23 コイバナしたい
お化粧直しのはずがドレスまで着替えさせられた。
二着目は少し大人っぽいすっきりしたシルエットの、黒に金糸の刺繍とビーズが映えるドレス。上げて寄せて締めて、めちゃくちゃ体に悪そうな補正入り。お化粧も大人っぽく仕上げてもらったら、さっきとはまた別人が鏡の中にいた。もうこれは変装じゃないかな。長時間は持たないな。苦しい。
ホルターネックに合わせた黒いロンググローブをつけながら、さっきの手袋をベンチに置き忘れたことを思い出した。誰か拾ってくれたとしたら申し訳ない。手汗でかなりしっとりしてたからさぞ気持ち悪いと思う。
などと手袋に思いを馳せていたら、見つけてしまった。国王陛下の胸に、ポケットチーフじゃなくてわたしの手袋。あの刺繍のはしっこは、明らかにそう。何故湿った手袋をあんなところに?
ちょっと別の意味で引く。
お色直しを終えたわたしを、国王陛下は何もなかったみたいにエスコートしてくださる。
夜会は終盤に差し掛かったところ。ホールではダンス、周りに幾つかの歓談の輪、さっきは少なかったテラスにも話し込んでいる人がいる。
普段なら国王陛下は早めに退出するのだけど、今日はお誕生日の宴なので、最後まで居ないといけないみたい。でもわたしはもういいんじゃないかな。視線でプリメイラ様に聞いてみたけど、ダメって返された。
「プリメイラ」
わたしの手を取って、国王陛下がプリメイラ様に目配せをしたけれど、プリメイラ様はにっこりと微笑みながら首を振った。
「大公閣下から、今夜はもう聖女様から目を離すなと命じられております」
国王陛下が、小さく舌打ちした。
えっ、今舌打ちした。
国王陛下が。
今日はいろんな国王陛下を見たなあ。
大公閣下は今軍部の顧問をされているので、女性騎士のプリメイラ様の上司にあたる。国王陛下の命令より軍部の指示が優先されるのは、指揮系統がきちんと区別されているから。国王陛下もそこは口出しできない。
わたしが驚いて固まっている間に、人に取り囲まれていた。さっきご挨拶した方や、挨拶に上がれなかった下級貴族の方々。国王陛下のご学友だった方々のようで、若い方が多い。プリメイラ様もご存知の方がいらっしゃるらしく、挨拶をしている。
「プリメイラはまだ──」
背の高い男性に囲まれて視界が悪くなっている時に、国王陛下の反対側からプリメイラ様と同窓らしい女性の声が聞こえた。こちら側は男性ばかりだから、女性の高い声がやけに通る。
「可哀想に。失恋した上に護衛なんて──」
「やめて。そんなんじゃないわ」
「だってあなたまだ好きなんでしょう?」
んん、コイバナの気配?
プリメイラ様の方に顔を向けようとしたら、国王陛下がわたしの腰を引いて女性たちの壁になってしまった。
「聖女様?」
「あ、はい。わたしはまだお酒には慣れなくて」
目の前の男性から差し出されたシャンパングラスは、国王陛下が代わりに受け取って飲み干した。
「では果実水を」
すぐに代わりのグラスが用意される。
いやわたし、飲み物よりコイバナの方が気になる。
視線を向けようとするたび、国王陛下が少しずつ体をずらすから、プリメイラ様とお話ししているのがどなただかわからない。声もさざめきにかき消される。
果実水を受け取ってちびちび口をつけながら、聞き耳を立ててみたけれど、もう声が聞こえない。
音声遮断の魔法を使われている。
さりげなく、いつのまにかプリメイラ様とそのお相手の声だけがわたしから遮断されていた。
王宮の夜会では基本魔法は使えない。警備上の問題で。
魔法媒体に魔力を注ぐのも、この場で魔法を使うことができる唯一である国王陛下の魔力を使うのだ。だから、この音声遮断の魔法も国王陛下以外には使えない。
国王陛下がわたしには聞かせたくないってこと?
プリメイラ様のコイバナを?
きゅぴっとキタ。
失恋、護衛、まだ好き。
さっき聞こえたキーワード。
聞かせたくない様子の国王陛下。
国王陛下とプリメイラ様は、過去に恋人同士だったということかしら。
突然わたしは真相を悟ってしまった。




