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東人剣遊奇譚  作者: 卯月
第六章 迷い子の帰還
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第13話 魔王を討て



 世界を手中に収めようと戦いを始めた魔人族と人類種連合軍の戦いは既に五年を数える。

 その間に両者は休むことなく熾烈な戦いを続け、誰も彼もが戦いと無関係にはなれず、ヴァイオラ大陸全土は麻のごとく乱れた。

 むろん人類種の指導者達は精力的に働き続けた。当初は種族や国家同士の戦に対する認識の隔たりによって、義勇兵のみが魔人族と戦っていた。

 しかし魔人の被害が後方にまで波及し始めた頃に、ようやく連合を組んだ種族および国家が総力戦へと移行した。

 兵が増えればその分だけ戦線に余裕は生まれる。同時に戦死者も加速度的に増え続け、労働に適した若者が町や村から減っていく。それが数年も続けば、人口も無視できないほどに目減りして経済活動は滞り、治安が悪化して、明日への希望が失われる。

 それだけでなく、戦争が始まってから国家そのものが滅び去った事は一度や二度の事ではない。もはや魔人と人類種の戦争は、食うか食われるかの生存競争になりつつあった。

 よって指導者達は、可能なら余力のあるうちに魔人族との戦いを終わらせるべく策を講じた。



 魔人族の覇道に抗するべく立ち上がった人類種連合軍第三軍の拠点に、伝令の竜騎兵一騎が空より降りたのをエアレンド達は確認した。

 初陣で辛くも命を拾った頃から既に四年が経ち、あれから多くの戦を経験して、そのたびに多くの事を学んで、三人は心技体ともに強くなった。

 エンシェントエルフゆえに数年程度で肉体的な成長は無くとも、その顔は精悍になり、纏う雰囲気は歴戦の戦士と遜色のない重厚感を得ている。


「あの竜、連合軍円卓議会の旗だった」


「それも緊急用の赤布か。単なる戦勝祝いの伝令には見えないな」


「議会が魔人の襲撃を受けて壊滅なんて話じゃなければ良いけど」


 フェンデルの後ろ向きな発言を二人は否定しない。前に見た緊急用の伝令は第四軍壊滅の報で、もうひとつ前のは国一つが滅んだ知らせだった。

 五年の戦いにより現在、連合軍は魔人軍相手に何とか優位を保っている。魔人族の領域を数多く奪い、幾多の魔人の首を得た。一度は魔人の王『アーリマ』に手傷を負わせて撤退させたこともある。

 その代償にかつては七つあった軍団が三つ壊滅して、四つの国を滅ぼされて、数十の都市を地図上から消されても、議会の公式発表では優位である。

 いささか欺瞞ではあるが正直に劣勢と言って士気を下げるのは賢いとは言えまい。小細工だろうと必要とあらば、恥も外聞も無く手を打つのが為政者の仕事だ。

 エアレンドも族長の子として、いずれ似たような問題に直面する事があるかもしれない。その時のために色々と学んでおくのは決して無駄ではなかろう。

 とはいえ今の彼は軍団の中のただのエルフ戦士でしかない。先程の伝令の持った筒の中身を知る権利は無く、戦略に口を出す機会すら無かった。

 それで去就を心配するような事は無い。あの金髪青眼の軍団長が戦場で後れを取りはすまい。

 所属する第三軍の軍団長は人族の貴族だ。名をミューゼル。貴族と言っても小さな領地を持つ貧乏領主の子息で、この戦で名を上げてもっと大きな領地を得ようとする、功名心に溢れた若者だ。

 もちろん野心に見合うだけの実力は十二分に備わっている。雑多な連合軍の癖のある輩の力量を把握して、戦場で適材適所に投入しては、少ない被害で勝利をもぎ取ったのは両手で数えるより多い。

 突出した才能は指揮官としての采配だけでなく、個人の戦闘力もトロル二体を同時に相手取って苦も無く勝つ。魔人と単騎で戦うのは厳しいが、十分一流と言って差し支え無かろう。

 もう一つは彼の言葉には、不思議と頼みを聞いてやりたいと思わせる魅力が籠っていた。最初は反発しても、最後は渋々ながらも言う事を聞いてやろう。そのように思わせる、何か説明の難しい力が備わっている。

 だから第三軍の誰もが彼の下で戦う事を厭わない。エアレンド達やあの竜戦士の一党も、戦場でのミューゼルには全幅の信頼を寄せていた。



 円卓議会の伝令が来た翌日。第三軍は駐屯地を引き払い、現在は西に向けて進軍を始めた。

 軍隊が移動する理由はそう多くない。戦いに行くか、逃げるか、基本はその二択だ。第三軍は前者だった。

 西を目指して歩き続ける戦士達の士気は極めて高い。ただ闇雲に西に足を向けているわけではない。昨日のうちに軍団長ミューゼルより、進軍の目的を全員に通達していたからだ。

