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東人剣遊奇譚  作者: 卯月
第一章 白銀竜
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第23話 戦争の幕開け



「――――はあ、ヘスティの王様が代替わりしたんですか」


「反応薄いねアニキ、っていうか知らなかったんだ。今日は朝から都のあちこちで噂になってるのに」


「誰が王になったところで興味ありませんから」


 城の食堂でヤトとカイルは一緒に昼食を食べていた。その時に何気なくカイルが今あちこちで噂になっている隣国の王の交代劇を話してもヤトの反応は薄い。二人の周りでも兵士や騎士達が同じような話をしているにもかかわらずだ。

 しかも噂では新しいヘスティの王はまだ10歳の少年らしい。おまけに兄が二人居るにもかかわらず、父親の先王も健在なのにだ。

 どう考えても異常な王位の譲渡である。だからこそ現在アポロンをはじめとした周辺国は血眼になって事実確認に追われていた。

 とはいえヤトの無関心さも分からない事ではない。所詮一傭兵や盗賊には他国の王など関わりの無い話だ。知ったところで何が変わるわけではない。そんな事より今日の食事を気にするのが一般人である。尤もカイルの前で粥を食べる青年は一般人とかけ離れた剣鬼だが。


「でさ、ここからはちょっと込み入った話だけど、たぶんアニキは興味あると思うよ」


「一応聞いておきます」


「じゃあさっさと食べて別の場所で話そうか」


 ここでは人が多すぎて話しづらいので、二人は早々と昼食を空にして食堂を後にした。



 城を出た二人は現在、街の市場を買い物をしていた。買っているのはほぼカイルで、彼はお菓子を両手に抱えるほど買っていた。現在は油で揚げたパンをモシャモシャと齧っている。先程昼食を食べたばかりなのに健啖家である。

 ヤトも何も買わないのは手持ち無沙汰なので、酸味の効いたリンゴを少しずつ食べながら歩いていた。


「んぐんぐ――――――で、さっきの話だけど、多分麦の種まき前後には戦争になるよ」


「後二ヵ月程度ですか。その理由は?」


「ヘスティがやる気だから。そのために子供の王を仕立て上げたんだ。脚本を書いたのは新王の祖父で軍の主戦派筆頭ゴール将軍」


「なるほど、何となく読めてきました」


 ヤトにもカイルの言いたい事が段々と分かってきた。

 カイルの話をかいつまんで話すとこうだ。

 アポロンとヘスティは十年前に和平を交わしてから戦争をしていない。ゴール将軍はその非戦政策を快く思っておらず、度々上奏しているが、王は好戦的ではないので聞き入れない。

 しかし将軍は軍のトップに立つ重要人物。故に蔑ろにしない証として彼の娘を側室に迎えて子供も作った。それが先王の三男であり、現在の少年王である。

 そして軍事力を背景にゴール将軍は義理の息子である先王を無理やり退位させて孫を即位させた。おまけに先に生まれた王子二人は既に幽閉してある。

 王の摂政として実権を握ったゴールは宮廷を恐怖で支配しつつ軍備を整え、間を置かずにアポロンへと攻め込む準備を着々と進めているそうだ。


「軍事力を持った外戚の専横――――よくある話ですね」


「盗賊ギルドの大人達もそう言ってた。もうすぐ宣戦布告があるんじゃないかな」


「ところで、なぜカイルがそんな重要な情報を知っているんです?」


「母さんの手紙に書いてあったから。それと戦争に巻き込まれたくなかったらさっさと他の国に逃げろって」


 カイルの母とは盗賊ギルドマスターのロザリーである。様々な情報に通じるギルドの頭目なら、あるいは知っていてもおかしくない。

 そしてこの情報は既にアポロン王に伝わっていた。おかげで日に日に盗賊ギルドの重要度が増しているらしい。


「それで、貴方は逃げるつもりですか?」


「ううん、そのまま僕も戦争に参加するよ。傭兵としてよりも斥候として動くことになると思う」


「まあ、納得して参加するなら僕は何も言いません。精々死なないように気を付けてくださいね」


 ヤトにとって誰が死のうがさして気にならないが、嫌々戦に出て泣き喚く輩を見るのは興が削がれる。

 戦とは出来る限り大規模で華やか、誰もが望んで殺し合った方が気分が良い。勿論誰も居ない場所で一対一で戦うのも悪くはないが、風情の問題だ。


「アニキは――――答えを聞くまでもないか」


「当然です。騎士との模擬戦もそれなりに有意義ですが、戦争とは比べようもありません。勿論傭兵として参加します」


 ヤトは涼し気な笑みを浮かべて戦に思いを馳せる。カイルはそんな危ない兄貴分を味方として非常に頼もしく感じていた。少なくとも敵に回る心配はしなくて良さそうだ。



 数日後、アポロン王レオニスから直々に傭兵として雇用したいと契約が持ち掛けられた。普通に考えたら一介の傭兵相手にあり得ない話だが、相手が普通ではないバーサーカーなので、ある意味当然の処置と言えた。

 そしてヤトは契約書を読んで即サインした。一応明記された報酬はかなりの高額だったが、そんな項目には目もくれない。彼にとって一番の報酬は強者との戦いだ。

 配属先は交流のある騎士団。彼等は戦となれば一番槍を刻む誉れと共に最も危険な先鋒を務める事もある。


 

 同日、ヘスティの一軍が突如としてアポロンの領地に攻め入った。

 麦を刈り終えた晩夏でも戦乱の熱気が激しく燃え上がる。



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