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東人剣遊奇譚  作者: 卯月
第一章 白銀竜
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第22話 王の采配



 今年55歳になるアポロン王レオニスは玉座に座ったまま無言で二通の手紙に目を通していた。

 王の秘書官はその様子から、あまり良い報告でないと長年の経験から推測していた。

 手紙の一枚の差出人はヘスティへ派遣した外交官である。三ヵ月前に愛娘サラを襲撃した者の引き渡しと王国の謝罪が主な派遣理由だった。


「手紙にはなんと?」


「直接襲撃を指揮した者の家を取り潰して、主家筋であった宰相を罷免したとある。ヘスティ王はこれで手仕舞いにしたいそうだ」


「些か軽いように思えますな。せめて首謀者をこちらに引き渡すか処刑するのが筋と思いますが」


「そうは言うが娘は傷一つ負っていない。落し処としてはこの程度が関の山だ」


 王の言葉に秘書官は項垂れる。実の娘を殺されそうになった怒りを抱えながらも感情に流されず冷静に現状を分析する王は得難い。

 実際殺されたのは護衛の騎士であり、騎士とは主君を護って死ぬために存在する。よって死んだ騎士の事を騒ぎ立てた所で、それは騎士が弱かっただけと言われたら反論は難しい。

 そして相手は謝罪の意思を拒絶したわけではない。王の右腕たる宰相に責任を取らせて罷免している。宰相の分家筋である襲撃者も処罰した。あとは精々賠償金を要求する程度だが、そこまですると相手の面子を潰しかねない。そうなっては何時また戦端が開かれるか分かったものではない。必要以上に相手を刺激するべきではないのだ。

 それだけなら不満はあっても話はお終いである。それで終わらないからこそレオニスの顔は硬いままなのだ。

 問題は二通目の手紙に書かれていた内容である。


「ヘスティに潜ませていた草からだ。軍部が大規模な戦の用意をしているらしい」


「なんと!?」


「おまけに取り潰した襲撃者、あの傭兵の話ではロングとメンターと言ったか。それらしき者が主戦派の将軍の幕僚に収まったと書いてある」


「ヘスティの宰相は身内に嵌められましたな」


「家で最近派手に煽っている連中も奴らの仕込みだろう」


「そこまでして戦を求めるとは」


 秘書官が頭痛を覚えて額に手を当てる。レオニスも同じ気持ちだ。

 元々ヘスティの王と宰相は非戦思考でがっちりと肩を組んで今まで内政に辣腕を振るっていた。当然そこで割を喰らうのが軍であり、彼等は活躍する場を著しく減らされて不満が溜まっていた。

 だからこそ無理矢理にでも戦の口実を作って手柄を立てる機会を得たいのだろう。そこで選ばれたのがサラというわけだ。ふざけているにもほどがある。

 よしんば襲撃が失敗した所で分家の不始末は主家が背負うものと古来からの慣習がある。最低限非戦派の宰相を引き摺り下ろせば今後主戦派に勢いが付く。どう転ぼうが軍には得しかない。

 そしてサラが都に帰還してよりずっと立ち消えない民衆の意見。


『サラ王女を襲ったヘスティに太陽神の矢を!』


 つまるところ多くの民がヘスティに怒りを感じ、戦を望んでいた。誰かが民を煽っているのは明白である。

 あるいはこの国にも戦を望む勢力があるのだろう。それにダイアラスは同調した。尋問を受けた彼はヘスティ人から囁かれて襲撃に加担したと自己弁護に必死だったが、それだけではあるまい。

 この城にも確実に戦を望む者が居るはずだ。でなければサラの正確な地方慰問のスケジュールを手に入れられるはずがない。アポロンとヘスティ、その両方に裏で手を組んで戦争を求める者が居る。レオニスはそれが気に入らない。


「戦争など得る物の少ない手段だというのに」


「全くですな。嘆かわしいですが、それが分からぬ者が世には多い」


「だが最低限の備えはせねばなるまい。王軍や諸侯にそれとなく開戦の可能性を匂わせる手紙を出しておけ」


「かしこまりました。傭兵ギルドはどうなさいますか?先日の手紙には調査中とだけ書かれていましたが」


「まったく、この期に及んでそんな言い訳を聞くと思うのか」


 レオニスは呆れと怒りをない交ぜにしたように呟く。

 サラの帰還の翌日には既に傭兵ギルド本部に抗議と釈明を要求する手紙を王直々の名で送っておいたが、二ヵ月経った今もギルドから正式な回答は無い。

 多少擁護するなら、傭兵ギルドの本部は大陸中部の高地にあり、連絡には通信用の魔法具と伝書ハトを駆使して、さらに調査と審議を重ねては時間が掛かるだろうが、遅ければ遅いほどこちらの心証が悪くなるのを考慮していない。

 手紙には必要ならアポロン国内においての傭兵ギルドの活動許可を取り下げる事も明記してあったが、いざとなったら本当に実行する事もレオニスは考えていた。

 ただ、そうなった場合、戦争時に雇う傭兵が集まらない可能性があるので出来る限りやりたくない。しかし国家の面子を潰すぐらいなら実行するべきだ。


「―――――いっそ国内の支部を傭兵ごと抱きこんでしまうか。一代限りの準貴族待遇なら靡く者も居るだろう」


「それは随分と大盤振る舞いですな」


「勿論戦で手柄を立てた者に限ると最初に名言しておく」


 秘書官は空手形、あるいは馬の目の前に吊るしたニンジンが頭に浮かんだ。そして彼は今後アポロンの傭兵ギルドの抱き込み工作に追われる事になる。

 レオニスは面倒な仕事が片付いたようで、余計に積みあがっていくような気分になったが、家臣の前で弱音は吐かない。

 一国の王とて只の人だ。辛い選択を求められる事もある。しかしそれを下の者に見せるのはプライドが許さなかった。



 そしてその後、王の懸念は現実のものとなった。



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