夏の離宮 国王陛下の到着
夏の離宮で、午前中はマーガレット王女、キース王子と共に勉強する。リュートの練習は午後だよ。だって私がリュートを弾くと、マーガレット王女は数学どころでは無くなるからね。私は古典と歴史の予習だ。国語と魔法学は何となくいけそうだからだ。
「ペイシェンス、嫌味なのか? それは中等科の教科書だろ」
嫌味なんかじゃありませんよ。本当は家で弟達と勉強する予定だったんだ。
「キース王子、もう少し真面目に勉強しましょう」
見張りの家庭教師に叱られたよ。やはり王族の家庭教師なので厳しい。
午後はリチャード王子と塩を作ったりもするけど、ほとんどはマーガレット王女と音楽の教師と過ごす事が多い。リュートは難しいけど、楽しい。形は違うけど、前世のギターに似てる。
「音階は覚えたようですから、練習曲を弾いて下さい」
あっ、やっぱり指の練習ばかりなんだね。少し練習して、弟達に教えてやった前世の童謡をポロン、ポロン弾く。
「あら、その曲は何?」
音楽愛の強いマーガレット王女は耳ざとい。
「弟達がハノンの練習するのに簡単な童謡を作ったのです。指の練習曲ばかりでは退屈してしまうので」
目がキラリンと輝く。嫌な予感しかしないよ。
「丁度、ジェーンやマーカスもハノンやリュートを習っているの。明日の午前中はあの子達にその曲を教えましょう」
数学をサボる気だ。子供部屋に逃げるつもりだろう。
「さぁ、やっと2台ハノンを設置してもらったのだから、新曲の練習をしましょう」
まぁ、乗馬を忘れてくれているようなので、ハノンぐらいは良いよ。ダンスは忘れてくれて無いんだよね。午後に時々練習させられる。マーガレット王女は自分がダンスは免除だから、その時間で音楽に浸りたいんだ。
ダンス教師は流石にプロだね。教えるのも上手い。でも、まだ修了証書が貰えるレベルでは無い。
「もっと頑張らないと駄目ね」マーガレット王女は手厳しい。こっちだって本音を言うと、マーガレット王女の裁縫は『もっともっともっと頑張らないと駄目』なのだ。
貴族の令嬢が実際に裁縫する必要があるかどうかは関係ない。出来ないなんて許されないのだ。
1週間が過ぎ、夏の離宮の暮らしに慣れた頃、アルフレッド陛下が来られた。出迎えに出たビクトリア王妃様は機嫌が良いけど、リチャード王子は少しそわそわしている。
私? 緊張しているよ。だって父親を免職にした陛下と会うのは本当に怖い。王妃様がマーガレット王女の側仕えに選ばれたからだし、夏の離宮にも呼ばれたから来ているのだ。でも、やはり逃げ出したいよ。
アルフレッド王は、リチャード王子を大人にして、人当たりを良くした感じに見えた。リチャード王子は、よくできた王子だけど、時々、青いんだよね。キース王子の失言に一々怒ったりね。
マーガレット王女も機嫌が良い。ビクトリア王妃様の注意が少し逸れそうだからだ。数学はどうにかなりそうだけど、裁縫は絶望的なので、かなり厳しくチェックされてうんざりしている。
ああ、到着されたよ。あっ、ユージーヌ卿だ。格好良いね。
陛下が馬車から降りて来た。王妃様は微笑んで出迎える。私は、そこからは頭を下げているから、会話だけだけど、リチャード王子、マーガレット王女、キース王子の挨拶を受けている様だ。
「こちらがマーガレットの側仕えのペイシェンス・グレンジャーです」
王妃様の紹介が済んだ。
「ペイシェンス、頭を上げなさい」
声が優しい気がする。何故?
