第70話 これは無理ですね
「とりあえず、私の『索敵』範囲内からは反応がなくなったよ」
「よ、よかったです……もう、体力が限界でしたから」
「弱くても数が多いっていうのは厄介だよね。逃げ出してくれて助かった……」
あの後すぐ、ラグナードがホブゴブリンを倒したことにより、残り僅かになっていた群れが崩壊した。
上位個体がいなくなった事で統率がとれなくなった群れは脆く、ゴブリン達は森の奥へ奥へと散り散りに逃げ出していく。
迷いの魔樹討伐から続いた戦闘が、これでようやく終わった。
三人とも無事でほっとする。時間にすると短かったんだろうけど、体感時間が長く感じたので精神的な余裕がなかったんだと思う。
リノの怪我を聖魔法で『治療』してから支援魔法も掛け直し、シルエラさん直伝のドリンクを飲んで回復を図っていると、無傷のラグナードが倒したホブゴブリンを軽々と担いでもう戻ってきた。
流石六級冒険者(但し実力はもっと上)だけあってゴブリンの上位個体くらいあっさりと倒せちゃうのか……本当、頼りになります。
「二人とも無事だな。後始末したらここらで昼食にするか」
「いいですねっ、さっさと片付けちゃいましょう!」
お昼と聞いて元気を取り戻したリノが、率先して動かなくなったゴブリン達を集めてきてくれる。
ラグナードも土魔法で大きな穴を開けてくれたので、魔石と使えそうな少量の武具だけ剥ぎ取り、次々と投げ入れ手早く処理していった。
最後に火魔法で焼いてから、聖魔法で『浄化』して埋め戻しておいた。
その後は魔物に発見される事もなく、一旦、中奥から比較的安全な外周の森まで出ると、ちょうどいい空き地を見つけたのでそこでお昼にする事に。
大きな切り株が点在しているのでその内の一つに座って各自持ってきた簡易食を食べながら、午後からの予定を話し合う。
「あの、迷いの魔樹はまだ近くにあるんでしょうか?」
「あぁ。俺の『索敵』範囲にはいくつも反応があった。残念な事にスモールトレント付きの大きな奴も一体見つけたよ」
「それは……じゃあ最優先で討伐しないと。私の『索敵』ではさっき討伐した魔樹の近くに二つ、弱い反応があったたけでそれ以外は分からなかったんだよね」
「あの大きいのはここから少し距離があったから無理はない。弱い反応のは後回しでいいだろう。想定以上に数が多いから、危険な奴から優先順位を決めて倒していかないと森が暴走する可能性がある。一日では終わらないし、何日かに分けて討伐していくしかないな」
「ここまでは他の冒険者達もほとんど来て無いってギルドでも言ってましたよね。私達だけで大丈夫でしょうか?」
「……正直、無理だな。ギルドの話では町近辺から徐々に捜索範囲を広げてジニアの村周辺まで行く予定らしいが、討伐する人手が足りないままでこの場所から増えていったらまずい事になる」
ボトルゴードの町は辺境にあって大金を稼げるものが特にないため、高位の冒険者には旨味がないから来ない。
この町である程度実力をつけた冒険者も、すぐ出ていってしまい中々居着いてくれないらしい。
広大過ぎる森の中から、低級の冒険者達だけで迷いの魔樹を探しだし討伐するのは大変で、町近くの森以外は手付かずといったところ。
なので領主が出す予定の兵を、此方に優先的に回して貰わないと長期化する可能性があった。
「……考えてみたんだけど、もしかしたらここら辺で増えた迷いの魔樹が、町や村方面へ流れて行ってるんじゃないかな?」
「確かに、そうかもしれません。私達が今まで倒してきたのも、この場所近くが一番多かったと思います……」
「そうだな。急に増えた一因として、手付かずのここからっていうのはあり得る話だ」
「うん。森全体で増殖しているならもっと見つかってないとおかしいよね?」
「ああ。……そう言われれば俺もジニアの村にいた時、村の北側より南側、ボトルゴードの町方面で見つける事が多かったような気がする」
……これは、発生源がここっていう可能性が高くなってきたか?
