第59話 魔道具屋
――そこは、女将さんから最初に宿に泊まったときに教えてもらった魔道具屋さん。
事前に聞いていなければ、周りの風景に溶け込んでいるので見過ごしてしまいそう。
でも、こういう魔法関連のお店があるのは異世界っぽくていいよね。
ここの扉にも大きな魔方陣が刻まれている。シルエラさんのお店とよく似た意匠のため、防犯の術式が組み込まれているんだろう。
日本の小さな商店街にある喫茶店のような、こじんまりとしたレトロな外観で、窓も小さく外からは何を売っているのか見えないから知らないとちょっと入りづらいかな。
思いきって重い木の扉を開けると、店内は清潔そうだけど少し薄暗い。よく見ると、大小様々な魔道具が所狭しと置いてあった。
アンティークショップのような雰囲気で、一見して何に使うのか分からな民芸品のような怪しげな品も混じっていて、これだけあれば掘り出し物とかがありそう! なんかワクワクしてきたっ。
見ているだけでも楽しいけど、せっかくなので店内の商品を『鑑定』させて貰おうかな……。
どんなのが置いてあるのか知りたかったし、たくさん視ればレベル上げに必要な経験値がいっぱい得られるかもしれないし、ね!?
『魔力感知』と『鑑定』、この二つのスキルを同時に使って店内の魔道具を見回した。
すると……。
全方向から濃い魔力の反応があって、一気に押し寄せてくるきたっ。辺り一面『鑑定』表示で埋め尽くされ、情報過多で頭がズキズキ痛むし混乱してきちゃった! ううぅっ、まぁ、こんなにあるんだし当たり前か。
なので一旦切って、今度は慎重に目の前の一つに絞って視てみる事にする。
――これはブレスレット型の魔道具。
効果は「物理攻撃耐性+2上昇」。ヘビの意匠が使われていて、目の部分に魔石が嵌め込まれている。ゴツゴツしてパンクっぽい。綺麗というよりかっこいいデザインだね。
お値段は3000シクルとなっていて、リノの革鎧と同じくらいの値段だしお高く感じるけど、魔道具ってこんなもんなのかな?
ブレスレット型の魔道具は他にもいっぱいあって、隣に置かれたシンプルなデザインのも「物理攻撃耐性+2」。でも「上昇」が付いてない。
じっと『鑑定』で見ている内に違いが分かってきた。
なるほど、こっちの商品は使い捨てなのか。衝撃の程度にもよるらしくて、レベル1の攻撃なら二回、レベル2の攻撃なら一回防御したら壊れるってことみたい。だから200シクルと、さっきのと比べて安いんだね。
魔道具は高いと『異世界知識』で知ってたけど、ざっくりした情報だから相場がよく分からなかった。
性能を限定することで、割りとお手軽に買えるものもあるって知れてよかったよ。
その他にも、「MP全回復+1」や「瞬発力+3上昇」、「回避率+4」等、色々な効果持続と一定回数限定のものがランダムに並べられている。
こういうの見てると全部欲しくなってくるけど、支援魔法のレベルが上がって自分の魔力を使えばただで出来る効果なんだって思うと買うの迷うよね。
シルエラさんからは、支援魔法のレベル上げは難しく時間が掛かるし、レベルが上がる毎に使用魔力の消費量が多くなってくると聞いている。
自分一人ならともかく、パーティー全員に色んな支援魔法重ね掛けするなら魔力も相当消費するだろうから、お金があれば全部欲しいくらいだけど。
便利な魔道具は高いなぁ。ラグナードとパーティーを組めたとして、急には強くなれないから私もリノも足を引っ張るのは確実。だから、強化の為に買うなら今なんだろうけどどうしようかな……。
とりあえず今日は見るだけにして、リノとも一度相談した方がいいか。
あっ、この懐中時計の魔道具かわいい。小鳥がくわえている果実の部分が透かし模様になっていて、動力源となる赤い魔石が見えている。
キラキラしてて綺麗! これなら魔力がなくなった時すぐ分かるし魔石の補充も簡単。見せる収納って感じでデザインもいいし!
へぇ、これ、ファイヤーバードの魔石を使ってるんだ。お値段は1250シクルかぁ、付与魔法付きの魔道具ほどじゃないけど高いなぁ。
でも時計は一つ欲しいんだよねって思いながら色々みているうちに、店の奥に陳列してあった、ガラスケースならぬスライムケースに収められている商品の所まで来ていた。
『鑑定』の結果、納まっていたのは異世界といえばこれでしょっ、ていうとんでもアイテムの定番、マジックバッグ! 初めて見た!
