第20話 王家の聖剣
玉座の間の変から十日が過ぎて、ようやく城は落ち着きを取り戻しつつある。
女魔人ニートがヤトに討ち取られても事態の収拾は容易ではなかった。なにせ自国の貴族が人ならざる魔人の引き入れて暗殺未遂までしたのだから当然である。
デュプレ家は死んだポールの父である当主から使用人に至るまで問答無用で拘束されて厳しい取り調べを受けた。
当然書類や手紙の類は真っ先に調べられ、屋敷の財産も全て取り上げて入念に調べた。
そこで分かったのは最近ポールが大公家に婿入りしたルードヴィッヒの弟の側近と頻繁に手紙のやり取りをしていた事だ。手紙の中にはそれとなくルイの身に死が近づくような内容が書かれていた物も見つかった。他にもリリアーヌが王妃に相応しくない、その子供も愚鈍だろうと好き放題書かれていた。
この内容だけでもかなり王家に対して不敬だが、さらに目を惹く手紙も見つかった。男児の居ない王の次期後継者には王弟こそ相応しいとあり、王が崩御した時には自分を重用してほしいと媚びを売る内容だった。
ルイを殺した犯人をリリアーヌに仕立て上げて同時に排除した後、かつて仕えていた王弟を次期王に据えてからルードヴィッヒも殺すつもりだったのだろう。
この陰謀に王弟が直接関わっていたかどうかは分からないが、この手紙だけでも十分に謀反の疑いありとして処断出来る材料だった。今も王宮は王弟をどのように扱うかで丁々発止の怒鳴り合いを続けている。
問題はポールが魔人とどう縁を結んだか、さっぱり分からない事だ。書類の類は一切見つからず、肝心の本人がともに物言わぬ屍となってしまったので、どのように繋がったのかが全く分からない。
デュプレ家の一族と使用人もニートの事は一度も見ていないと証言しており、かろうじて使用人が知っていたのは時折ポールが誰かと密談している事ぐらいだ。
真相は闇の中だがポールが謀反人なのは揺るがぬ事実。デュプレ家は取り潰しの沙汰を受け、領地と財産は全て没収となった。
当然ヤトが持ち出した鬼灯の短剣も没収されたが、それはルードヴィッヒが気を利かせて、ニートを討ち取った褒美として正式にヤトに下賜された。もちろんかつての所有者だったデュプレ家の者に王の命令で本来の使い方を教えられた。残念ながら竜殺しの剣ではなかったが、使い勝手の良い魔法が付与されていたのでありがたく使うつもりだ。
それとヤトとクシナが暴れて重症を負った貴族や騎士達からの文句や処罰を求める声は無かった。
操られていたとはいえ王一家に剣を向けた汚点は事実。ヤト達を糾弾すればその点を認めなければならない。そうなっては逆に洗脳されなかった者や、たまたま玉座に居なかった者達から汚点を突かれてしまう。だから誰もが苦痛に喘いでも話題に登るのを極力避けた。
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そして現在ヤトとクシナはルードヴィッヒの御付きとして、都の北にある王家の霊廟に足を踏み入れていた。
ルードヴィヒが弟への懲罰をどうするかの思案中に霊廟に来たのは、表向きは城内に魔人を引き入れ不和を生んだ事を先祖に詫びるためだが、実際はヤトとの約束を果たすためだ。
霊廟の内部には王族と限られた上位貴族、およびその護衛の騎士しか入る事を許されない。
ヤトは名誉騎士なので護衛として付き従い、クシナは単なる小間使いとして霊廟に入る事になった。ただ、見た目が亜人の彼女が霊廟に入る前にひと悶着あり、せめて格好だけでも亜人と分からないようにしろと命じられた。よって今は半袖短パンの上に頭をすっぽりと覆う外套を纏っていた。いくら王を護った者でも亜人には隔意があるらしい。
「しかし随分カビ臭い所だ。死体なんぞ川に流すか獣にでも食わせればいいだろうに」
「どっちも都合が悪いから駄目ですよ。川に流せば下流に住む人が困りますし、獣が人の肉の味を覚えたら襲い掛かる危険が増します」
ランプを持って照明役をしていたクシナがカビの悪臭に鼻をひくつかせながら悪態を吐く。竜である彼女にとって死んだ生き物は自然に任せて腐らせるか他の動物の餌にすれば事足りる。わざわざ死体を置くためだけにこんな大仰な建物を建てる必要性を全く感じなかったが、ヤトの説明で埋葬する利点は理解した。とはいえ回廊にびっしりと刻まれた碑文や壁画の価値はいまいち分かっておらず、しきりに首をかしげて先導役をしていた。
王家の霊廟は広く、回廊は人が五人は並んで歩けるぐらいに余裕がある。壁や床は全て大理石の建材で苔も生えていない。破損が見当たらないのは管理する職人が定期的に保全に努めているからだろう。当然盗掘の心配も無い。
短い廊下の奥には銀箔仕立ての重厚な扉がそびえ立つ。
ヤトはルードヴィッヒから鍵を借りて扉を開けた。
扉の先はドーム状の広大な部屋だった。天井からはガラス越しに日が差し込んでおり、ランプの灯が無くとも全容が視える。
ドーム状の部屋の壁際には等間隔で約四十もの長方形の石棺が置かれている。棺は全て細部にまで彫刻の施された大理石で拵えてあった。
ここが霊廟の心臓部。代々のフロディス王とその妃が永遠の眠りに就く寝室だ。ルードヴィッヒのかつての妻もここで眠り、いつか夫が来るのを待っていた。
