21 おばけこわい
ニコニコしながら話聞いてませんでしたもう一回お願いします! なんてこと言えるはずもなく、黙って先を聞こうと心を入れ替えたところで、国王陛下と大公閣下が揃ってこちらを見た。
なんでしょうね?
「そこから先はソニアが知っている」
え、ここでわたしに振られるの?
話しちゃいけないこととか、わからないんですけど?
というか、びっくりしてあんまり記憶も定かでないわ。
ニコニコ。
極上のはずの聖女スマイルでは誤魔化されなかったようで、沈黙が重い。
「と、突然のことだったので、あまり覚えていません」
「ほう」
国王陛下が目を細めた。顔がいいからどんな表情も美しい。
「ではそこは飛ばして、ソニアの膝枕が柔らかく温かく、髪を漉く手が私の額から」
「待ってください話しますから思い出しますから待って!」
膝枕はやりたくてやったんじゃないのよ!
思い出すみたいに手をさわさわ動かすのをやめて欲しい。だいたいドレスの下のパニエで膝の感触なんかわからなかったはず。妄想で補うってどういうこと? 大公閣下も頷いてるけどわからない!
このままだと本当に膝枕のことを語られそうだったので、わたしは覚えている限りのことを話した。
途中からは国王陛下を戻さないとって必死だったから、うろ覚えなところも多かったけど。
「俺がアーシェルの現界に気づいたのは、とんでもない魔力が突然膨れ上がったからだ。あれをソニアが抑えたんだな?」
大公閣下がわたしのとりとめない話をまとめてくださる。
「はい。わたしも国王陛下とは違う魔力を感知しました。あまりに大きな魔力だったので、被害が出てはいけないと咄嗟に結界を張って閉じ込めました」
「閉じ込めた」
「もしかして、何か問題でも」
大公閣下が顎をさすりながらもにゃもにゃ呟くので、何か粗相があったのかと怖くなる。それから国王陛下と目配せをし合った。
「ソニアは聖女の魔法のうち、治癒術より結界術の方が得意なのだな」
「それは、夢中で」
「別に問題視しているわけではない。そういった聖女が過去にもいたことがある」
「あ、そうなんですか」
なんだ。治癒魔法がショボいからって、学校では散々貶されていたけど、それもアリなのね。わざと伸ばす努力もしなかったから、卑屈になってはいないけど。世の中には知らないことがたくさんあるわ。前世の記憶持ちでも、知らないことだらけよね。
「ソニア」
国王陛下に手招きをされて、カウチの隣に拳ひとつぶん空けて座ると、間を詰めて座り直された。仕草がまだ少し、本調子でないみたい。体が重いのかしら。別人格に乗っ取られたことはないからさすがにわからない。
それにしても今日は国王陛下がずっと近いな。
「アーシェルより私を選んでくれたのは何故?」
夜の藍色の瞳が、いつもより近い距離で、熱を持って、わたしを見ている。
選んだ?
わたし、アーシェルのより国王陛下を選んだってことになるのかしら。
隣り合った手を掬われて、国王陛下は指を絡めてご自分の膝に置いた。膝と手のひらと、国王陛下の体温に包まれたわたしの手が熱い。
手汗大丈夫かな。さっき外した手袋、どこに置いたっけ。
「選んだ、というか、もともと国王陛下のお体ですし。わたしは取り戻さないとと思っただけで」
「私がアーシェルの体を乗っ取ったのかもしれない」
「それはありえません」
「何故そう言い切れる」
「……勘ですけど。アーシェルの魔力は国王陛下のものとは違っていました」
だって灯りにこもった魔力が薄くなっていたもの。
大公閣下が足すことができる魔力は血族の国王陛下のものだけだから、この体は国王陛下のものだわ。
灯りの魔法媒体に込める魔力はほんの少しだけでいい。あとは灯りを使っていると覚えている程度の魔力さえ流し続ければ維持できる。
アーシェルにはそれができなかった。だからあれは全く別のもの。
でも、そうだとしたらアーシェルの本来の体はどこにあるのかしら。
わたしは光ノ国の聖女だった過去、アーシェルという名前の王子に婚約破棄されたけれど、王子は魔力を持っていなかった。そもそも光ノ国では魔力を持って生まれてくるのは聖女だけ。
では何故アーシェルはわたしを知っていたのかしら。
アーシェルが知っていたのはわたしなのか、それとも前世のわたしだった聖女?
何十年も前の婚約破棄のことを知っている……。
「もしかして、おばけ?」
そのことに思い至ってざあっと血の気が引いた。
あれはアーシェル王子の亡霊?
亡くなったから、魔力を得たのかしら。
怖くなってきたから考えるのはよそう。
聖女でもおばけは怖いのよ。普通に魔獣も怖いしね。
寒気がしたので、手汗が引いたみたいでよかった。
もう怖いことは考えないことにする。
突然冷えたわたしの手を、国王陛下が不思議そうに撫でながら温めてくれた。




