせたり、怯ませて隙を作ったりと足止めなどして、時間を稼ぐのには使えるとのこと。
結果、人海戦術で四方から取り囲み、本体の方へと追い込んでから、弱点である火を放って駆逐するのが一番、効果的みたい。
ただ、少しでも燃え残しがあると、魔核がなくても千切れた切れ端からでも再生してしまうので、全体を一気に燃やさないと駄目らしいけど。
それに、下手に焦って少人数で焼き払おうとすると……。
「隙を見て他の場所へ逃げられちゃうんですかっ」
「こっちの様子をじっと観察してくるんだ。ゆるゆるの包囲網だとさっさと抜けて本体ごと逃げてしまう」
「じゃあ火事にならないようにと、周辺の草とかを刈って下準備するのも素早くしないといけないんだね……」
「そうなんだよ。触手のくせに無駄に賢いんだよこいつらは」
と、言うことらしい。
――本当、なんて手のかかる厄介な魔樹なんだっ。
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