惨劇
一連のイベントとは言えとても書きにくかったです。
今回も残酷表現があります。
時は少し遡る。太陽が中天に昇る頃、ファーウッド村はいつもの様になんでもない日々を送っていた。
この日も村の青年ユーリは朝の畑仕事を終えた後、日課である村長宅の馬の手入れをしていた。
「よーし、よし。気持ちいいかぁ?お前さんには、いざと言う時働いて貰わないと困るからなぁ。しっかり食べるんだぞ」
飼葉を与え、ブラシで手入れをしていると、森側が俄かに騒がしくなってきた。
「ん?何かあったのかな?ブラウさんが大物を獲ってきたのかも……そしたらお零れに預かれるかもしれないなぁ」
そんな暢気な想像をしてると、村長がユーリの元に全力で駆けて来る。
「ユーリ!!馬を出せ!!すぐにグラリアまで行くんじゃ!!」
「ど、どうしたんですか?直に用意しますが、何かあったんですか?」
突然の事に多少の驚きながらも、指示に従い馬に手綱と鞍を付けていく。早馬ならば、おそらく行くのはユーリになるだろう。村長は高齢のため、長時間の乗馬には耐えられないため、村の若者であるユーリが代役として指定されているのだ。
「お、オークじゃ!オーク共が森から出て来よったんじゃ。女子供はわしの家に避難するように指示をして居るが、相当な数が居る様じゃ。レスト村まで全力で馬を走らせ、レスト村の馬と交換してグラリアへと向かうんじゃ。そうすれば1日でグラリアまでいくことも可能じゃろう。騎士団が来るまで生き残れるかは分からんが、それでも希望が無いよりはマシのはずじゃ」
その言葉にユーリは顔を青ざめさせる。その脳裏には近所に嫁いだ姉や、父母の無残な死に様が想像されているのかもしれない……それを少しでも現実としないために、ユーリは馬にまたがりレスト村を目指して駆け出したのだった。背中にかすかな村人の悲鳴を受けながら……
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俺たちはオークを殲滅した後、装備を回収したり、オークの皮を剥いだりしていた。オークの皮は分厚く硬いため、ハードレザーの素材として結構値打ち物らしい。プミィさんの提案でこれらをジョーンズさん経由で売却し、利益を村と俺たちとで折半することにした。その上で、村からは謝礼として銀貨50枚を出してくれると村長が確約してくれた。この規模の村ではかなり思い切った額だが、誰も死ななかった事の礼だと押し切られた。
そして今は一部を見張りとして立て、残りは宴会状態に突入している。一応村長の息子が呼びに行った騎士団が到着するまでこの城壁は維持し、あとで元に戻す予定だ。何せ畑の一部を巻き込んで作ったので、戻しておかないと可哀想だ。
皆楽しそうに飲んでるな。俺自身も酔い過ぎない程度に飲んではいるが、村人たちは助かった安堵感からか、随分とはっちゃけている様に見える。特に村長などベロンベロンになっている。
小次郎さんやドルフさんの所には若い女性が集まって話を聞いているようだ。小次郎さんの隣でニコニコしている千鶴さんなのだが……気配が笑ってない。なのに小次郎さんは気がついてないし、周りの女性は分かってて敢えてスルーしているし……コワイ。
俺のところにも最初は女性がいたが、既に婚約者がいる身だと分かるとスッと引いていった。何人か粘っていたが脈がないと分かると、あちらに移動したようだ。また、別の場所ではプミィさんとジョーンズさんを中心に商売談義が花を咲かせているようで、一番盛り上がっているようだなぁ。村の既婚女性はここぞとばかりに、酒で気が大きくなった旦那に欲しい物を強請っている様だ。
宴会が始まってしばらくした頃、見張りの一人がこちらに向かって駆けて来た。村長が使い物にならなくなっているのを見ると、村長の奥さんの所へと移動したようだ。
「ミモザさん!ファーウッド村のユーリが来ています。かなり急いでいるようで、村長に会わせてくれと……」
「あら、旦那は動けそうにないし、あたしが代わりに行くよ。ユーリには門から入って貰いなさい」
「分かりました!」
指示を受けユーリとやらに伝える為に、また城壁へと走っていったが……何か手伝えることがあるかも知れんから、俺も行くかね。杯を置き奥さんについて行く事にする。
「奥さん、俺も行きますよ。何か手伝えるかもしれませんから」
「あら、貴方には随分と助けられたから休んで居てくれていいのよ?」
村長の奥さんはそう言って微笑んだが、早馬を出すほどの事態だ。ここまで手伝ったなら、ついでとも言えるしな。そんな事を思っていると、門から青年が馬に乗って入ってきた、おそらく乗りっ放しだったのだろう、随分と顔色が悪いようだ……
