第36話 迷いの魔樹⑤
ちょっとした買い物をした後は宿に戻り、十日分の宿代を前払いで支払う。
これで明日からは二階にある長期滞在用の部屋に移る事になるんだけど、おかみさんのご厚意で、今からその部屋をいくつか見せて貰える事になった。
一部屋ずつ壁紙や家具の意匠も違うため、どれも同じ大きさの部屋なのに、随分と雰囲気が変わって見える。
空いている中から気に入ったのを選んでいいと言ってくれたので、白地にブルーの小さな花柄が可愛らしい壁紙の部屋に決めた。
そこは今まで使っていた三階の部屋よりも広くて、テーブルや椅子の他に、クローゼットなんかも備え付けてあり、小さいけどバスやトイレもついてた。
ここに一泊からの短期滞在も出来るらしいけど、その場合は銀貨一枚になる部屋みたい!
長期滞在者は三階のと同じ値段で宿泊できるとのことでお得感があるよね。
思った以上に設備が充実していたのでこの部屋に泊まれるのが今から楽しみです!
これで明日が予定通り休日なら最高だったのに……。
「そうかい、迷いの魔樹がねぇ……知らなかったよ。で、明日の休日潰れちゃったのかい? 楽しみにしてたのにねぇ」
「そうなんです。緊急だって分かってるんですけど、ちょっと残念で……」
働きづめだったので、明日は一日、休息日に当てようと思っていた事は女将さんにも話してたんだよね。
「よし分かった! この町のために頑張ってくれてるんだ。ローザちゃんにサービスしたげる! 今日からこの部屋、使ってくれていいから!」
「え、本当に!? そんな、いいんですか!」
「ああもちろん、いいともさ! 大浴場の貸切はまた機会があればになっちゃうけど、この部屋にも小さいながらバスがあるんだ、今日はこれでゆっくりしとくれ!」
一階の大浴場には、長期滞在者は無料で入れるからずっと楽しみにしてて、それを知ってた女将さんから、皆がいない昼過ぎに、ひとりでゆっくりと大浴場を使わせて貰える約束をしてたんだよね。
大勢が使っている今の時間は、エルフとしては行きにくいからさ……。
「ありがとうございます、女将さん!」
さすが女将さん太っ腹! 優しくて泣きそうっ。
私、明日頑張るからね!
いつもより美味しく感じる、女将さんの愛情がこもった夕食をリノと一緒に食べ(当然彼女は何回もおかわりしたよ)、二人で新しい部屋に行き、気分良く魔法の特訓をした。
めぼしい成果は無かったけど、こういうのは続けることが大事だから明日もまた練習することを約束し、お腹を空かせた彼女にお土産として、ウォークバードのお肉といつものドライフルーツを渡しておいた。
彼女が帰った後、今日採ってきた果物をいつものように魔法の付加価値付きのドライフルーツにするために魔力を操作して作っていく。
毎日やってて手馴れてきたので、大量にあった果物も魔力が枯渇する前には全て終わらせる事が出来た。
魔力を使って、こういう作業を安全な宿の部屋でするのは楽しいんだよね。
でも、毎日の森での魔物討伐は失敗したら死が待ってるので、 日を追うごとに精神的に疲れてくる。
今回はダメだったけど、適度に休息日を入れていきたいな。
さて、せっかくの女将さんのご厚意だし、久しぶりに聖魔法の『浄化』だけじゃなくて、きちんとしたお風呂に入ろう。
部屋付きのバスには備え付けのお湯を沸かす魔道具があって、そこにほんの少し魔力を注ぐだけで、すぐに勢いよくお湯が出てくる。あっという間に溜まっていくので、とっても便利だよね!
手足が伸ばせるほど広い湯船ではないけど、それでもこうして肩まで浸かれるし、とってもリラックス出来て、溜まっていたと疲れがほぐれていく気がする。
はぁ~気持ちいいぃぃぃ……。
この部屋を今日から使わせて貰えて本当よかった。
久しぶりだったのでちょっと長湯をしてのぼせちゃったけど、やっぱりお風呂はいいね。
明日は一日中北の森へ行く事になるので、装備品の手入れをしっかりしてから、早めに就寝した。
◇ ◇ ◇
迷いの魔樹を、北の森で討伐しはじめてから今日で三日目。
なんとなく急所である魔石の場所が分かるようになり、火魔法の一撃で倒せる回数が増えた。
たぶん、スキルとしては取れていないけど魔力感知が出来るようになってきたんだと思う。
そのせいで無駄に魔力を使うこともなく、だんだん効率的に狩れるようになってきたのはうれしい。
魔力切れはあれからしていない。
本来ならもっと狩れる魔力はあると思うけど、この広大な北の森の中から一人で迷いの樹だけを探すのは『索敵』があってもとても大変なのと、途中で他の魔物にも遭遇するから常に余力を残しとかないといけないのでセーブしている。
特にポイズンラットやスモール・ワームは見つけ次第駆逐しなきゃだから! 本当どこからこんなに湧いてくるんだろ?
昨日は結局迷いの魔樹を七体倒した訳だけど、エルフという種族特性だけじゃなく、私が持ってる『索敵』や『マップ作成』のスキルがなければこの討伐数も無理だったんじゃないかなと思ってる。
それに持ってる魔法の中で、迷いの魔樹の弱点である火魔法のレベルが高いこともね。
ただ気になるのが、私だけじゃなく他の冒険者も毎日討伐しているにもかかわらず中々数が減らない事。
スモールトレントはまだ見つかっていないものの、親樹の方はむしろ少しずつ増えていっているんじゃないかと疑ってる。
一日中北の森にいたのは今回が初めての経験だけど、とてつもない広さだから、昨日見落としたのかそれとも新たに侵食してきた個体かどうかはっきり分かる訳じゃないから疑惑に留まっているけどね。
今日もマーキングしていた場所へ行く途中に、別個体に出くわしたので討伐したしたけど、その辺は分からなかった。
とりあえずこれで、森の一番浅い部分で私が把握していた分は全部倒したことになったけど、少し奥に入るとまだまだいる可能性はあるよね。
エドさんも心配していた。
いつも聞かれるままに詳しく答えているけど、大侵食の前触れかどうかを今の時点で判断するのは難しいらしく、しばらく様子を見るとのこと。
……彼の懸念通りにならないといいけど。
いつもお読みいただきありがとうございます。




