第14話 名前を決めました
村に着いてからまだ誰ともしゃべってないのに、もうすでにドキドキしてきた。
いやここんとこずっとボッチだったからね。魔物と不思議植物の相手しかしてなかったから!
この世界に来てからの初会話だよ。言葉ちゃんと通じるって、大丈夫だって分かってても、緊張はしちゃうっ。
あ、あそこの畑にいる第一村人さんに、サクッと買取場所、き、聞いてみよう、かな……。
警戒されないように愛想よく、ねっ。
テンション上げて(当社比)……え~い女は度胸だ、行くよ!
「すみませ~ん!」
「おう、嬢ちゃんどうした、こんな朝早くに? どっから来たんだ、一人旅か?」
うわわっ、いっぱい質問が来たっ。でもここはさらっと流そう!
「そんなところです! これ、買い取ってくれるところ、どこか知りませんか?」
左手でホーンラビットを持ち上げて見せる。
「ああ、そんならジーンの酒場へ行ったらいい。この村には冒険者ギルドはないからな、代わりに請け負ってるんだ」
農作業の手を止めて、その方向を指差しながら教えてくれた。このまままっすぐ村の中へ入って行けば分かるらしい。
「ありがとー!」
「おうっ、気いつけてな」
よし、乗り切った。
特に警戒されてないしエルフだとバレてないみたいだし、よかったよかった。
親切に教えてくれたおじさんにお礼を言って、村の中心部へ向かう。
言われた通り、遠くからでもすぐその建物は見つかった。
――けど出張所かぁ。
『異世界知識』によると、そういう所はギルド証の新規登録をしてない事が割りとあるそうなんだよね。
ここで冒険者登録してもらえるなら、町へ行ったときの通行税が無料になるからお得なんだけどな。他に身分証がわりのものもないし無一文の今、切実にこの村でやってて欲しい。
ただ、ギルド証の登録といえば……ちょっとした問題がある、よね? 今まで敢えて気づかないふりして先延ばしにしてきた事がっ。
――それは……名前です!
登録手続きでは種族と得意なことの他に、名前を聞かれるはず。
いやすごく当たり前のことだし、これを答えられなきゃ可哀想な人扱いされそうだけど……私、まだ思い出せてないんだよ、自分の名前!
『鑑定』でも表示されなかったし、もうこれ思い出すとかどうとか、そういうレベルの問題じゃなさそうだよね……記憶操作とかされてそう……。
16才っていうのも、実年齢って保証はないし思い出せないから、ふーんそうなんだぁって感じで実感ないし。
日本人だってことは覚えてるし、住んでた地域とかも分かる。一般常識とか基本知識の記憶は残ってるのに、個人的な履歴だけ、すっぽり抜けちゃってるんだよね。……これには作為的なものを感じちゃうって。
まあ、森の中にボッチでいるうちは、モヤモヤするくらいでそれほど不便はなかったから今まで見ないふりしてきたけど、ここらがタイムリミットだよね!
――思い出せないならもう、自分で自分の名付けをしてみよう!!
ということで、どんな名前にしようか考えてみる。
とりあえず、他にもこの世界に来た人がいる可能性が高いので(白い部屋にいた神様っぽい謎の人情報)、日本を連想させる名前は色々危険かもしれないし止めておこう。
目立ちたくないし、この世界の人っぽい名前をつけたい。けど、それが分からないからこの村まで名無しで来ちゃったっていうのもあってね。
ただここにきて、村人達の名前を勝手に色々盗み聴きしてみて、大体雰囲気が伝わってきた。大体西洋風の響きを持つ名前っぽい。
『異世界知識』によれば、冒険者登録は偽名でも大丈夫だそうだし、適当にさくっと決めちゃおうか。
そうだなぁ、エルフになったんだしソレっぽい感じの名前がいいなぁ。花とか樹の名前とかいいかも……桜、だと日本過ぎるから西洋っぽい花でなんかいいのないかな。う~ん? だったら薔薇とか?
