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東人剣遊奇譚  作者: 卯月
第三章 なまくらの名剣
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第22話 翠刀



 アジーダの宣言が終わったと同時に、ヤトは全速で駆けて巨人の後ろに回り込んで、踵を気功で強化した黒鋼剣で切り裂いた。


「くっ浅い!」


 足首を切断して転ばすつもりだったが斬れたのは予想の三割程度だった。剣の切れ味が足りていないのもあるが単純に装甲が硬すぎる。その上切断面が徐々に塞がり始めていた。この分では数分もあれば復元してしまうだろう。

 クシナも全身に生えた刃を物ともせずに掴み掛ったが、掌底を顔に喰らって怯んだ所に回し蹴りを受けて吹き飛んだ。前の時と違って動きが鋭く確かな技術がある。

 その隙に何度も足を斬ったが効果は薄く、巨人は彼をまるで足元を這い回る虫を潰すような感覚で何度も何度も踏みつけた。

 流石にそんな鈍重な動きではかすりもせず、足を上げた時に掴まって勢いを利用して跳び、下腹部に剣を突き刺した。

 ―――――が、やはり効果は見込めない。

 黒鋼剣は元々巨人に突き刺さっていた。それを抜いたために巨人は動き出した。ならばもう一度突き刺せば機能停止に追い込めるかと思ったが、やはり刺す場所が違うと効果が無いらしい。

 問題は剣がどこにささっていたのか分からない事だ。

 巨人が起き上がる所は見ていたので仰向けに倒れていたのは確実。霊廟の位置から察するに胴体部だろうが、何せ相手は巨大の一言に尽きる。そこから的確に場所を探すのは手間がかかり、中にいるアジーダの存在も無視出来ない。

 とはいえ何もしない選択は無いので、壁走りの要領で動き回って胴体を手当たり次第に刺し続けていたが、いい加減鬱陶しがった巨人に振り落とされて宙に投げ出された。

 いくら剣鬼でも翼は持っていないので成すがままだったが、そこは翼持つ竜嫁が上手く掴まえてくれた。

 ヤトは嫁の頭の上まで移動して話し合う。


「参りました。僕一人では負けはしませんが手詰まりですね」


「儂の火なら消し飛ばせるかもしれんぞ」


「それも良いですが、その前に一つ試したい事があります」


「それは?」


「さっき頭を壊したら動かなくなりました。でもアジーダさんが中に入ったら元通りになった」


「んーなら儂がもう一度頭を壊して、汝があの色黒を中から引き摺り出すか」


 短いやり取りで作戦は決まった。

 そしてこれまで巨人からの攻撃が無い事から、相手は遠距離攻撃能力に乏しい事が分かる。つまり近づく前に妨害を受ける心配は無い。

 予想通り急降下してくるクシナに対して巨人は何の反応も無い。

 相対距離が縮まり数秒後に接触する程度まで両者が近づいた瞬間、突然巨人が真上に跳躍した。

 一気に距離が縮まり、虚を突いた巨人は両手でクシナの頭を掴んで、そのまま地面に叩きつけた。


「ぐわぁぁぁぁ!!」


 クシナは衝撃で小さくバウンドして悲鳴を上げた。上に乗っていたヤトは懸命に掴まっていたので投げ出されなかったが、振り回されて成すがままだ。

 それでもやられっぱなしというわけでもなく、瞳に怒りを宿した竜はあらゆるモノを焼き尽くす灼熱の炎を吐いた。

 しかし頭を押さえられていては当たる筈もなく、炎は虚しく空を赤く染めるだけだった。

 巨人は抵抗するクシナを黙らせようと、両手で頭を握り潰そうと力を込めた。

 頭からはミシミシと音がして、おまけに巨人の体中から無数に生えた刃で傷付けられた痛みで暴れるも、指の力は弱まるどころか強まるだけだ。


「やらせるかぁああ!!!」


 激情を隠しもせずに咆哮を響かせたヤトがクシナの首を疾走。勢いそのままに跳んで嫁の顔を握り潰そうとした巨人の左手首を斬り落とした。

 クシナも片手が失われて拘束力が弱まった隙を突き、逆に頭を掴んでいた右手を握り潰して危機を脱した。

 そのまま追撃しようとしたが、反撃で蹴り飛ばされて距離が離れてしまった。

 ヤトは攻撃せず、クシナに近寄り無事を確かめる。


「大丈夫ですか?」


「いつつ……儂なら平気だ。くそぉ、腹が立つ!」


 平気と言うがその実、クシナは体中に切り傷を作り血を流していた。幸い古竜の高い治癒力によって血は止まったが、当人からすればいいようにあしらわれて腹立たしいのだろう。

