26 理想郷で治癒魔法
癒しの力なんかほとんどない聖女のくせに、大口叩いてしまって後悔したけれど、怪我人はほぼいなかったので助かった。
割れたお皿でちょこっと手を切ったとか、あわてて走って転んで膝をすりむいたとか、ほんとに怪我人がいなかったので、騎士団の皆さんの方が気を遣ってくださって、剣だこの血まめとか、魔法で焦がした前髪とか、指のささくれとかも治癒させてもらった。
もしかしてこれがわたしのあこがれ聖女ライフ……。理想郷はここにあったのね……。
魔獣戦は国王陛下の一人舞台だったそうで。
わたしの結界が夜ノ国と外をきっちり隔ててしまっていて、外からの攻撃が届かないかわりに、内側からの弓も魔法も通らなかったそう。
そこに国王陛下が結界を超える力で魔力を放出して、ルフに一太刀浴びせたら、反撃されてびっくりしたルフは逃げ去ったらしいのだけど。
なので、戦闘での負傷者は皆無。よかったよかった。
結界も考えて張らないとね。物理も魔法も全遮断しちゃダメよね。張ったのわたしだけどね。
国王陛下はすごい魔力を使ったはずなのに、今朝はケロっと執務をされているって聞いた。あ、わたしが騎士団に慰問するって段取りを聞いた時にね。
うっかり失神なんかしちゃって、それから国王陛下とはお会いできていないのだけど、今なんだか合わせる顔がない。お恥ずかしいし、気まずい。
んん、気まずい、といえば、そう。
国王陛下とプリメイラ様のコイバナがあったような。
気持ちよく今の今まで忘れていたのに、唐突に思い出してしまった。
騎士さんの治癒を終えて、他の怪我人を探してくれている合間にプリメイラ様を見ると、ニコニコしながらわたしを見守ってくれている。
こんなに優しくて素敵なプリメイラ様の、恋の障害になるなんて、とてもとても申し訳ない。わたしは別に国王陛下と結ばれなくても全っ然構わないから、何とかプリメイラ様との恋を遂げる方法はないのかしら。
国王陛下と貴族の令嬢だから、わたしたち平民とは恋とか婚姻とかも価値観が違うことはわかるのだけど。
やっぱり好きな人と結ばれたいのではないかしら。
いや貴族のことはほんとわからんけど。
こういうことを相談できる友達がいないぼっちさみしい。
今度時間がいただけたら、大公閣下にお話できないかな。大公閣下もとても忙しい方だから、面会を申し込むのも気後れするけど。実家に帰る時にお母さんに相談しても、貴族のことはわからないだろうしね。
慰問を終えて馬車で学校に向かう。
いつものわたしなら午前が聖女の公務だと、午後からは面倒だからサボっていたけど、今は心を入れ替えたソニアさんなので、真面目に出席するつもり。ちょうど制服も着ているし。さらっと紛れ込めば大丈夫。いてもいなくてもわからない目立たなさ。
「ソニアの治癒魔法、はじめて見ましたがすごいですね」
「え、え?」
馬車の中、プリメイラ様が興奮気味に言う。
え、嫌味じゃないよね。プリメイラ様だもんね?
かすり傷治癒しただけですよ?
「治癒の範囲魔法なんて、今までの聖女様でも出来なかったはずです」
「範囲魔法?」
「周囲を同時に何人も治癒できる聖女様の記録は、多分ないです」
「わたしそんなこと、してたの?」
「もしかして自覚なく?」
わたしとプリメイラ様が、目を見合わせて不思議な顔をする。
対人だと思っていた治癒、実は周囲にもかかっていたらしい。だから他の怪我人を探しに行ったのか。治してもらうつもりの人も治癒しちゃったから。
効果薄いけど、広範囲に効くのね。
微妙だなあ。これでもっと魔法効果があれば使えるんだろうけど。
真面目に学べばもう少し役に立つ魔法が使えるようになるのかしら。
なんのために?
ちょっと黒いわたしが心の底から顔を出した。
聖女になって、認められて、そうして使い潰されて、最後は魔獣の餌になるのに?
それは光ノ国の聖女の話。
夜ノ国の国王陛下は聖女にそんなことしない。
聖女がいなければ、恋しい人と結ばれるのに?
「ねえ、プリメイラ」
「はい」
「コイバナ、したいのだけど」
黒いわたしに支配されて、わたしはプリメイラ様に聞いた。
多分今のわたしは、アーシェルになった国王陛下みたいな顔をしているんだと思う。




