05 婚約者のこと
すましたお顔でお茶をおかわりして飲んでいる国王陛下はわたしより四つ年上の、二十一歳。あ、もうすぐ誕生日で二十二歳になる。リボンをもらってしまったし、今年も何かプレゼントを考えないといけないのね。重すぎず軽すぎず、うーんまたあとで考えよう。これ多分すぐ忘れるわね。覚えておこう。出来るだけ。
わたしが王都に来たときに、聖女だという理由だけで婚約が結ばれてしまった。その頃の国王陛下はまだ王太子殿下だったわ。わたしがこんな無能聖女だなんて誰も想像してなかったのよね。わたしも前世の記憶がなければ精一杯頑張ったりして、もしかしてすごい聖女になっていたかもしれないけど。今となってはもう、自分がやればできる子なのか、やってもできないのかわからないわ。
国王陛下のお父様、前の前の国王陛下は、数年前に王妃様とともに、大きな魔法事故に巻き込まれて亡くなってしまわれた。その頃のわたしはまだ小さくて田舎にいたから詳しくは知らないし、今もその事を教えてくれる人はいない。国内触れたらダメな話題ベストスリーに常にランクインしている禁忌だとか。
あとを継いだのが亡くなった陛下の王弟だった方で、今の国王陛下と違って、熊さんのような大きな身体に大きな声でとても豪快な方。王弟陛下は兄陛下の子供が直系の正しい継承者だと即位の時から仰っていて、本当に王太子殿下が十八歳になって成人された時に譲位して、ご自身は大公となってしまわれた。今は国王陛下の補佐として豪快に公務に就かれていらっしゃる。
国王陛下が即位された時に、婚約者のわたしとついでに婚姻するって話になった。それまでも役立たずな聖女の姿を惜しまず見せていたのに、婚約は一向に解消されなかったのは不思議よね。なんの後ろ盾もない平民の聖女はどうやら貴族間のパワーバランスの調整に良いのだそうで、無能でも聖女は聖女らしい。わたしにはよくわからん。
即位のついでってなによ、とちょっと思ったのだけどね。そんなことより、国王陛下と婚姻したら王妃になっちゃうじゃない。いくらついでだからって婚姻可能な年齢まで待ってもらいたいと、引き延ばす口実に上級学校に通うことにしたの。我ながら冴えてるとは思ったけど、上級学校自体は全然楽しくなくて、時間稼ぎにしかなってない。無念。
とにかくわたしは卒業までにこの目の前にいる国王陛下と婚約を解消しないとずっと故郷に帰れなくなってしまうのよ。
国王陛下の綺麗な指が小さな焼き菓子を摘む。大公閣下とどことなく似ているけれど、国王陛下の顔はほっそりとシャープで、いつ髭が生えるのかわからないくらいお肌はつるっつる。整った顔立ちが冷えた印象なのは、ほとんど表情を読ませないから。すらりとした体躯は立ち上がるとわたしより頭二つ分くらい高いのに、座っている今はあまり身長差を感じない。どれだけ足が長いのよって思う。
その姿は、光ノ国で読んだ物語の魔王そのもの──というにはちょっと若いか。漆黒の髪、夜の色の瞳、白い肌、囁きは魔力に満ちて人を誑かす。
もちろん魔王じゃないことは知っているけど、前世で染みついた恐怖とかって残るものなのね。わたしは少し国王陛下がこわい。
その魔王様が、摘んだ焼き菓子をわたしの口に差し出してきた。
「残った菓子は持って帰っても良いが、少しは今食べてもらわないと、折角作った菓子職人が泣く」
そう言われると断れない。パン屋さんで働いていたお母さんに泣かれる気がするもの。美味しくないわけではないし。
手で受け取ろうとしたらお菓子を顔にぐいぐい押し付けられた。ちょっと、いくらすっぴんとはいえ、顔にお菓子屑をつけたりしたら恥ずかしいでしょ!
諦めて小さく口を開けた。
かつ、と歯に硬いものが当たる。
「んん?」
国王陛下の目が弧を描く。
「やっと当たったか。自分で食べてしまうかと思った」
お菓子の中からあらわれたのは、指輪だった。
「国王陛下……?」
「誕生日の贈り物だ。茶会もこれが最後だろうしな」
お茶会が最後というのは嬉しい。婚約解消だろうか。それにしては贈り物が指輪というのが解せない。
夜空の色をしたラピスラズリを嵌め込んだ指輪。音もなく寄ってきた侍女さんが魔法で綺麗に洗ってくれて、国王陛下があらためてわたしの指に嵌めてくれた。
あ、魔力媒体だ、これ。
ただのラピスラズリじゃない。何かの魔法を感知したけれど、なんの魔法かはわからない。とりあえず高価なことはわかった。
国王陛下は滅多に見せない満足げな笑みを浮かべていた。これがドヤ顔っていうやつね。
「菓子にも楽しみが欲しいのだろう? ソニアの好みの趣向にしてみたつもりだが」
「あ、ありがとうございます」
ぴったりサイズでわたしの指に収まった指輪の石には、金の内包物がチラチラと夜空の星みたいに散っている。
満足げな国王陛下とは裏腹に、誕生日にリボンと指輪なんか貰ってしまったら、次の国王陛下の誕生日の贈り物のハードルが上がるなあと、わたしの悩み事が増えたのだった。




