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17 手汗どころじゃない

「前から聞こうと思っていたのだが」


 ベンチに促されて掛けると、国王陛下は隣に詰めて座られた。近い近い。見目がいい分圧がすごい。

 指輪のことを出す前に、先に国王陛下が口を開かれた。これまた言い忘れるやつだわ。忘れないようにしないと。

 相変わらず手は繋いだままです。


「はい」


 至近距離から見つめられると手汗どころか顔から汗が出そう。赤くなった顔は暖色の灯りでわからないはず。


「もしかして君は私との婚約が、無効になるとずっと思っているのではないかと」

「えっ……」


 ならないの?


 ここで頷いたら不敬かしら。迷っているわたしの表情で国王陛下は色々理解したみたい。頭の良い人はすごい。


「私は無効前提で婚約を結んだ覚えはないのだが。いつから、どこでそんな思い込みをしたのか聞かせて欲しい」

「思い、込み?」

  

 ずっと前から、わたしは婚約が破棄されると知っていた。国王陛下は違うの?


「決して怒らない。誰も罰したりしない」

 

 ぎゅっと。

 国王陛下が手を強く握る。熱が伝わってくるみたい。


「……国王陛下との婚約が結ばれた時から、学校ではわたしのような聖女ではなく、いつか本物の聖女が現れると」

「その聖女と私が改めて婚約すると?」

「はい」

「それは誰かが? 学校でだけ?」


 だってわたしの世界は学校の狭い世界しかなかった。

 令嬢方にこんな出来損ないの聖女などと国王陛下が婚約するはずがない、ってやっかみを言われて、それでわたしは言ったのだ。


──いつか正しい聖女があらわれるから、わたしはそれまでの繋ぎだと。


 それから令嬢方はわたしを繋ぎの聖女として扱った。出来損ないだから。

 そうだ。言い出したのはわたしだ。


 だって前世もわたしは婚約を破棄されて。


「ソニア」


 繋いだ手を持ち上げられて強い声をかけられるまで、わたしはぼうっとしていたみたい。いけない。国王陛下を蔑ろにしてしまった。


「いつから、そう思っていた?」

「わかり、ません。……はじめから、そう」

「はじめとは、ソニアが聖女になった時?」

「……はい」


 頭がキリキリする。前世の記憶の中で、婚約破棄を告げられたあの声が何度も響く。どんな声だったか覚えていないのに、その声は国王陛下の声に似ている気がする。


「ソニア、私は君以外と婚約も婚姻もするつもりはない」

「で、も……」


 いつかわたし以外の聖女が。


「聖女は一人しかいない。ソニアだけだ」

「わたし、だけ」


 視界が暗くなる。国王陛下の握っている手の感触もわからない。


「でも、光ノ国には沢山の聖女が」

「光ノ国?」


 違う、これは前世の記憶。夜ノ国の文献にはない、わたしの知らないはずのこと。国王陛下に言ってもわからない。忘れて。今のわたし、何かおかしいの。


「ソニア、きみは何を覚えている?」


 チリ、と暗くなった視界に稲妻のような光が走った。

 魔力が膨れ上がる気配を感じて、わたしは咄嗟に結界を張った。条件反射のようなもの。


 一瞬、結界が壊れそうなほどの重圧を感じた。大型魔獣があらわれた時みたいな。


「しくじったね、キース」


 国王陛下がわたしの手を離した。

 綺麗にまとめて流した髪をかきあげる、知らない仕草。キース、と自分の名前を自分で呼んだ。


「国王陛下?」


 国王陛下のはずなのに、違う人のような表情。

 同じ顔、同じ姿なのに。


「アーシェル?」

「久しぶり、ソニア」


 国王陛下のはずの人は、わたしにアーシェルと呼ばれて頷いた。

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