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24 全部夢だったかな

 ふーん。

 なんだそっか。


 意外ではない、よね。

 プリメイラ様は優秀な女性騎士で、国王陛下の覚えもめでたい王宮仕えのエリート。

 わたしみたいなどこかの田舎娘じゃなくて、きちんとしたおうちのご令嬢だもの。

 ぜんっぜん意外じゃないし、むしろお似合いだし。

 わたしが聖女だからって割り込んでしまったのね。

 お二人とも、遠慮なんてしなくていいし、気も遣わなくていいのに。


 わたしはもともと田舎に帰りたかったんだし。


 聖女のお仕事は、国王陛下と婚約しなくても、きちんとやるわ。むしろ婚約はわたしにとってご褒美じゃなかったのだし。


 ……なんだか、果実水が急に苦くなった。


「聖女様?」


 声をかけられて、自分が俯いていたことを知った。いけない。聖女スマイル。

 口角をあげて、笑顔を作らないと。


 わたし、楽しくもないのに何故笑ってるのかな。


 汗で湿ったロンググローブが気持ち悪い。


 急になんだかとても居心地が悪く感じられた気持ちの正体は、次の瞬間、地響きとともに王宮を揺らした。


 夜ノ国に張り巡らせた、わたしの結界が攻撃されている。前世で経験した感覚と酷似している。知っている。これは、魔獣の気配だ。

 さっき大公閣下に教えてもらった、わたしの毎日祈りを捧げた聖女の魔力は治癒ではなくて、結界になってこの国を覆っているはず。自分でいうのもおこがましいけれど、魔力が結界として消費されたのなら、その結界魔法は強固で、簡単に破られるものではないとの自負はある。だから、大丈夫、落ち着いて。


「ソニア、大丈夫か」


 国王陛下がわたしの肩を抱く。

 わたしは大丈夫。魔獣の襲来なんて前世で慣れている。だからプリメイラ様の心配をして。


 そう、言おうとして、顔を上げたときに、第二波がきた。

 

 地面が揺れる。ここ数年、魔獣の被害がなかった夜ノ国の民は動揺している。

 魔獣の攻撃はここ王宮の真上から。結界に覆われた夜ノ国の上を飛行できるほどの魔獣は危険度が高いものが多い。さらに知能も高い。魔獣だって弱いものは淘汰され、強いものが生き残る。飛行系の魔獣はその上辺にいる。しかもわたしの結界を揺るがすほどの攻撃力をもつのは、大型飛行魔獣の膂力によるものか、最悪を想定すれば飛竜の咆哮。


 魔法を使える夜ノ国の民は皆、対魔獣訓練を積んでいるはずなのに、王宮の騎士たちでさえ浮足立っている。

 大丈夫、わたしの結界はまだ破れないわ。


「皆落ち着け!」


 パニックになりかけた夜会会場を、国王陛下の一喝が鎮めた。

 

「伯父上、騎士団の招集を。指揮はお任せします」

「わかった」


 いつの間にか国王陛下のそばまで来ていた大公閣下が、出入口に向かっていた警備の騎士たちに視線で合図をする。さすが精鋭、あっという間に統率を取り戻しているわ。冷静さを取り戻せば騎士たちは国内最強の戦力になる。夜会の参加者たちも騎士の誘導で混乱することなく避難をはじめている。国民すべてが学校で訓練されているから、ひとたび落ち着けば整然と役割を分担していく。戦力になるもの、守られるもの、守るもの、全員が自分のするべきことを知っている。


 これが夜ノ国。

 国王陛下の治める国。


 聖女の結界で固く守られている光ノ国との違い。


 遠くで雷鳴のような振動がする。あれは魔獣が結界の障壁を破壊する音。九年間毎日かけ続けたミルクレープなみのわたしの結界は、あの程度じゃ破れない。

 でもいつかは。聖女が一人しかいない結界は破られる。わたし一人では押し負けるときがくる。


「プリメイラ、ソニアを頼む」


 国王陛下がわたしの背を押して、プリメイラ様のほうへ押しやった。


「国王陛下?」

「私も出る」


 国王陛下が、魔獣戦に?


 眩暈がした。

 記憶が臭いと痛みを伴って襲い掛かってきた。前世の、わたしの、魔獣に襲われた、最期の、恐怖。


「いやあああああ!」


 


 そこで意識は途切れて、気が付いたら朝になっていました。

 えーと、うん、覚えてないね。というか、知らんね。あのあとどうなったのか。


 前日も泊めてもらった高級そうな寝具の真ん中で目を覚ましたわたしは、すっかり高く上がったおひさまの光に、何がどこから夢だったのかわからなくなって、とりあえず思ったことを呟いた。


「おなかすいたぁ」


 全部夢だったとしても、何か食べた記憶がないわ。

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