それらはここが墓場なので特に気にするものでもない。ヤトが最も目を惹いたのは部屋の盛り上がった中央部に威風堂々と突き刺さっていた一振りの剣。
十字状の両手剣の剣身は磨き上げられた黒曜石のように光沢のある黒鋼。柄と鍔は黄金に彩られた美術品のように見る者を魅せる。
天井の隙間から入る日差しに照らされた黒金の剣は神々しく、いかにも由緒ある、まさに王の剣と呼ぶに相応しい偉容を三人に見せつけていた。
「あれが……」
「うむ。あの剣こそフロディス王国に代々伝えられた『選定の剣』。そして剣は今まで誰も抜けなかった。だから先祖は『選定の剣』などど大仰な名を付けた」
ルードヴィッヒが剣の由来を聞かせてくれた。
天を衝く赤い巨人を倒した聖剣は巨人に突き刺さったまま抜けず、古の王はそのまま巨人の上にこの霊廟を建て、戴冠式に新たな王が剣を抜く儀式を取り入れた。敢えて抜けない剣を抜くように仕向けたのは、王が全知全能とは程遠い至らぬ者と自覚させて、驕らぬように戒める意味が込められていた。
「ではこの床の金属は巨人ですか」
「確かめる術が無いが、話が真実ならそうなのだろう。さて、私は妻の棺に挨拶をしているから、その間は話しかけるな」
ルードヴィッヒは答えを聞く間もなく、一番端の棺の前に移動して何か話をしていた。お互いの邪魔をするつもりは無いという意思表示だろう。
その意図を汲んだヤトは遠慮なく部屋の中央に足を運ぶ。その時足に違和感を感じて床を見る。盛り上がった床はここだけ大理石と違い、曲面の金属になっていた。
石に刺さった剣や大木の根元に刺さった聖剣の話は聞いたことがあったが、金属に刺さった剣は初めて見る。
試しに赤銅色の床に触れてみる。感触はどのような金属とも異なり、鉄でも魔法金属でもない。サイクロプスのような生身の巨人というよりゴーレムの類なのかもしれない。
まあ巨人が何にせよ今は関係のない話だ。それよりも本当に剣が抜けないのか試す方が先だ。
一呼吸置いてから剣の柄に触れ、続いて鍔、そして身へと指を伝う。己の指に伝わる感触に既知感を覚える。これはかつて味わった感触だ。
「『貪』?」
漏れ出た言葉は、かつて己が所持した赤い魔剣の銘だ。最愛の伴侶との戦いで砕けてしまった赤剣とこの聖剣は形は違えど何故か同じに思えた。
ただ、柄を握るとその感覚は遠のく。気のせいだったらしい。
そしてそのまま剣を引き抜こうとしたがびくともしない。
「どうした?」
「思った以上に抜けないですね。ちょっと本気を出してみます」
暇そうに見ていた嫁に一言返してから、ヤトは大型の鍔を両手で掴んで渾身の力で持ち上げるが、トロルをも片手で投げ飛ばす半人半竜の膂力であっても剣はビクともしない。
ならばと一旦呼吸を整えて、丹田で練り上げた気功を全身に行き渡らせて筋力を強化。ありったけの力を込めて剣を持ち上げる。
すると刺さっていた金属から剣が僅かに動き始めて軋みを上げる。
『ズ、ズズゥ』
金属がこすれ合う音が霊廟に響き、ルードヴィッヒが驚愕する。
さらにヤトは咆哮を上げながら限界を超えた力で剣を持ち上げ、遂には黒鋼の十字剣を床から引き抜いた。
「おおー抜けたぞ」
「あの剣は誰も抜けなかったというのに信じられん」
クシナは無邪気に喜び、ルードヴィッヒが信じられない物を見たように目を擦る。当のヤトは額の汗を手で拭って息を整えた。
そこでふとルードヴィヒと目が合い、剣を見てもう一度交互に目を向けて苦笑いする。
「すみません。つい抜いてしまいました」
「………とりあえず見なかった事にしてやるから剣を戻せ」
勝手に王家の聖剣を抜いて怒るかと思ったが存外懐が深い王だ。
少し惜しい気もしたが、ここで力づくで奪うのは何となく気が引けたので、王の言う通り穴に剣を戻そうとした瞬間、唐突に地面が揺れた。
揺れは断続的に続き、天井からは次々と石材が落ちて棺の一部を破壊してしまう。
「これは逃げた方が良いですね」
「だが………いや、そうだな。すまんシャルロット」
ルードヴィッヒは少しの間迷いを見せたが、すぐに出口の方に走り出した。それでも最後にかつての妻の棺を見るために立ち止まり、名を呼びながらも二度は振り返らなかった。
急いで外に出た三人は崩れ落ちる霊廟を見て安堵する。外で待機していた騎士達も王の帰還を喜んだが、さらなる霊廟の異変に喜びも消し飛んでしまった。
「う、腕ぇ!?」
騎士の一人の驚愕の声は真実だ。地面から城の物見櫓と同じぐらい巨大な腕が生えていた。
腕だけではない。兜を被った人間の頭、鎧を模した上半身と腰が見える。そのどれもが桁違いに大きく、まるで城が動いているような気分になる。
さらに巨人は立ち上がろうとしたので、その場にいた全員が急いで離れた。
十分に離れた一同が目にしたのは街で聞いた伝説に違わぬ、天を衝くような赤銅の巨人だった。ヤトが以前戦ったサイクロプスの三倍以上、その身は推定30メートルはある。
「おー、儂よりでかい」
クシナの呑気な言葉に巨人を見上げる者たちは何を当たり前の事をと思ったが、古竜たる彼女より大きい物など早々ありはしないのはヤトと本人だけが知っていた。




