25 聖女頑張ります!
いやごめんほんと。
いつも肝心なところを覚えてないの。でも普通の田舎娘が魔獣戦の詳細を覚えていられるわけないでしょ。気絶するのも仕方ないじゃない?
昨夜のできごとは夢ではなかった。
夜会に出たのも国王陛下とダンスをしたのもアーシェルを追い払ったのも、数年ぶりに魔獣が襲来したのも。濃いな。一晩でイベント起こりすぎでしょ。
あのあと大公閣下率いる騎士隊と有志の魔法士、それから国王陛下が王宮の最上階に向かっていって、結界が綻びる前に魔法で魔獣を撃退したそう。うん、撃退。撃破には至らず。前触れもない奇襲だったからね、怪我人が出なかっただけで重畳よ。
魔獣はルフと呼ばれる大きな鳥の形態をしたものが複数。脚力は一撃で煉瓦作りの壁を壊せる。嘴は剣より鋭く、羽ばたきひとつで天災級の風を起こせる。知性はまあまあ。言っても鳥だしね。頭軽くないと飛べないからね。
飛竜でなくてほんと良かった。
最強種の一角の飛竜は、他の竜に比べれば体は小ぶりだけど、高濃度の魔力の塊を吐き出すブレスは防御無しだと地形が変わると言われている。最強種だけあって、個体数がほぼ観測されていないのが救い。あの咆哮を喰らったら、さすがにわたしの結界も持たなかったかもしれない。いや勝つつもりだけど。やってないからわからないじゃない。
ちょっとね、今回のことで残念聖女なりに思うところもあったのよ。前世のことをいつまでも考えてたって仕方ないじゃない。もう死んだんだし。
今のわたしは夜ノ国の聖女。
国王陛下の国の民なのよ。
誇っていいんじゃないかって思ったの。
あの場にいた貴族も騎士も使用人も、みんな戦うことを知ってるの。人任せにしない、やるべきことをする。
こんなすごい国に生まれたんだもの。わたしもできることをするべきじゃないかしら。
などと心を入れ替えた爽やかな朝。
寝具は気持ちいいしお天気は良いし、運んでくれたごはんは美味しい。プリメイラ様にも怪我はなく、一緒に並んでパンケーキをおかわりして。
んー。
何か忘れているような。
プリメイラ様のこと。のような。
「このソースをつけると、また風味が変わって美味しいのよ」
「ほんとに美味しい。いくらでも食べられる」
「おかわりしましょうか? 少し多いなら半分ことか」
「半分こ!」
お友達と半分ことか、ぼっちの憧れじゃない!
まだまだ食べられそうだけど、半分この魅力には勝てないわ!
プリメイラ様が半分に切り分けてくれたパンケーキは、キラキラ輝いて見える。
嬉しい。美味しい。半分こにすると、美味しさが倍になるみたい。王宮ごはんばんざい。
お腹いっぱいごはんを食べて、着替えて支度を終えたところで、部屋のドアがノックされた。
「聖女様、ご準備よろしいでしょうか」
「はい、今参ります」
昨夜の戦闘での慰労会にちょろっと出ないといけないの。聖女だから。
今まではこういう公務って面倒だと思っていたけど、今日からのソニアさんは違うのよ。
なんといっても夜ノ国の聖女ですから。
王宮から少し外れて、軍務棟の方に向かう。
ここは大公閣下の管轄区域なので、王宮よりも馴染みがある。わたしは国王陛下よりむしろ大公閣下に面倒をおかけしていたからね。
いやでもね。
騎士団の皆さんが勢揃いして並んだ練兵場は、壮観すぎて無理ってなりました。
これだけの人数の前で聖女として慰労スピーチとか、えっこれ無理。何を言えばいいの。
普段のぼっちレベルが高すぎて一対一のコミュニケーションすら怪しいのに、この大人数に期待されるとか無理すぎるでしょ。
「聖女様」
ここまでわたしたちを連れてきてくれた騎士さんが早くしろって圧をかけてくる。待って心の準備。
国王陛下も大公閣下も、これだけの人の前でよく堂々としていられるものね。今更だけど。
こういう時の聖女スマイル。膝がガクガクしてるけど、スカートで見えないはずよ。ちなみに今は制服を着ている。わたしの勝負服だから。ここまで着てきた制服は、綺麗に洗濯してくれていた。笑顔で、背筋を伸ばして、大きく息を吸って、吐いて。
「みな、さん、お、お怪我はないでしょうか。わ、わたしでよければ癒しますぅ〜」
緊張で頭真っ白になったわたしは、マッサージ屋さんの呼び込みみたいなことを震える声で言った。
わたしの後ろでプリメイラ様が小さな声でちょ、ソニアって突っ込んでるのが聞こえた。わたしだってこんな頭悪そうなこと言うつもりじゃなかったのよ! 皆さんのご無事をお祝いしたかったの!
やだもうやっぱり帰って寝たい!




