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東人剣遊奇譚  作者: 卯月
第四章 囚われの魔
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第2話 レオニス王の密命



 ―――――――――時をしばし遡る。


 フロディスで剣の捜索を済ませたヤトとクシナは、合流したカイルとロスタと共に慌ただしく東へと向かっていた。

 一先ずの目的地はかつてヤト達が居た東の国アポロン、その王都アポロニアだ。

 ヤトやクシナからすれば東で物資の補給が出来ればどこでも良いが、カイルがアポロニアを望んだので目的地にした。理由はヤトだけが知っているが、ここでは敢えて何も言わずにおいた。

 一行は途中で村や町に立ち寄って休息を入れつつ、五日目にはかつて足を踏み入れたアポロンの王都に戻って来た。

 半年ぶりの太陽の都は相変わらず活気に満ちている。道を行き交う民衆の中には、既に隣国ヘスティとの戦は過去のものとなり、記憶には勝利と栄光しか残っていない。

 王城も最後に見た時と何一つ変わっておらず、正門に立つ衛兵達は変わらず直立不動で立ち続けていた。


「む、そこの四人。城に何用か、無いのなら早々に立ち去る―――ん?見た顔だな…………思い出したぞ、傭兵のヤトとカイルか!?」


「あっ覚えててくれたんだ。ちょっと城に入りたいんだけど」


「む、むう。許可が無いと城には入れんのだが……お前達なら顔見知りに会いに来たと言えば何とかなるか」


 二人の顔を覚えていた衛兵は、多少迷いながらも城に入る許可を出してくれた。カイルは心付けとして兵士に人数分の銀貨を渡した。こういう時に金は心強い味方となる。

 兵士は臨時収入を仲間と分け合って懐に入れて笑顔で見送るが、一人が何かを思い出してヤトに質問する。


「そうだ、竜はどうだった?戦ったのか?」


「ええ、戦ってほぼ殺されかけて負けました」


 ヤトの言葉に兵士達は困惑した。あの巨人殺しの剣鬼でも竜に勝てずに殺されかけた事実に。そしてその事を実に嬉しそうに語るヤトの笑顔にもだ。

 一行が城の中に入ったのを見送ってから兵士たちは集まって話し合う。


「後で賭けの表見てみようぜ。賭けは一年間有効だから払い戻しも無しだ」


「この場合、負けたけど生きて帰ってきた、で良いんだよな」


「一応そうなるな。あーくそっ!絶対竜に殺されてると思ったのになー!!」


「俺は勝ったのに賭けたけど、まさか負けたとは」


「しゃーねーよ。けどよぉ、連れの女二人は何だったんだ?」


「あーそれは俺も気になったが聞きそびれちまった。でもどっちも美人だったな」


「片腕の亜人に妙な槍みたいなのを背負ったメイドか。おっし、じゃああの二人の関係が何なのか賭けにしようぜ」


 正門横の兵士の詰所からもワラワラやって来て、好き勝手に四人の関係を新たな賭博のネタにし始めた。

 どうでも良いが、クシナとロスタ両名がカイルの恋人扱いが賭けで一番人気だった。どちらかがヤトの恋人に張ったのは、ほぼ大穴であった。ヤトが余人からどう見られているのかよく分かる結果だ。

 兵士達の博打はともかく、無事に城内に入った四人はカイルを先頭にして一つの場所を目指すが、途中でヤトは別の場所で待っていると告げた。


「僕が会いたい人は居ませんから」


「じゃあ何で城にまで付いて来たのさ?」


「どうせ今日は宿を取らないといけなかったので。ついでにモニカさんに頼んで部屋を用意してもらってください」


 カイルはそういう事かと納得する。要は今日一日時間をやるから楽しんで来いと言っているのだ。兄貴分の物臭と気遣いに複雑な感情を抱く。

 ヤトは返事を聞かずにクシナを伴って二人と別れた。


 カイル達と別れた二人は城の中庭に転がってダラダラしていた。先に言った通りヤトが会うべき者は城には居ない。強いて言えば騎士団の訓練所にでも行けば戦う相手には事欠かないだろうが、既に己の中で優劣の付いた相手と戦うのは無駄とは言わないが徒労に近い。