 一部の気の早い戦士の中には、もう雄叫びを上げて戦意を鼓舞する者、戦の展望を語る者も居た。


「俺、この戦いが終わったら、故郷で待たせている女に求婚する」


「私は残してきた子や妻に、うんと父親らしいことをしてやりたい」


「俺は剣を置いて、牛を飼って静かに暮らそう。もう戦は飽きた」


 行軍の最中に戦士達はそれぞれの思い描く未来を語る。

 そう、戦の終わりだ。戦士達は戦の終結を明確に意識した。

 これまで魔人族との戦争が終わったら、という話は多くの戦士が幾度となく語った経験がある。しかし今日ほど強く戦いの終わりを意識した事はかつて無かった。

 彼等の意識に変化が現れたのは、早朝に行われたミューゼル軍団長の演説の結果だ。


「戦友諸君!ついに円卓議会は魔人との戦争に終止符を打つ事を決定したぞ!全ての軍団は大陸各地で魔人を殲滅すべく、大攻勢をかける手筈になっている。そして我々の進軍先は、あのバアルの地だ!!知っている者も居るだろうが、かの地こそ不死王『アーリマ』の居城のある地。そうだ!!我等はあの魔人王の首を獲る栄誉を賜ったのだ!そして議会は魔人王を倒した暁には、望みの褒美を約束した!!我が友よ、誉ある戦いをしようじゃないか!!」


 この演説により第三軍の戦意は頂点に達した。彼等も不死身の魔人王への恐怖はある。それでも戦友達と共に最強と恐れられる魔人と戦える喜びと誉の方がより強い。

 むろんエアレンド達とて臆するような真似はせず、隣を歩くシングの一党の顔に恐怖は見られない。普段落ち着きのないレヴィアも、この時はだんまりを決め込み、五人全員が何かを覚悟した顔立ちになっていた。

 昼食のために三軍は一度休息を入れた。エアレンド達はシングに誘われて、カナリア手製の昼食を八人で馳走になった。

 相変わらず美味い食事を食べ終わってから、シングが声を落としておもむろに話を切り出す。


「実は拙者、昨夜遅くに軍団長殿に呼ばれて、そこである頼み事を承りました」


「それは?」


「我々の一党は独自行動を取って『不死王アーリマ』を討てと」


「えっ、いや、だが第三軍の総戦力は……」


 グロースの疑問は尤もだろう。今この瞬間に魔王領に進軍する我々で魔王を討つと聞かされたばかりだ。

 フェンデルはもう少し思慮深く、その言葉の真意を考えて、ある程度形になった意見を口にする。


「第三軍が領内に侵入すれば、魔人は纏まった戦力で迎撃をする。魔人王がそれらを率いて城から出てくればそれで良し。出てこなければ、少数で手薄になった城に潜入して討つ。よもやそういう策なのですか?」


「大雑把に言うとそんな感じだね。前にボク達がアーリマと戦って勝ったし、決着をつけて来いって事かな」


「ありゃ勝ったというより、向こうが見逃したんだぞ、鉄板よぉ」


 ギーリンの鉄板発言に、レヴィアは彼が頑張って伸ばした髭を引っ張って抗議する。エアレンドは相変わらず仲の良い事だと思った。

 両者の主張はやや食い違うように思われるが、実際は共に間違っていない。

 一年前に魔人族の王アーリマが人類連合軍と剣を交えた事がある。その時にシング達も魔人王と戦い、多少の手傷を負わせた。

 ただ、致命傷とは言い難かった。反対に連合軍の方が多大な犠牲を支払っており、そのままアーリマが攻め続けたら全滅していたと、誰もが気付いていた。

 なぜアーリマが途中で戦いを切り上げたのか知らないが、円卓議会はこの事実から都合の良い部分だけを抜き取って、不死の魔人王を逃げ帰らせたと盛んに喧伝した。

 目論見通り、連合軍の士気は目に見えて向上して、戦も幾らか優位に運ぶようになったのだから、間違った策ではない。

 それでも王を倒さねば戦は終わらない以上、どこかで魔人王を討つ必要がある。敵の王が軍を率いて出てくれば戦場で討ち、出てこなければ手薄になった城へ赴き討つ。それが今回の軍の一斉攻勢と、アーリマを討つ策なのか。


「どっちにせよ負けっぱなしは格好が付かねえんだから、雪辱戦は望むところだ」


 普段陰湿な雰囲気を纏うバグナスに似合わない、熱の込められた宣言にシングも大きく頷く。


「それで、そんな重大な役目をなぜ私達に教えたんだ?」


「そりゃあ、あんた達にも手伝ってもらいたいからだよ。城から大勢出払っても、留守を任された魔人だって、多少は残ってるはずだからねえ」


 カナリアの返答にエアレンドは一応納得した。

 三人は初陣から五年間で見違えるほどに強くなった。今では単騎で魔人に勝てるほどに強く、息の合ったコンビネーションで倍の数の魔人を倒す事も何度か経験している。おまけに斥候としての能力にも秀でている。敵地への侵入には単純な強さよりも優先される技能だ。それゆえのご指名というわけだ。


「拙者達に手を貸してもらえますかな?」


「「「無論です!!」」」


 一党を代表して頭を下げたシングに、三人は間髪入れる隙もなく了承した。

 純粋にこの英雄たちに頼りにされている。エアレンド達はそれが嬉しかった。



 その後、八人は行軍中にひっそりと独自行動に移り、第三軍から行方をくらました。

 元より目立つ八人の姿が見えない事は、軍の戦士達もすぐに気が付いた。

 決戦を前に臆して逃げたと言う者も居たが、多くは何か理由があって別行動を取っていると感づいて、声高に語る事はしなかった。



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