冒険者ギルドもまだ把握していないだろうし、早期に領主と交渉して貰う為にも、周辺を調査して詳しい情報を渡す必要が出てきてしまったんじゃっ。
ラグナードも同じ結論に達したようで……。
「出来ればスモールトレント付きのやつだけは今日中にやっておきたい。本格的な調査は明日からにして、迷いの魔樹以外の戦闘を避ける方針でいけば持ちそうか? ローザはいいとしてリノ、どうだ?」
「それなら……たぶん、大丈夫だと思います。ちょっと不安はありますけど」
「じゃあ魔樹の討伐も、一回の戦闘時間を短くして、他の魔物が寄ってくる前に離脱できるように作戦を立ててみる? 前の時は魔樹を倒した後のスモールトレントの討伐と後始末に時間を取られちゃったからさ」
「パーティー人数も少ないし、仕方ない部分もあるんだがな。まあ、魔力を豊富に使えるなら別の方法もあるが、残量は大丈夫なのか?」
「うん、これが最後になるなら、一体くらいスモールトレント付きのを相手にするのは平気」
「そうか、分かった。じゃあ作戦を伝える。単純だが効果的だ」
それは、確かに魔力が多ければ成り立つ簡単な作戦だった。
全く、このパーティーで活動する前に『魔力強化Lv3』にレベル上げしといてよかったよ。
と言うわけで、お昼休憩後はスモールトレント付き迷いの魔樹の討伐に向かった。
今回はリノが、幻術に掛からないギリギリの距離にある樹の上で荷物と一緒に待機している間に、ラグナードと二人で攻撃する事に……。
短期決戦に向けて荷物を預け身軽になると、スピードを上げて走るラグナードの後を『俊足』スキルを使って必死に追う。
スキルがあっても、元々の身体能力が非常に高い獣人族の彼についていくのは大変だ。
それでも手加減してくれているのか、見失うことなく続くと、あっという間に標的の前まで来た。
昨日討伐したものより見た目も魔力も大きく、スモールトレントの数まで多いと『索敵』スキルが教えてくれる。
厄介だけど、その情報を得ても落ち着いていられたんだ。
怖い気持ちは変わらないけど、私よりずっと強い彼が隣にいてくれるからなんとかなるって思える。
ラグナードの作戦は、私の魔力が当初の想定より余裕があったので、二人同時に火魔法を放ち逃げる隙を与えず、スモールトレントごと迷いの魔樹を一気に燃やし尽くしてしまおうというもの。シンプルな力押しだけど、決まれば一番効果的だよね。
『魔力感知』スキルを使うと、弱点である魔石の近くにある核の部分をはっきりと感じとれる。
私がその一点を狙い、彼はその他の迷いの魔樹に寄生した状態のスモールトレント達を相手に、広範囲を殲滅する威力をもつ魔法で討つ予定だ。
タイミングを合わせ、火魔法を放つっ。
『小爆発』!
『火炎噴射』!
よしっ、両方とも命中した!!
「「「オ゛オ゛オ゛ォォォォォ――――!!」」」
迷いの魔樹とスモールトレント達が、耳障りな断絶魔の絶叫を森に響かせるっ。
一気に炎に包まれて燃え上がり、一瞬だけ蠢いた木の洞のような顔も消え、すぐ声が聞こえなくなる。予定通りほぼ一撃で殲滅できたようだ。
残り数体のスモールトレントだけがその場から離れようともがいていたが、それも無傷ではない。
火傷を負ったり、魔法の衝撃で弾き飛ばされたりしているので、いつも以上に動きが鈍い。余裕をもって倒せた。
作戦通り、討ち漏らしなく短期間で討伐を終えたので、ほぼ一塊になって焼け焦げている状態だ。後始末の負担も少ない、一番いい結果を出せた。
二人で手分けして軽く片付け、聖魔法で『浄化』してから聖魔水晶を『魔力感知』で視て素早く回収すると、魔物が寄って来ない内にリノのいる樹まで戻ることができた。よかった。
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