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16 おめでとうございます

 ダンスを終えると国王陛下のとなりに座って、来賓の方々の挨拶を受けた。何故隣に、って?

 国王陛下が手を離してくれないから仕方なくですね。


 何も考えないまま、ここまで流されているけど、今国王陛下とお話されているのがどなたかとかはちゃんと把握している。課外授業で貴族名鑑も暗記させられてるから。応接するマナーも体に染み込まされてるし、完璧よ。多分。

 課外授業は打たれたりはしないけど、もともとわたしが聖女だからか、どうも期待されると頑張らなきゃって思うところがあって、それで前世は酷い目に遭ったから、控えようとは思ってるんだけど。でも出来るまで続くんなら、早くできたら終わるからね。そしたら早く解放されるでしょ。

 頭の中で課外授業のおさらいをしていると、来賓の方がわたしに声をかける。


「夜会デビューおめでとうございます。聖女様がこんなに美しい方だとは、恥ずかしながら今まで存じませんでした」

「ありがとうございます。すべて国王陛下のお見立てです」


 騎士団の制服を着ているから、公爵閣下の嫡男の第二騎士団長かしら。団章から見て多分当たり。当主のお顔は貴族名鑑に描かれているけど、子息令嬢まではあまり詳しく書いていないのよね。まあ、出世したり輿入れしたり、養子に出たり貰ったり、嫡子といえども流動的だったりするから。

 わたしが声をかけられると国王陛下の手がぎゅっと強く握られた。向こうが知らなくても当然よ。わたしは上級学校で目立たず騒がず、ぼっちな寂しい毎日を送ってる地味な聖女ですから。

 騎士団長はちらりと国王陛下に意味ありげな目配せをする。なになに今の。


「後ほどダンスにお誘いしても?」

「国王陛下の御心のままに」


 とりあえず国王陛下に丸投げしてみる。

 だって手を離してもらえないとわたしどこにも行けないのだもの。

 別にダンスはどうでもいいけど、今はもう気疲れでへとへとよ。挨拶の列はまだ長く続いているし。


「許可しない」

 

 国王陛下は笑顔で答えられた。

 正直助かったー、と思ったけど、顔に出ていないわよね。

 

「今日の聖女は私の誕生祝いだからな」

「成程」


 騎士団長は丁寧なお辞儀をして切り上げた。

 成程って? 国王陛下のドヤ顔はどういうこと?


 わからないままとりあえず挨拶を捌く。


 国王陛下へのお祝いの言葉のついでに、わたしの夜会デビューにもお言葉をいただいたり、ドレスにお褒めの言葉をいただいたりした。

 夜ノ国の聖女はまだわたし一人。繋ぎを作りたい上位貴族もいるかもしれない。

 国王陛下が言ってないから知らないでしょうけど、わたし残念聖女ですよー。一応今婚約者みたいな顔してここにいますが、本当の聖女があらわれた後は、田舎に帰ってちんまり暮らす予定なので、わたしのことを覚えていても特にいい事とかありませんよー。

 と心の中でつぶやきながら。


 そろそろ聖女スマイルが痙攣しそうになったあたりで、ようやく列が捌けて、国王陛下が手を離してくれた。手袋をしているけど中は緊張の手汗でべたべたよ。国王陛下の手袋まで湿気が移っているのではないかしら。


「疲れたか」

「はい」


 正直に答える。取り繕う気力がもうない。

 国王陛下は小さく苦笑した。やっぱり呆れられている。この程度、国王陛下はいつもこなしていらっしゃるのでできて当然なんでしょうね。


「では少し休憩しよう」

 

 立ち上がってエスコートの手を出してくださる。また手を繋ぐのね。いいけど、手袋がしけしけになっているから替えがあると嬉しいな。手袋もドレスに合わせてあつらえてあるから、無いだろうな。手汗でべちょべちょになる前提とか普通ないものね。

 国王陛下はわたしの手を取ると、手袋の下の指輪を確かめるように親指で撫でた。

 そういえばこれが外れないことの苦情を言おうと思っていたのだった。あんまり自然に嵌っていたからうっかりしていたけど。

 指輪のおかげで、わたしは学校でも令嬢方からの嫌がらせという名の小さなコミュニケーションすらなくなって、真正ぼっちになっているんだから。


 口を開こうとしたところで、手を引かれた。喋りながら歩くのは失礼だから、黙って付いていく。

 テラスから中庭に出た。

 魔法の灯りが木々に取り付けられていて夕方くらいの明るさ。本を読むには少し暗い。本当は真っ暗なのに、これだけの灯りが広範囲に使われているのは、多分大量の魔法媒体を使っている。魔法だけでこの灯りを維持するのは難しいけど、魔法媒体に込められた魔力を放出させるならそんなに力は使わない。ただお金はかかるけど。

 今夜は国王陛下のお誕生日だからね。いつもこんなことしていたら国費を圧迫するだろうけど、特別な日は飾らないとね。


「あそこのベンチまで、歩けるか」

「はい。大丈夫です」


 灯りにぼうっと見惚れていたら、国王陛下に心配をかけてしまったみたい。

 精神的に疲れてはいるけれど、体力はまだある。ダンスくらいは踊れると思う。

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