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異世界に来たけど、生活魔法しか使えません  作者: 梨香
第二章 王立学園中等科春学期

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魔法陣の授業

 ルパート先輩に勧められたカインズ先生の経営学は面白い授業だった。

「経営学だと言っても教科書を読むだけなら、自習で十分だろう。春学期は自分で何か事業を立ち上げて貰う。そして、黒字経営を目指すのだ。最初の資金は10ロームだ」

 ピンと10ローム金貨を指で弾いて片手でキャッチする。学生達が騒めいているのを、カインズ先生は面白そうに眺めている。

「おっ、先輩からの情報と違うと驚いているのか? テストは教科書に沿って行うから安心しろ。他のクラスと合わせなくてはいけないからな」

 おっ、男子学生が手を上げた。あれはAクラスで見かけた顔だけど、名前は知らないよ。

「なんだフィリップス君」

「先生、私たちは事業の計画表や黒字経営を目指さなくてはいけないのに、他のクラスと同じテストなのですか? 不利では無いですか」

 確かにそうだよね。教室には賛同する騒めきが広がった。

「ははは、なら別の授業を受けても良いのだぞ。でも、今年の経営学はどのクラスも実践を取り入れている。それに勿論、テストに加点するに決まっている。テストで半分、実践で半分で成績が決まる」

 フィリップスも納得したみたい。それに他のクラスも同じなら仕方ないって雰囲気になった。

 裁縫とか家政数学とか経営学も少しずつ変化している。パターソン先生の法律と行政も変化したら良いんだけど、私は他のサリバン先生に変わるよ。


 魔法使いコースのエリアは雰囲気が怪しい。なんだろ。騎士コースはきびきびした男子学生ばかりだし、家政コースは女学生で華やいでいる。文官コースは学者タイプが多いから落ち着いた雰囲気だ。

 魔法使いコースの学生も同じ制服を着ているが、上に黒のローブを羽織ったり、怪しげな大きいペンダントをぶら下げている。えっ、それは骨ですか? すれ違った学生のジャラジャラ音がするネックレス、骨がいっぱいついているよ。まぁ、前世でも鮫の牙とか下げているサーファーもいたよね。うさぎの脚とかもあったな。

 文官コースと違い魔法使いコースは女学生もチラホラ見えるが、魔女っぽいんだよ。わざとメイクしているの? 髪の毛もボサボサだったり、身嗜みができてない女学生なんて、異世界に来てから初めて見たよ。

 なる程、マーガレット王女やキース王子が私が錬金術を取ると言った時に反対したの分かったよ。確かに変人が多そう。

「ここが魔法陣のクラスね」

 教室は普通に思えたけど、一歩入って外に出たくなった。皆の視線が突き刺さるのは文官コースで慣れているけどさ、なんかそれに魔力が乗っていて圧を感じたんだ。

 ふん、そんな圧、リチャード王子の威圧の10分の1にもならないし、ビクトリア王妃様の視線の100分の1にもならないよ。

 窓際の後ろの席が空いていた。ラッキー、その席好きなんだよ。私がその席に座ったら騒ついた。

『何?』座っちゃ駄目なの?

「お前、良い度胸だな。ペイシェンス・グレンジャー。中等科に飛び級した秀才が魔法陣の授業に何の用だ?」

 Aクラスで見た事のある男子だ。名前は知らない。こう言うのも飛び級の弊害だね。

「錬金術を取るなら、魔法陣も取った方が良いと勧められたのです」

 何だか頓珍漢な答えだったようだ。爆笑されたよ。まるでライオンの鬣みたいな金髪が揺らめいている。

「そんな事を言ったのはカエサル様だな。そうか、青葉祭に来たという女学生はお前だな。あっ、私の名前はベンジャミン・プリースト。A組で一緒だけど、同じ授業は取ってないな」

 そう言うと隣の席に座った。

「もしかして、ここがベンジャミン様の定位置なのですか? それなら替わりますよ」

 中等科は色々な教室を移動するけど、同じ教室を使う場合もある。魔法使いコースなら定位置を決めているのかもしれない。

「いや、良いさ。窓際の後ろの席が好きなだけだ。ペイシェンスも好きだから座ったのだろう。早い者勝ちさ」

 まぁ、次の授業では違う席に座ろう。

「おお、今年は多いな。魔法陣の重要さがやっと分かったのか。それとも同じ時間に面白い授業が無かったのか。どちらにせよ大歓迎だ。私はロビン・キューブリック。錬金術も教えているから宜しくな」

 こんなに若い先生は初めてだった。大学出たてに見えるよ。

「春学期の授業では魔法陣の基礎を学習するぞ。つまり、火を点ける。水を出す。風を送る。土を動かす。そんな基礎の魔法陣と、その応用だな。簡単だから直ぐに自分で描けるようになるさ」