青年は馬から下りると、奥さんに向かって切羽詰った様子で叫ぶ。
「申し訳ありません。レスト村の馬を貸してください!!ファーウッドがオークに襲われているんです!早くグラリアに報せないと!!」
その言葉を聞いて俺と奥さんは顔を見合わせる。馬って……既にグラリアに向かってるんだけどなぁ。そんな事を思っていると奥さんが困ったような顔をして口を開く。
「ごめんなさい、うちの馬は昼頃にグラリアに向かったのよ。こちらも何時間か前にオークに襲われてね。その件で息子が乗っていってしまったのよ」
返事を聞き青年は力尽きたように膝を突く。おそらく疲労だけではないだろう、馬が交換できないのでは、グラリアまでの到着時間はかなり延びるはずだ。そうなれば村の被害は更に増える……いや下手をすれば全滅もありえるか……
青年は頭を抱え
「何てことだ、これじゃみんなが……」
確か盗賊から助けた女性達もファーウッド村の出身だったな……自らが助かっても、村に残した子供が死んだのでは意味が無いか……アフターケアの意味でも何とかしてやるかねぇ
「奥さん、俺のほうで何とかしますよ」
考え込んでいた奥さんはこちらを驚いた目で見る。おそらくジョーンズさんの馬を借りれないか考えていたんだろうが……
『クリエイトゴーレム』
キーワードと共に巨大な馬型のゴーレムが生まれる。今回はスピードを重視して、フレーム部のみスチールで強度を確保し、外装部をアルミで軽量化してみた。二頭を作成し、片方のサブマスターに青年を指定する。
「とりあえず、俺がファーウッド村に行ってきます。今ならまだ間に合うかもしれませんし。あなたはそちらのゴーレムを使ってグラリアまで行ってください」
突然の事に目を丸くしていた青年だが、グラリアまでの足が手に入ったと理解した後の行動は素早かった。すぐさまゴーレムに跨ると門を飛び出し、グラリアへと駆け出して行った。
俺もゴーレムに跨り、奥さんへと声をかける。
「すみませんが、仲間にはここでジョーンズさんの護衛をして居てくれと伝えてください。またオークが来ないとも限りませんから……」
「分かったわ、ファーウッド村が襲われたのであれば、ジョーンズさんも動けないでしょうし、お伝えしておきます」
俺はその言葉に頷き、ゴーレムに指示を出す。既に日が暮れ始めているため、『インセンスドアイ』で暗視能力を強化し全速力でファーウッド村へと急ぐ。ゴーレムは有り余るパワーを遺憾なく発揮し、通常の馬とは比べ物にならない速度で突き進む。途中ゴブリンらしき影が道を塞いでいたが、あっさりと跳ね飛ばしたのはご愛嬌だ。
走り出して1時間ほど……遠くに赤い光が見えてきた。追加で強化した視力で村の一部が燃えているのを確認する。建物の一部は倒壊し、家畜も荒らされているようだ……一際大きな建物(おそらく村長の家だろう)の前に十数匹の影がうごめいている。正確な位置の把握に『グラウンドサーチャー』と『アースソナー』を併用した所、建物の中には数十名の人間が、そしてその周囲にはオーク達が居るようだ。その内の数匹が斧で壁や扉を少しづつ削っている。
オークたちの性格から言って、わざと時間を掛ける事により恐怖と絶望感を煽っているのだろう……そして何より重要なのはオークたちの中に人間が何人か居る事だ。逃げ遅れた人たちを捕まえたのだろう……奴らは獲物を甚振る事に快感を覚える性質がある。
ゴーレムで突き進みながらも、この辺りまで来ると何人かの犠牲者の遺体が討ち捨てられている……両手両足を生きながらにしてもがれたのか、悶絶した表情で死亡した男性や、斧で頭を潰された男性の姿もある。そして……逃がし切れなかったのだろう、オークたちに犯された女性の遺体も地に打ち捨てられていた。
その光景に知らずギリッと奥歯をかみ締める。脳裏にもっと早く来ていればと過ぎるが、どんなに強い力を持とうが俺は万能じゃない……世界の全てを知ることなど出来はしないのだから……
村までかなり近づいた所でオークの群れの中心から甲高い悲鳴が聞こえた。目を凝らすとオーク・エリートほど立派な装備ではないが、周りより偉そうなオークが子供の左腕を噛み千切っていた……そして、その子の父親だろう男性がオークに押さえつけられながらも、叫んでいる。その声に煩わしそうに偉そうなオークが動き、手に持った斧で男性を切りつけた。
その光景を見た瞬間、俺の中で何かがぶち切れる音がした。
「ツヴァイ!!目標、中心の豚野郎だ!ぶち殺せ!!」