 そうこうしているうちに巨人の左手は元通りになり、右手も徐々に繋がり始めていた。

 相手の回復をただ待っている気の無い二人はすぐさま追撃するが、意図が読まれて防御を厚くされてしまい攻め切る事が出来ない。


 そしてそのまま泥仕合に持ち込まれて、都合十度の攻勢を全て凌がれてしまった。

 お互いに軽度の傷は簡単に治り、体力もまだまだ余裕はある。こういう時は焦れた方が負けだが、このまま千日手を繰り返すのも面白くない。

 多少危険でも手番を代えて隙を見せて相手に攻めさせるように仕向けようかと思った矢先、クシナが目を細めて何か遠くを見ているのに気付く。


「戦いの最中によそ見ですか?」


「んーちょっと気になるモノが見えてな。汝もあの土煙を見てみろ」


 言われてクシナの視線の先に目を向ける。平原の彼方で土と草が巻き上がっているのは分かるが、あいにくとヤトは古竜ほど目が良くない。

 だが、時が経つにつれて煙と共に移動する小さな黒点がだんだんと大きくなるのが分かった。

 物凄い速さでこちらに向かってくる黒点をよく見ると何かを抱えた人型だった。


「―――――――女かな?」


「汝の目では見えないか。あれはロスタだぞ」


 嫁の言葉に軽く驚いて、目を細めて人型を凝視する。

 ――――――確かに人型は少し前にエルフの村で別れた自律ゴーレムのロスタだった。となると彼女が抱えたモノは一つしかない。


「カイルもいますね」


 なぜこの場にあの二人がいるのかは見当もつかないが、兎も角会って直接話を聞かねばなるまい。

 アジーダは一向に攻撃してこないヤト達を不審に思ったが、あえて自分から攻撃する気が無かったので、四名の再会は滞りなく進んだ。

 ロスタにお姫様抱っこで運ばれていたカイルが地に足を着く。二人は見覚えのない緑のマントをお揃いで羽織っていた。


「やっほ。しばらくぶりだね二人とも」


「ヤト様、クシナ様。共にお元気そうで何よりです」


「ええ、久しぶりです。なぜ今ここに?」


「話せば長いから先にあの巨人を何とかしない?あれと戦ってたんでしょ」


 カイルの言う通り、先に巨人を何とかする方が先だ。


「あれを倒すには頭を引き千切って動けなくした上で、中にいるアジーダさんを外に引き摺り出さないと駄目です」


「頭は儂が一度千切った。ヤトも手ぐらいなら剣で斬り落とせるが時間をやると傷が治る」


「ここに着く前に観戦してたけど、あのデカブツ結構動きが速くて鋭いから、まずは動きを止めようか」


 カイルは事も無げに言う。確かに動きを止めてしまえば、後はクシナとヤトでどうにかなるが、それが出来ればとっくに勝っていた。

 だからヤトが弟分に出来るのか尋ねると、彼は余裕の笑みを浮かべて「らくしょー」とだけ答えた。

 さらに彼は背中に背負っていた長い棒状の包みをヤトに手渡す。

 黒鋼剣を地面に突き刺し、布を取ると鞘付きの反りのある剣が姿を現した。剣を鞘から引き抜き、その美しさに圧倒された。

 東剣に通ずる反りのある緑の片刃は金属でありながら翡翠のような美しさを持つ。風の無い湖面のような一点の曇りの無い静かな闘気が宿り、優美でありながら研ぎ澄まされた殺意の結晶の如き刃は見る者全ての肌を粟立たせる。柄と鍔はミスリル製で一切の装飾が施されておらず、実用一辺倒ながらも高貴さを兼ね備える。

 試しに振り下ろせば、なんと滑らかで軽やかな太刀筋か。それでいて翡翠の刀は世に斬れぬ物は無いとばかりに太陽を照り返して妖しく輝いていた。


「それはエルフの村のナウアさんから」


 剣匠にして剣技の達人であるエルフの古強者からの贈り物に首を傾げる。ヤトの記憶が確かなら彼は兄であり族長のダズオールから、己への剣を打つのも譲るのも禁じられている。それを破るほど入れ込まれる覚えは無い。


「一応長の許しは得たから大丈夫。理由は後で教えるから、先にあのデクの坊を斬っちゃいなよ」


「そうですね。まずはアレで試し斬りといきましょうか」


 弟分の言う通りだ。なら他の事は仲間に任せて、己は伴侶と共にただ相手に向かって行けばいい。元より剣の使い道など一つしかない。ただ、目の前の敵を斬るだけだ。

 ヤトはクシナに掴まり、彼女は再び大空へと舞い上がる。

 それを見届けてからロスタは走り出す。

 一人その場に残されたカイルは唐突にしゃがみ込んで草に身体を埋めて呟く。


「あのでかいのに絡み付いて邪魔をして。――――うんうん、仲間を助けたいんだ」



 内部で巨人の目を通して外の様子を見ていたアジーダは予想外の展開に驚きはしたがハプニングは歓迎していた。どうせ今日の命令は既に果たしていたのだから、どれだけ遊んでもあの女に文句を言われる筋合いはない。なら楽しんだ方が得というものだ。

