20 聖女の残念ポーション〜気休めを添えて
起き上がって、カウチに座り直した国王陛下は手櫛で髪を整えている。
え?
どういう?
プリメイラ様から冷たいお水を受け取って、わたしが飲みそうになったけど、違う。これは国王陛下に飲んでいただくためのお水よね。
グラスを温めないようにそっと手で包み込んで、祈る。癒しの力をこめる。水がうっすらと、ほんとに知っていないと気づかない程度にぼんやり光って、ふわっともとに戻った。
残念聖女の気休めポーション出来上がりよ。
効果は気休め程度だけど、癒しっぽい何かはあるはずのお水を国王陛下に渡すと、一息に飲み干した。
「美味い」
無表情ながらもお褒めの言葉をいただいた。
「俺にも貰えるか。でかいなりの甥っ子を抱えさせられて疲れた」
「伯父上に迎えを頼んだ覚えはないのですが」
わたしが大公閣下の分のお水を、ポーションに作り変えるのを見つめながら、国王陛下ももう一杯頼むとか言い出す。
忙しいわね!
なんなのこれ!
「ソニアの前で醜態を晒しておいて、言うことがそれか」
「婚約者の膝枕を堪能して、何か問題でも?」
「問題だらけだろう」
待って。ちょっと待って。
膝枕をしている間に、国王陛下起きていらしたの?
何で寝たふりしてたの?
ちょっと意味がわからないんですけど。
思考は混乱するまま、手元はせっせと残念ポーションを作り続けている。国王陛下と大公閣下が二杯ずつ、プリメイラ様が味見がしたいと言ったので一杯作って、なんか疲れてしまったわたしの分は普通のお水で。全員が全部飲み干したところで水差しが空になった。
「プリメイラ、水差しをもう一つ貰ってきてくれるか」
大公閣下が仰るので、プリメイラ様じゃなくわたしが行って、いっそ水差しごとポーションに変えれば良いのではと今更思いついた。ドアに向かおうとしたところで大公閣下に止められる。
あ、人払いなのね。
高貴な方々は遠回しに言うからわかりにくい。
プリメイラ様にはアーシェルのことを聞かせたくないみたい。
そんな重たそうなこと、わたしも聞きたくないのだけど。聞いてしまったら色々巻き込まれそうな気がする。
知りたい気持ちはあるけど、面倒ごとには関わりたくないなあ。
プリメイラ様がドアの外に消えて、暫くしてから大公閣下が大きなため息を吐かれた。
「何があったか最初から説明してもらおうか」
「最初とは」
「ことの起こりだ」
ずいぶんまどろっこしいけど、わたしは慣れている。
国王陛下と大公閣下はとても仲が良いの。幼い頃にご両親を亡くされた国王陛下を大公閣下はそれは可愛がって親代わりのように育てられたそう。突然降ってきた国王のお仕事をこなしながら、お膝に国王陛下を乗せて公務を行なっていたりしたとか。
「まず今日の夜会は私の誕生日に託けて、ソニアの夜会デビューをさせる目論見だった。来年の結婚式に向けてそろそろ夜会にも参加して貰うべきと、前々から考えていた」
「夜会のコンセプトはいい。飛ばせ」
「では、夜会のドレスを着て飾り立てたソニアがどれほど愛らしくて綺麗で可憐か語っても?」
「そこも飛ばせ。今目の前で見た」
「ソニアのファーストダンスの……」
「テラスの外から」
わたしの前で何が語られているのか。
無口で無表情な大公閣下の前で国王陛下がつらつらとわたしへの惚気のような言葉を紡いでいる。いつも通りの無表情ではあるけど、心なしか目尻が赤い。
なんだろう、ものすごく居た堪れない気分。
プリメイラ様のお水取りに行ってもいいかな。
滔々と語る国王陛下にさっくり口を挟める大公閣下はさすがお身内。わたしには畏れ多くてできない。というかやめて欲しい。
夜の庭でのわたしの仕草なんか語られても。
あーーーーーとか叫び出したら不敬?
わたしの我慢が試されてる?
「……で、禁忌に触れた」
「成程」
やだ国王陛下の言葉を聞き流していたら、肝心なところも聞けなかった!
大公閣下は納得してるけど、もう一回……お願いしたらまたきっと初めからになるのよね。