 聞いていると簡単そうだった。でも、配られた教科書を開くと、教室が騒めいた。

「先生、これを描くのですか?」

 男子学生が手を上げて質問する。

「おっ、ブライス君。当たり前だよ。ここに載っているのは初級だから、簡単だろ?」

 あっ、この先生は自分が簡単だから、難しいのが分からないタイプだ。難航しそうな予感がするよ。

「ほら、この紙に最初の魔法陣を描き写せ。上手く描けたら、火が点く筈だ。試すのは教室の後ろでしろよ」

 教室の後ろで火が点いて良いのかしら? まっ、キューブリック先生がなんとかするのでしょう。

 教科書を見ながら、魔法陣を描く。結構、複雑だよ。これで基礎なら魔法陣は凄く難しそう。

 私は注意深く教科書の魔法陣を見ながら、繋がった線の角度や模様を慎重に写していく。

「先生、できました!」

 おっ、隣のベンジャミンが手を上げた。慣れているのかな? カエサル様を知っていたから錬金術クラブなのかもしれない。

「おっ、ベンジャミン。一番乗りだな。後ろに来い」

 私は写す手を止めて、魔法陣を使うのを見る。

「ほら、この魔法陣に魔力を流してみろ」

 ベンジャミンが真剣な顔で紙に魔力を込めている。

「あっ!」小さな火が一瞬点いたが、直ぐに消えた。

「雑だな。ほら、ここの線の交わる角度が違う。だから、火が直ぐに消えるのだ。もう一度、ちゃんと見て描き直せ」

 しょんぼりしたベンジャミンはなかなか可愛いよ。大きな男の子ががっかりしている姿は萌えるね。まぁ、私の好みからしたら、少し大きくなり過ぎてるけど。

 それから、あの手を上げたブライスも描けたみたいだけど、火も点かなかった。

「ああ、ほらこの線は間違いだ。これでは魔法陣と呼べないな」

 ガッカリしているブライスはかなり好みだ。まだ成長し切ってない青い感じが良いね。なんてショタ鑑賞していたけど、やっと描き上がったよ。時間がかなり掛かったね。

「キューブリック先生、できました」

 先生ときたら、後ろで本を読んでるよ。描けない学生に何処が間違っているか指摘して回らないんだね。

「おっ、初めて見る顔だな」

「はい、ペイシェンス・グレンジャーです」

「何処かで聞いた名前だな。あっ、職員室で噂のペイシェンスか。どれ、魔力を注いでみろ」

 どんな噂が職員室で流れているか気になるけど、中等科に飛び級したから目をつけられているのかな? それより集中しなきゃ。

「あっ、火が点きました」

「おっ、ちゃんと描けているな。ペイシェンス、次の水を出す魔法陣を描きなさい。皆、早く描くより正確に描く事だ」

 席に戻ると、横のベンジャミンから声を掛けられた。

「良かったな。やはりカエサル様が見込まれる筈だ。錬金術クラブに入らないか?」

 錬金術クラブって勧誘激しいね。

「錬金術の授業を取ってから考えます」

 後ろで聞いていたのか、キューブリック先生が口を出す。

「おっ、錬金術も取るのか! ペイシェンスなら錬金術もできそうだ。何故、魔法使いコースを選択しないのだ?」

 そんな事を訊かれても答え難いよ。

「私は家政コースと文官コースを取っていますから、魔法陣と錬金術の授業だけで精一杯です。それに生活魔法だけですから、魔法使いコースは向いてないのです」

 私を真剣に見つめてキューブリック先生は残念がる。

「それは間違いだ。生活魔法を下に見る風潮に流されてはいけない。ジェファーソン先生も言われているが、生活魔法を極めれば何でもできるのだ。なぁ、家政コースや文官コースなど辞めて、魔法使いコースにしないか。きっと楽しいぞ」

 確かに家政コースは退屈な授業もある。でも、手作業って好きなんだよ。それに文官コースも将来役に立ちそう。

「いえ、もう手一杯ですから」丁重にお断りしておくよ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『生活魔法を極めれば何でもできるのだ』 知る人ぞ知る生活魔の便利さ……何でも、の知られている範囲が大変気になりますね……!
[良い点] 更新お疲れ様です。 以前のカエサル氏や今回のベンジャミン氏を見てる限り、この世界は一癖ある人にきちんと実力を認めて貰う→普通の貴族より良い関係を築ける可能性が高い? [一言] 生活魔法、…
[一言] 手一杯で魔法使いコースとる余裕はないだろうけど錬金術とか魔法陣とかロマンの塊だからなぁ やってみてやべぇコレ超楽しいっておもっちゃったらとりたくなっちゃうかもですね しかしペイシェンスが可…
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