 だから今は嫁と春の温かで穏やかな時間を過ごすのを選んだ。実際、よく手入れされた中庭は寝転がるのに適していて気持ちがいい。

 この場で二人を見守るのは番犬として飼われている数頭の犬だけだ。彼等、あるいは彼女達だろうか。初めて会うクシナに吠えかかる事もせず、ただ遠巻きに眺めているだけだ。正規の手段で城に入った者には吠えないように教育されているのか、もしくは彼女の本性を知って本能的に近づこうとしないかだ。

 どちらにせよ久しぶりの穏やかな時間を邪魔しないのであれば二人はそれで良かった。

 ―――のだが、邪魔をする者はいつも少しぐらいは出てくるものだ。


「まったく、唐突にやって来て昼寝とはいい気なものだ」


「ここの中庭は寝転がると気持ちが良いですね。さすがレオニス王の庭です」


 上から見下ろす黒髭の中年男に対して、ヤトは身体を起こす事無く偽りの無い賛辞を贈ったが、アポロンの王レオニスは溜息を返した。

 余人なら王相手に寝転がったまま挨拶など良い度胸を通り越して単なる自殺願望でもあるのかと問うだろうが、残念ながらこの剣鬼を殺せるような者は国に一人もいない。

 とはいえヤトに他者をおちょくる趣味は無いので、素直に立ち上がって城の主に軽く頭を下げる。


「急に来たのは僕の理由ではなく、旅の途中で連れのカイルの方が顔を見せたい相手が居るからです」


「カイル……あぁモニカにか。で、隣の女人は?」


「ん?儂か。儂はヤトの番だ」


「ほう。てっきり戦い以外で女に関心が無いと思っていたが、お主も人の子か」


 レオニスは想像しなかった物を見せつけられて愉快な気分になり笑みをこぼす。ヤトが他者からどう思われているのかがよく分かる。

 立ち話も風情が無いと言って王は庭の隅にある円形状のガゼボ(東屋)に二人を招いて茶会を催した。

 茶と菓子が運ばれると、さっそくクシナが菓子に口を付けた。それを気にせずレオニスが話を切り出す。


「それで、竜はどうだった?まさかお主は戦わずに済ませたわけではあるまい」


「竜なら貴方の隣にいますよ」


「はははは。冗談の一つも言えるとは、今日は随分と驚かせてくれる。これも所帯を持ったが故の変化か」


 王は単なる戯言としか思っておらず、鬼が人並みになった変化を楽しんでいた。

 反対にヤトはこれは何を言っても信じないと思って、お菓子を食べていた嫁に頼んで竜である証明をしてもらうように頼む。

 彼女は面倒臭そうに横に立っていた屋根を支える石柱の一本に火を噴き掛けて跡形も無く蒸発させてしまった。レオニスや控えていた使用人は腰を抜かす。

 最も早く立ち直ったのは王だったが、同時に彼女がどこに居た竜なのかも自ずと分かってしまった。

 自分の国に居座る神の化身たる古竜。そしてその竜を嫁にした剣鬼。隣に座っていても彼等がどこか遠い存在に思えてしまった。

 それもやむを得ない。彼は王であってお伽噺の住民でもなければ冒険に繰り出した事もないのだから。

 とはいえレオニスはありのままに事実を受け入れて、クシナを必要以上に意識せずただヤトの伴侶として扱うように心掛けた。


「それでここに戻って来たのは娘の顔を見に来ただけではあるまい。これからどこに行くつもりだ?」


「カイルの故郷が東にある事は分かったのでまずは東に向かいます」


「東か。それは南北どちらに寄っているのだ?」


「さて、それはまだ何とも。なにか考えがあるんですか?」


「ああ、もしかしたらお主達に仕事を頼むかもしれん。今日は城に部屋を用意させよう。ゆっくりしていけ」