……ローズ、はあまりにもベタだから、ちょっとひねって「ローザ」とかどうだろうか……。
――あれ、あんまり変わんない?
う~ん。やっぱりベタだよこれ本当それでいいのか自分。なんかどこかの悪役令嬢っぽい名前になっちゃってるけど本当いいの!?
いやでも咄嗟にそんなエルフっぽい名前は思いつかないというかっ。他には天使の名前とかふさわしそうだけど、自分に付けるのはなんか恥ずかしいしっ。
イヤイヤもう時間ないし、いっそもうベタでいこう、その方が目立たないかもしれないしっ。どうせ偽名だしなんならまた変えればいいんだしさっ。
――もうそれで決定って事で!
さっそく酒場に入ると、ドアに取り付けられたベルがカランカランっと大きな音を出して鳴った。
ここが冒険者ギルドの委託を受けてるという酒場かぁ。
まだ朝早いからか、閑散としていて誰も居なかったけど、ドアベルが聞こえたのかカウンターの奥から色っぽいお姉さんがすぐに出てきてくれた。
「おはようございます! ジーンさんですか?」
「あら、おはよう。よく知ってたね、私がジーンだと。初めて見る顔だけど、こんなに早くどうしたんだい?」
「さっき外の畑で村の人にここの事を聞いたんです。旅をしてるんですが、これを買い取ってくれるとこを探してて……」
ホーンラビット二体まるごとと、角と魔石を別に2体分、カウンターに置いて見せる。
「ああそうだったの、ここで買い取れるよ。ギルド証はあるかい?」
「ないです。登録できますか?」
「いいや、隣街に行かないと駄目だね。やってあげたいけどここは新しい出張所だからね。まだ出来ないんだよ。買い取ってもいいけど解体料と手数料が別額かかるから、少し安くなる。それでもいいかい?」
やっぱり安くなるんだ。でも今は少し換金しておきたい。
この村にはなかったけど町に入るための通行税とか、ギルドの登録料だけでも稼ぎたいから。
聞いてみるとやっぱり隣町は通行税として大銅貨1枚、ギルド登録料は大銅貨5枚かかるらしい。
だとすると、併せて最低でも大銅貨6枚は欲しいな。これで足りるかな?全然わかんない。
ひとまず査定して貰う事にした。
「おや、あんたエルフかい? 珍しいね。ここらじゃなかなか見ないよ」
あ、バレた。
間近で見られたせいで分かっちゃったらしい。ギルド関係者ならいろんな種族を相手に慣れてるだろうしまあ問題ないだろう、たぶん。
「この村にはいないんですか」
「ああ、いないね。獣人族なら一人いるんだけど。この村の専属冒険者さ」
あの時見えていた人は冒険者さんだったのか。
「町中よりこっちの方が暮らしやすいって言って専属になってくれたんだよ。すごく強くてね、村の皆が助かってるのさ」
森の近くが落ち着くっていうのはなんか分かるな。私もエルフになったからか、森の中って危険なのになんか落ち着けるし。
エルフって森の妖精さんだし本能みたいなものかもしれない。
その人は狼の獣人族さんらしい。
「全部で75シクルになるよ、どうする?」
「はい、それでお願いします」
大銅貨7枚と銅貨5枚を渡された。
よかった。足りなければ追加しようと思っていたけど、ギリギリなんとかなった。
「隣町のボトルゴードならこの街道を半日も歩けば着くからね。あそこならギルド登録も出来るし、冒険者の仕事もここよりずっと多い。町中の治安も比較的いいし」
「そうなんですね。ありがとうございます、行ってみます」
「ああ、気をつけて行っておいで」
親切に教えてくれたジーンさんにお礼を言って酒場を出る。
いい村だったな。
心配してた長寿種族に対する偏見や害意もなかったし、次の町の情報まで色々教えてくれたし。
歩いて半日なら走って行ったらお昼までに着けるかもしれない。
後ちょっとだけ頑張ろう。今日こそは宿を取ってベッドで寝るんだ!
いつもお読みいただきありがとうございます。




