19 いや違うから
普段すました顔の国王陛下の、寝顔は割と可愛いな、などと思いつつ、絹糸みたいな髪にそっと触ってみる。
魔力の供給を失ってどんどん暗くなる灯りの下、指輪のラピスラズリがちらっと薄い光を反射した。この藍色と同じ瞳はいつ開くのかな。
膝枕が限界です。
「ソニア!」
獣の咆哮みたいな声と、乱雑に植え込みをかき分ける音がしてあらわれたのは大公閣下だった。
あー助かった。もう足が痺れて立たなくなるとこだった。
「大公閣下、助けてください」
「いやすまない、俺は邪魔をしてしまったのか」
「違いますから」
国王陛下を膝枕して座り込んでいるわたしを、大公閣下はニヤニヤしながら見下ろしているけど、下世話なことはなにもないからね。
今の国王陛下のお父様の弟、叔父様にあたる前国王陛下は、わたしが聖女になった時からのお付き合い。立ち上がってご挨拶が出来ない状況なことも一目でわかってくださるはず。なので、これは不敬ではない、ことにしてもらおう。
大公閣下はわたしの王都のお父さん……んん、お兄さん? のように接してくださる。見た目は厳つい熊さんのような方だけど、とても温かくて優しい。わたしはずっとこの方に頼って王都で暮らしてきた。
わたしと国王陛下との婚約を結んだのも大公閣下なんだけどね。未だにあれだけは余計なお世話だったんじゃないかと思ってる。
「プリメイラはどこに居るんだ。護衛についていないのか」
「すみませんここにいます!」
大公閣下が辺りを見渡すと、ちょうどプリメイラ様が植え込みの間から出てきたところだった。
「職務怠慢だぞ」
「申し訳ありません」
大公閣下、プリメイラ様を叱らないで。国王陛下が外せって合図していたのをわたし見てたから。多分結構時間が経ってるのに戻って来ないから、探しに来てくれたの。
「ソニア、国王陛下とついに……?」
「だから違うの!」
プリメイラ様も、わたしの膝の上で寝ている国王陛下を見て、口元に両手を当てて頬を染めている。もう、何を想像してるのかしら!
周りがこんなに騒いでいるのに、国王陛下が目覚める様子がない。お疲れなのかしら。
もう、アーシェルの気配はないのだけど。
「……暗いな」
プリメイラ様に警備の状況を聞きながら、大公閣下は灯りに魔力を込め直して、光度を上げた。これは国王陛下と血縁者だからできる魔法。
魔力には型があって、魔法媒体に力を注ぐのは誰でもできるけれど、継足しは型が合っていないと難しいの。空のカップに紅茶を注ぐのはどの紅茶でもいいけれど、味を変えないで注ぎ足すのは同じ紅茶でないとダメ、みたいな。わたしの治癒魔法は他に使える人がいないから、わたし以外に継足しは出来ないのよね。
大公閣下は屈んで国王陛下の頬をぺちぺちと叩いて、目が覚めないのを見ると、腕を回して担ぎ上げた。
あ、膝に血が通ってじんじんする。
「プリメイラ、水を持ってきてくれ。控室に行く」
「はい、ただいま!」
大きな大公閣下が肩に国王陛下を担いで立ち上がると、あんなに重かった国王陛下がまるで子どもみたいに見える。
プリメイラ様がお水を貰いに走って行った背中を見送りながら、わたしに手を出してくださるけど、待ってまだ痺れて立てない。
「何があった」
「……わかりません」
大公閣下に国王陛下が寝ている理由を説明したいけど、正直わたしにもわからないので、そのまま答えた。
わたしが手につかまって立ち上がるのを引き起こしてくださった大公閣下は、唸るような声で低く囁いた。
「アーシェルか?」
「……はい」
大公閣下もアーシェルを知っているの?
何を、どれだけ?
わたしの知らないこともご存知なの?
何が国王陛下のペナルティなの?
疑問が湧き上がってる、ってわたしの顔に書いてあるのか、大公閣下は困ったように、少し眉尻を下げて肩に乗せた国王陛下の背中をぽんぽんと軽く叩いた。
「強大な魔力の膨張を感じてここに来たんだ。あいつ以外に、あんな魔力は持っていないからな」
「大公閣下は、アーシェルをご存知なんですか」
「よくは知らん。だが、あれとキースはこの体を取り合っているようだな」
「そんな感じでした。こういうことが、よくあるのですか?」
「……それについては落ち着いてから話そう。そろそろ歩けるか?」
大公閣下はわたしの痺れがおさまるのを待って下さっていたみたい。頷くと、手を引かれた。
控室に行くと、プリメイラ様がお水を持ってきたところだった。
国王陛下をカウチに寝かせて、大公閣下はそのそばに椅子を持ってきて座った。
「そろそろ起きろ。いつまでも狸寝入りをしていると、今度は横抱きにするぞ」
大公閣下の声で、国王陛下はぱちっと目を覚ました。
なに、国王陛下起きてたの?
いつから?