 彼は使用人に二人のための部屋を用意させて、ついでに娘の一人と懇意にするカイルの部屋も手配した。



 ―――――――翌日。

 朝食を済ませたヤトとクシナは部屋でくつろいでいた。カイルは現在モニカと共に朝食をとっている。今日の午前中に旅支度を済ませて昼には街を出るつもりだったので、各々はそれまで自由に過ごしていた。

 二人はまったりと過ごしていたが、不意に扉を叩く音で意識が向く。扉を開けると使用人の男が立っていた。


「陛下がお呼びです。ご足労願います」


 ヤトとクシナは言われるままにレオニスの元に案内された。

 呼び出された部屋は執務室だった。それは何ら不思議ではなかったが、そこにいた人物が意外だった。


「あなたは…」


「しばらくぶりですね。でも、あまり会いたくなかったと顔に出てますわ」


 客人用の椅子に座っていた女性の顔を見たヤトは指摘された通り、微妙に嫌そうな顔をしていた。

 クシナが知り合いかと尋ねると、不承不承ながら女性の名を教える。


「この人はロザリーさん。カイルの育ての母です」


「ほう。それで、なんで汝はそんなに嫌そうな顔なのだ?」


 嫁に不思議がられたが、当人もなぜロザリーが苦手なのか明確な理由が無い。強いて言えば性格的に上手く丸め込まれてしまうので苦手だった。それだけならただ無心で斬って忘れれば済む話だが、どうにもその気になれないので苦手だった。

 望ましくない再会に気を取られて後から来たカイルとロスタに気付かず、ヤトは部屋の主のレオニスに言われてようやく席に就いた。

 王のレオニスを上座にしてテーブルにはロスタを除く三人と別口のロザリー、計五人が顔を突き合わせる。

 最初に口火を切ったのはカイル。何故養母のロザリーが王の部屋にいるのか知りたがった。


「今ダリアスの盗賊ギルドはレオニス陛下に雇われているのよ。私はその関係で時折城に報告に来ているの。別に愛人になったわけじゃないから安心しなさい」


「い、いやそんなこと考えてないから!」


 カイルは母の最後の一言に明らかに動揺した。内心何を考えていたのか御察しである。美人の母を持った息子の微妙な心の機微はさておき、盗賊ギルドの女主人が城に居る理由は分かった。

 レオニスの口からも隣国ヘスティとの戦の後に長期雇用の契約を交わして情報を集めていると知らされる。ヤトはそれが自分達にも関わる話と薄々気付き、その予測は当たっていた。


「盗賊ギルドにはある国の内情を探らせようと思っていた。お前達はタルタスという国を知っているか?」


 レオニスの質問に、ヤトとカイルは名前だけ知っていると答えた。

 タルタスはアポロンの北東にある国だが、この国とは直接国境を接しておらず、国交も結んでいない。だからなぜアポロンの王の口から名が出るのか分からなかった。分からなかったが、二人は単なる世間話とも思えず姿勢を正す。

 王が目配せすると、部屋の隅に控えていた秘書官が大陸西部の地図を持ってきてテーブルに広げた。


「実はタルタスは昨年我が国が戦ったヘスティを支援していた事が盗賊ギルドの調査で分かった。ヤト、お前が戦ったケルベロスや二体のサイクロプスはタルタスの手引きでヘスティに渡った」


 その言葉に合点がいく。ケルベロスもサイクロプスもこの近辺には生息していない。という事は余所から連れて来たに他ならない。特にサイクロプスは大陸北方のダルキア地方にしか住んでいない亜人種であり、ちょうどタルタスの北はダルキア地方だ。そこから巨人の夫婦を連れてきたのだろう。