「おお、ユリアンヌに似ているな。マーガレットによく仕えてくれていると聞いているぞ」
これで顔合わせは終わった。私はにこやかに声をかけてくれた陛下の背中に『何故、父は免職になったのですか?』と問いかけたかった。でも、そんな事は出来ない。そのくらいならワイヤットに聞くよ。教えてくれないだろうけどね。
陛下が来られたから、ほぼずっとビクトリア王妃様が側にいるが、晩餐の後、サロンで寛いでいる時にリチャード王子は塩について話した。
「ペイシェンスが海水から塩が作れると言い出して、実験してみたら出来ました。まだ、製法についてはあれこれ試している段階で、費用も岩塩を採掘するよりかかるかもしれません」
陛下はリチャード王子の話を最後まで聞いていた。
「価格的にどうなるかは分からないのでは塩を販売できるか不安だ。しかし、ハルラ岩塩にのみ頼っているのは心細いのは確かだ。やってみなさい」
リチャード王子だけでやるのだと黙って聞いていた。もう、思い出したやり方は紙に図を書いて渡していたから。頑張ってね!
「ペイシェンス、色々と試してみよう」
えっ、マジ? 塩で儲けられるならいざ知らず、暑い砂浜で塩炊きは遠慮したいな。
「ペイシェンスはお兄様の側仕えではありませんわ」
マーガレット王女、もっと頑張って。内心でエールを送るよ。だが、マーガレット王女は縫い物をしなくてはいけないそうだ。
「マーガレットが真っ直ぐに縫える様になるには夏休み中かかりそうですわ。学期末に展示されると言うのに恥ずかしいと思いませんか?」
マーガレット王女は午前中だけならと手伝いを許可する。まだ午後よりは涼しいかもね。
「もっと効率よく塩を作れないものか?」
リチャード王子は本当に真面目だ。私はパラソルの下で座っている。そして、その横には陛下がジュースの入ったグラスを持って寛いでいる。何気ない感じでここから逃げ出したい。
暑い砂浜での作業なので、パラソルと水分補給のテントも設置されていた。体力が無いので「少し休憩します」とリチャード王子に許可を取り、パラソルの下で休憩していたら、隣に陛下が座ったのだ。
「ペイシェンス、父上は元気にしているか?」
おおっとクビにしたのに心配しているのか?
「はい、元気にしています」
お陰様では言わないよ。嫌味に取られるからね。
「そうか、弟達は確かジェーンやマーカスと同じ歳だったな」
「はい」とだけ答えておく。この会話がどこへ向かうのか分からない。
「そうか……ウィリアムと私は学友だったのだ。王立学園で共に学ぶ経験は大切だ。ペイシェンスはマーガレットの側仕えだが、キースとも友達になってくれ」
何故、友達をクビにしたのか聞きたい。学園の先生達は教育界は恩に感じていると話していた。察するに何か教育についてのいざこざがあり、責任を取って免職になったのだろう。そして、陛下は本心ではクビにしたくなかったと暗に伝えている。
でも、そのせいで貧しさの中、母親は亡くなり、ペイシェンスも死んだのだ。前世人の私はぶちまけて怒鳴りたくなるが、ペイシェンスが止める。それに転生して半年、異世界の常識も分かってきた。ここで陛下に無礼な真似をしたら、弟達にも悪い影響を及ぼすかもしれないのだ。
もやもやする。
「リチャード王子のお手伝いをしてきます」と許可を取って席を立つのが精一杯だ。
大人は狡い! 陛下にも王妃様にもクビにされても陛下を尊敬している父親にも腹が立つ。
ああ、反抗期と思春期を二回も体験するのか。やってられないよ。
陛下が来られたから、リチャード王子の製塩場を作るのも、かなり軌道に乗った。
王妃様だけなら、隣町のバーミリオン・パルーシュの協力を得るなんてできなかったからね。
私は、少しだけ思い出した製塩場の図を書いて協力したけど、後はリチャード王子とお爺ちゃん錬金術師のバーミリオンに任せたよ。
何とか、陛下が滞在中に製塩場の開幕式ができた。
「お前がテープカットしたら良い」
陛下は、リチャード王子に花を持たせたよ。
「ペイシェンスにも褒美をやらなくてはな!」
何かくれるみたい! それは嬉しいな!