これには値段が書いてないけど、『異世界知識』では金貨百枚はするってあったし、お高いんだろうなぁ。時空間魔法を使えるシルエラさんなら作れそうだけど。
「それが欲しいのかえ?」
店の奥からひょっこりと、店主であろう老婆が出てきた。うわっ、びっくりした。『索敵』を切ってたから全然分からなかったよ。
「いえ、これはちょっと無理って言うか……」
ど、どうしよう。
スキル上げの為に長居してただなんて邪な理由は言えないしっ。
「まあマジックバッグは高いからねぇ。どんなのを探してる?」
「ぼ、冒険者として仕事に行くときに使える魔道具、かな?」
よ、よしっ、とっさにしては上手いこと言ったよ自分。これなら客として自然だよね、誤魔化せたんじゃない?
「それはまた、えらく漠然とした話だねえ。身体や魔力を補助やつがいいのか、採取や討伐に使える補助道具がいいのか……どんなやつがいいのかえ?」
うん、ダメだった。更に突っ込んで聞かれちゃったし。でも買い物の手助けをしようと親切に言ってくれてるわけなんだから、早く何か答えないとっ。
「ええっと。で、できることなら色々全部欲しいんですけど、買うのは(お金と)相談してからかな。今日はとりあえず下見です(お金ないし)」
「そうかいそうかい。うちは品揃えがいいからねえ。何でも揃うしゆっくり見てくといい」
「はいっ!」
よしっ、理由が苦しいけど今度こそ何とかなったよ……。
その後は『鑑定』スキルを使いながら色々と質問して、世話好きらしい店主のマールさんと楽しくおしゃべりしてたんだけど、魔道具の知識をやたらと褒められちゃった。
いやほら、当然ながら知らないものばかりだったんだけどね? 『鑑定』さんが優秀で色々教えてくれるし、マールさんの注釈が私の『鑑定』結果にどんどん反映されていくのが面白くてお得だしでつい、調子に乗っちゃったといいますか……。
何と言うかその、マールさんのお人柄もあると思うけど、初めて見る異世界の不思議道具にも興奮してたし、変なテンションで喋ってしまった。
ダンジョンでしか手に入れられない貴重なスキルオーブとか、軽量化の付与魔法が掛かったバッグとか、迷いの魔樹対策に良さそうな幻術耐性の魔道具とか。
当分手が届きそうにない高価なものから、お手軽価格のものまでたくさん見せてもらって思った以上に長居してしまったけど、有意義な時間だった。
でも初対面の人と、こんなにたくさん話したのってこの世界に来てシルエラさん以来かも。
リノとは危険と隣り合わせの仕事仲間でお金もない者同士、どう生き残るかみたいな話になりがちだったし……。
ただ、今日は買わないつもりだったのに、いつの間にか懐中時計をあっさり購入する気にさせられていたっていうのがね。さすが一筋縄ではいかないベテランの商売人というか……。
最初に一目惚れした懐中時計をチラチラ見てしまっていたらしく、マールさんがすかさず割引してくれると言う魔法の言葉をかけてくれて、誘惑に負けちゃいました。
一部が白銀製になっているから本当はもっと高い品らしいけど、中古で贈答品だったらしく名前入りという事もあり、売れ残っていたらしい。
気がついた時にはマールさんの営業トークにやられて「物理攻撃耐性+2上昇」のブレスレット型魔道具と共に4000シクルで購入してしまっていた。
いやだって、まとめ買いしたら更に値引きしてくれるって言われたんだもん。実際、300シクルもお得に買えたんだしいい買い物だったでしょ、ね!?
個人的にはとっても満足してるけど、でもこれで残金が390シクルに……。ううぅっ、一気にお財布が軽くなっちゃったっ。
このあと、シルエラさんの本屋に行って、支援魔法書か土属性魔法書を貸りたいと思ってたけど、魔法書の貸し出しには確か200シクルはするから、それを借りると心許ない金額になっちゃう。
何かあった時のために少しは手元に残しておきたいし、今日は安く借りられるものにしとこう。
早速、買ったばかりの懐中時計とブレスレットを装着し、今度はパーティーメンバーと来る約束をしてから魔道具店を出た。
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