 相手は三つに分かれた。一つは空から様子を伺い、もう一つは地を駆り近づきつつある。最後のは動かないままだ。

 最も手ごわいのは当然空の竜と剣士だが、こちらには近づいてこない。仕方が無いから走ってくる人形を先に踏み潰してしまおうと足を上げる。


「うん?足が重い。いや、動きが鈍い」


 足は上がるには上がるが妙に動きが鈍く、片足を上げたまま動きが止まってしまった。

 よく見れば巨人の下半身にびっしりと草が巻き付いており、関節部の隙間にも隙間が無い程に緑の草が詰まっていた。このせいで足の動きが阻害されていたのだと気付いた。


「あのエルフの小僧の仕業か!」


 アジーダは前に遺跡で会った時はこのような手妻は使っていなかったので油断して見落としていた。

 これはカイルが草の精霊に頼んで助力を得た結果だった。

 そしてその隙にメイド人形のロスタが紫電を纏い高速で回転する二又の槍を手に、残る地に着いた足を穿った。

 踵に力づくで捻じ込まれた槍は赤銅の金属で出来た巨大な足を半ばまでごっそりと削り取る。

 片足を挙げたままもう一つの足の半分が無くなってしまっては、自重を支えきれなくなった巨人は重力に任せて倒れるしかない。

 轟音を立てて仰向けに倒れた巨人。すぐに起き上がろうとするが、今度は草ではなく急速に生長した太い樹木が、手に腹に足にも絡み付いて巨人の身体を完全に覆い尽くしてしまった。これでは全身に刃があってもすぐには動けそうにない。

 これを好機と見たクシナが真上から急降下して巨人の頭に噛み付き、力づくで引き千切って遠方に放り出した。

 空いた大穴に今度こそヤトが入り込んで一気吶喊。胸部の所で巨人から伸びたロープに絡まっているような格好のアジーダを一閃。頭を両断した。新たな翠刀の切れ味も申し分ない。

 さらにロープを手当たり次第剣で斬ると、起き上がろうとした巨人の動きがピタリと止まった。どうやらこのロープで繋がっていると巨人が動かせるらしい。


「おいまだ終わ―――――――ぐうぅ!」


 頭を両断されても生きていたアジーダだったが、すぐさま手足を斬り落として首を握り潰されては何も出来ない。それでも斬り落とされた手足が徐々に再生しているのを見ればゆっくりしていられない。

 ヤトはそのままダルマのアジーダを抱えて外に出た。


「クシナさん、この抜け殻の手足を引き千切ってください」


「おう、任せろ」


 その言葉に従ってクシナは巨人の手足をアジーダと同様に引き千切ってダルマに変えた。

 流石に材質不明の巨人も動けなければエンシェントドラゴンの力にかなうはずがなく、無惨に手足を引き千切られてしまう。

 そして突然ヤトは突然腹に衝撃を受けて吹っ飛ばされた。その拍子にアジーダの首を離してしまう。

 慌てて立ち上がって目にしたのは五体満足で立つアジーダの姿。ヤトは不審に思う。巨人の中に入る前より回復速度が速い。


「油断したつもりは無かったんですけど」


「ああ油断はしてないぞ。俺がさっきより倍は強くなっただけだ」


 ヤトはその言葉を強がりと切って捨てる事が出来ない。確かに今のアジーダから発せられる闘気と威圧感は全く別物になっていた。おまけに殴られた腹は肋骨が何本か折れている。

 理由は分からない。だがそれはヤトにとって喜ばしい要素でしかない。新しく手にした剣の試し斬りとしてこれほど相応しい物は他に無い。

 ヤトが剣を構えて殺意を研ぎ澄ませたのに対し、アジーダの方はその気が無いのか、仁王立ちするだけで戦いに備える様子が無い。


「続きをしたいのはヤマヤマだが、余興の遊びで時間を掛け過ぎると煩い奴がいてな」


「ご飯の時間には帰ってこい―――ですか?」


「はははははっ!!」


 聞く者が聞けば馬鹿にしたような物言いだったが、アジーダは笑うだけで否定も怒りも示さない。


「俺の本当の目的はこの巨人の中にある動力源だ。それを身に取り込むことで俺は力を増す」


 道理で急に強くなったわけだ。そしてヤトはそれを卑怯とも情けないとも思わない。強い力をどう得るかなど些末な事。重要なのはその力を十全に使いこなして、己にぶつけてくるかどうかだ。

 幸いアジーダは気分が高揚していても強さに溺れた様子は無い。今日はもう戦う気が無いようだが、いずれまた力をぶつけ合う機会は巡ってくるだろう。その時を楽しみにしていればいい。


「ではまた会う時は逃げないでくださいね」


「ああ、その時は存分に戦おう」


 アジーダはそれだけ言うと姿を現した時と同様に唐突に姿を消した。

 ひとまず戦いは終わった。



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