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11 贈り物を決めたわ

 国王陛下は次のお店に入るまで手を離してくれなかった。歩みはわたしに合わせてくれて、ゆっくり。おかげで通り沿いのお店をちょっとずつ覗くことができた。次の機会があれば、行ってみたいお店とか。


 ふとガラスに映った自分の姿が目に入る。

 国王陛下と、距離が近い。

 まるで恋人同士みたい。

 実際は仮の婚約者なんですけどね。

 だってわたしは聖女とはいえ、平民だし。明日にでも貴族の令嬢の中から聖女が見つかるかもしれない。聖女は一人とは限らないもの。わたしより聖女に相応しい人が現れたら、国王陛下の婚約者はそちらへ交代するはずよ。学校のお嬢様たちもそう言ってたし。


 お菓子を買ってもらったお店から少し歩いたところで、ものすごく一人では入りにくいお店のドアが中から開かれた。国王陛下をご存知のよう。認識阻害が効いていないわ。


 お店は、王室御用達のクチュールメゾンだった。

 先日いただいたリボンもここの職人の刺繍だったはず。布も刺繍糸も意匠も素晴らしかった。普段使いできないくらい勿体ないものよ。

 そういえば国王陛下は、今日はあのリボンを使っていらっしゃらないのね。リボンではなく、淡いベージュの髪紐で緩く髪を纏められている。贈り物に髪紐もいいかもしれないと思っていたけど、この品質のものはわたしには無理だわ。

 第一、飾り物を贈るほどの関係ではないのだし。

 あれ、でも国王陛下はリボンを贈ってくださったわね。国王陛下も贈り物のネタが切れたのかしらね。


 つらつら考えていると、国王陛下の手が離れて、わたしは別室に案内された。何かご試着されるのかしら。

 わたしが通された部屋には、一人分のお茶とお菓子が用意されていて、椅子を勧められた。ここで待っていればいいのかな。

 お茶を飲んで、一息ついた。美味しい。

 ほどなくして、しゃっきりした大人の女性が二人、入ってきた。制服を脱ぐように言われて、身体のサイズを測られる。

 上級学校の制服はワンピースに、ボレロかジャケットを上に羽織る。今は夏になる前だから、ボレロを着ている。前をリボンで留めるのが可愛くてお気に入り。というか、わたしの外出着は制服一択なんだけど。

 新しく制服を作っていただけるのかしら。でもあと一年半で卒業してしまうから、こんな高級店で作るのは勿体ないわ。

 やんわりお断りしようとお針子さんらしき女性に話しかける隙を探していたら、部屋の隅に装飾品の見本らしきものが入った籠が目に入った。

 レースやリボン、刺繍の図案、ビーズ。こういう細々としたものは見ていて飽きない。

 その中に幾つかボタンがあった。

 引き寄せられるように、一つを手に取る。

 黒い貝から削り出して、光を当てると虹色にキラキラ輝くボタン。


「これをください」


 気がつくとそう言っていた。お値段も知らないままだったけど、後で聞いたらなんとかわたしでも買える金額だった。よかった。

 これに魔力を込めて国王陛下への贈り物にしよう。黒蝶貝ならきっと良い魔法媒体になるわ。

 国王陛下には内緒でとお願いして、ラッピング用のリボンをおまけしてもらってお会計を済ませた。今度こそわたしが払ったわ。


 採寸が終わって部屋を出ると、国王陛下は別の部屋でお茶を飲んでいた。もう国王陛下のご用は終わったのかな。お待たせしてしまっていたら申し訳ない。


「では、そのように頼む」


 承知しました、とメゾンのマダムらしきゴージャスな美人が優雅に腰を折る。さすが王室御用達のメゾンのマダム、素敵なドレスを着ていらっしゃる。カタログでしか見たことがない美しい布に、レースに刺繍。これが人の手で作られるとか奇跡みたいよね。

 

 マダムに見惚れていると、また国王陛下に手を引かれて、お店の外に出た。


「何かご注文されたのですか?」

「少しな」


 今日持ち帰るものではなかったみたい。

 荷物持ちしようと思っていたのに。


 お店の近くに、王室の紋章が入っていない馬車が待機していた。そのまま中に通される。


「他に行きたいところはあるか」


 国王陛下が聞いてくださるけど、ボタンも買ったし、アイスクリームも食べさせてもらったし、お菓子のお店にも行けたし、わたしは大満足。それに国王陛下もいつまでもわたしに付き合わせては申し訳ないわ。


「今日は本当にありがとうございました」


 お礼を言うと、国王陛下は優しい顔で頷いてくださった。

 一人だとこんなに街を堪能できなかった。突然国王陛下がおいでになってびっくりしたけど、とても楽しかったわ。

 馬車で寮まで送ってくださると言われて、ありがたくお受けした。ちょっと疲れていたし、国王陛下のお申し出を断るなんて不敬だからね。


 アイスクリームのお店の場所とか聞いていたら寮まではあっという間だった。

 国王陛下は馬車から一度降りて、わたしに手を貸してくださった。それからお菓子の入った袋を渡して、まっすぐ部屋に帰るように何度も念押しされた。

 寄り道する体力も行き先もないわよ。

 国王陛下が乗った馬車を見えなくなるまで見送って、それからまっすぐ寮の部屋に戻った。


 疲れたけど、明日からまた忙しいし、ボタンに魔力を込めてから寝よう。

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