俺の怒鳴るような指示に反応し、ツヴァイが地面から出現する。左手に構えた10枚の板バネで補強した大弓を構え、子供を掴んだオーク目掛けて矢を放つ。放たれた矢は真っ直ぐにオークのこめかみに飛び込み、鉄製の兜ごと頭を貫通した。矢を番え放つ間にもオーク目掛けて突っ込んでいる俺は、斧で切られた男性を掴んでいるオーク二匹に目掛け『ボールクラッシャー』バージョン2を打ち込む、バージョン2は殴り潰すのではなく、より確実に潰すため玉を掴んで握り潰す!!仕様になっている。
パキャ!という音と共にオークが口から泡を吹いて倒れ伏す。それにより捕まっていた男性が解放される事となった。その間にオークの群れに飛び込んだ俺は、今度はアインに指示を出す。
「アイン!子供を拾ってこっちへ!」
頭を貫かれたオークがその姿勢から崩れ落ちると同時に、手から零れ落ちた子供を地面から飛び出したアインが受け止めこちらへと投げ渡す。受け取った子供を抱え馬ゴーレムから飛び降りると、そのまま馬ゴーレムは目の前のオークを跳ね飛ばしながら駆け抜けていった。
抱えた子供を切られた男性と共にオークに捕らわれていた村人へと渡すと、今度は安全を確保する為に壁を作り出す。
『ロックウォール』
村人の周囲を岩壁で囲い込み、最後の一枚を呼び出す直前に腰のポーチを丸ごと村人へと投げ渡す。
「その中にポーションがある。それで治療を!!」
そう言って最後の一枚の岩壁を引き上げる。これで外の村人は確保できたが、建物側の守備が足りねぇ!!あっちを人質に捕られたら不味い……
『クリエイトゴーレム』
魔法の発動と共に建物の周囲に五体のアイアンゴーレムが出現する。いずれも重装甲の騎士タイプで、自身を半分以上カバーできるタワーシールドとブロードソードを持っている。それぞれが建物の近くに居たオークと対峙し建物への接近を防ぐ。
「アイン!重騎士を指揮して奴らを建物に近づかせるな!!ツヴァイ!援護射撃!」
アインとツヴァイに指示を出し、俺自身はオークの殲滅に入る。以前にいくつか開発した魔法の内、威力が高すぎて封印した物を使うことにする。こいつ等相手に容赦する必要がねぇ!!
高速回転刃魔法『ダイアモンドチェーンソー』を起動する。右手に持つロングソードの刃に沿って二重にチェーンリングが現れ、それが高速で回転を始める。ダイアモンドは衝撃には確かに脆いが、引っ掻き耐性はモース硬度10を誇る。つまり抉り取るなら強力な武器となるのだ。
そして俺の魔力によって通常ではあり得ない速度で回転する刃を振りかざしオーク目掛けて切り込む。俺の剣を受け止めようと掲げた斧と接触した瞬間、耳が痛くなるような高音を立て、強烈な火花が飛ぶと同時にあっさりと両断した。
回転する刃はそのままオークの肉体に食い込むと、右肩から左のわき腹にかけて肉を抉り取る様に切り裂いた。この見た目も俺がこの魔法を使いたくない理由なんだが……
そしてそこからは単なる殲滅戦だった。アインの振るうハルバードはアインのパワーと相まって、オークが身を守る為にかざした斧ごと叩き切り、ツヴァイによる狙撃は正確にオークたちの脳天を貫通していく。そして俺は……もう一つの封印した魔法によってオークたちを削り殺していた。
これは比喩表現ではなく……敢えて言うならば砂によるヤスリで削り殺すと言ったところか、俺の意思によって自在に動く砂の塊がオークたちを包み込み、渦を巻きつつその体を削り取っていく。断末魔の悲鳴が途切れる頃には真っ赤な砂の塊になっていた。
すべてのオークを倒し、ロックウォールを解除する。周囲の壁が無くなった事に気がつき辺りを見回す村人達が、オークの姿が無いことに気づき歓声を上げる。オークに傷つけられた親子もポーションによる血止めが効いた様で、命は助かったようだ。村人の一人が村長の家へ向かい扉を叩く……恐る恐る扉が開かれオークが退治されたことが伝わると、家の中のあちこちから喜びと嘆きの叫びがこだました。
全滅は避けられたものの、男達は家族を守るためほぼ全滅という有様だ……これではこの村を維持することは困難だろう。だがそれでも死ぬよりはずっとマシだと思いつつ剣を鞘に収めたのだった。
以前に平和な世界観なのかと聞かれましたが、オーク辺りになるともはや村人では太刀打ちできません。
襲われることが滅多に無いのは森の南端近くに魔力の噴出孔があり、それに近いほど強力な魔獣や妖魔が集まる性質があるため、森の沿岸部には滅多に来ないからです。
また、ファーウッドを襲ったオークはレスト村を襲ったオークの部隊の一部です。副官と一部のオークがファーウッドへ向けられたが、迷子になった結果、襲うまでに時間が掛かっています