 だからレオニスはタルタスを苦々しく思っている。連中の支援が無ければもっと軍の犠牲者は減らせただろうし、そもそもが昨年の戦争も無かったかもしれない。ヘスティは直接叩いて領土を割譲したので溜飲は下がったが、出来ればタルタスにも代償を支払わせたいと思っていた所に偶然ヤト達が顔を見せに来た。

 これは好機、王の本能はそう判断した。


「それで昨日言った仕事だが、実はお主達にはタルタスに行ってもらいたい」


「行って何をしろと?」


「特に決まっていない。ただ東に行くのに多少寄り道してくれればそれでいい」


 ヤトやカイルは意図が分からず返答に窮する。一国の王がただの根無し草に依頼するのは不自然、内容も判然としない。明らかに何か一物抱えていると思い、即答など出来ない。

 レオニスもこれだけでは返答は無理だと思ったので補足の説明をしてくれた。


「かの国は余所者が大嫌いなようでな。おそらく姿を見せただけで殺そうとするか身包み剥がして放り出す。それと普通では考えられないほど数多くの魔法使いがいる」


「へえ、魔法使いですか。それはどれぐらい居るんです?」


「全ての王族と貴族らしい。当然彼等を護る軍もかなりの数が魔法使いと聞いている。そんな危険な国に下手な者を送り込むのは難しくてな」


「最初は私達盗賊ギルドの者が行く予定でしたが、貴方達がここに戻って来たと聞いて陛下はまず貴方達に話をしてみようと席を設けたの」


 ここまで言われると、ヤトも朧気ながらレオニスの目的が見えてきた。この王は暗にタルタスを引っ掻き回してこいと言っている。

 タルタスの民は余所者を見たら襲い掛かるが、ヤト達が素直に被害を受ける謂れは無いので抵抗する。そうなると騒ぎが大きくなり、手に負えぬとなればより強い兵や魔法使いの貴族などが出張ってくる。ヤト達が居るだけでタルタスは大きな損害を被る。それは戦争で少なからず被害を被ったアポロンにとって利となる。

 そこで問題になるのはヤト達がレオニスの頼みを聞くかどうかだ。普通の者なら一国の王からの依頼を蹴るはずがなく、報酬を期待して二つ返事で了承する。なら普通でないヤトは?


「面白い話ですね。僕は行っても良いと思います」


「ヤトが行くなら儂も行くぞ」


 意外にも二つ返事で了承した。理由は簡単、魔法使いの大群と戦ってみたかったからだ。

 通常魔法使いは一万人に一人しかいない希少な存在。それがタルタスに限って数多くいるという。

 ヤトは一度に数名の魔法使いと戦った事はあっても集団の魔法使いとの交戦経験は無い。その機会を設けてくれるというなら是非とも誘いに乗るべきだ。

 一方カイルはあまり乗り気ではない。元より故郷を目指しているのに、わざわざそんな危険地帯に寄り道する必要は無い。真っすぐ東に行くだけだ。

 ただ、自分を育ててくれた母には恩がある。彼女の助けになりたい気持ちもある。


「そういえばカイルはうちの娘と仲良くしていたな。父としてこれからも仲良くしてほしい」


 そして揺れる心を強く推すレオニスの言葉で大きく傾き、迷った末にカイルもタルタス行きを了承した。当然従属品のロスタもだ。

 全員の承諾を得てレオニスはすぐに使用人に命じて道中に必要な物を用意させる。


「これで昼には旅立てるだろう。ああ、それと連絡は特にしなくて良い。後から機を見て盗賊ギルドの者を寄越そう。その間は自分達の判断で自由に動け」


 そう言われて安心した。現地の事を碌に知らない者からあれこれ命令されて動くのは窮屈だし性に合わない。

 話が纏まり、後はタルタスを目指すだけだ。



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