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東人剣遊奇譚  作者: 卯月
第五章 砂塵の女神
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第10話 もしもの仮定



 ヤトとクシナが魔人の村に戻ったのは夕陽が半分ほど地平に沈んでいる刻限だった。

 普通歩いて移動していたらとっくに夜中になっていたがそこはクシナが道程の八割を竜に戻って飛んだおかげでかなり短縮出来た。

 村に入ると村人の幾人かが二人を取り囲んで今までどこに居たのか問うた。


「昨日の夜に盗賊が襲撃を仕掛けたので撃退してから後を付けて拠点を確認しておきました」


「なっ、なんだと!?それはお手柄だったな」


 村の男衆が二人を褒める。後からサロイン村長も来て事情を聞いて、無事を喜んでから感謝を述べる。そこでカイルとロスタが居ない事に気付いて事情を聞くために自宅へ招いた。

 村長の家は荷物が乱雑に積み上げられてごちゃごちゃしている。楽器やら飾りつけようの装飾品が多い。ヤトの見立てではおそらく二日後の祭事に使う道具だろう。

 クシナはそうした道具には興味を持たずに奥方のフィレが並べる出来立てで湯気の立ち込める夕食の方に視線を向けていた。

 娘のミートはヤト達を見て身構えた。相変わらず人見知りをする娘である。


「おやお二人さん。朝から見なかったから心配してたけど無事でよかったわ。カイル君とロスタちゃんはどうしたの?」


「あの二人は盗賊を見張ってますよ」


「なに?あの二人に任せて戻って来たのか!?」


「あの二人だから任せたんですよ。カイルは斥候としてなら僕より上ですからヘマはしません」


 サロインは年少に危険な仕事を押し付けたと思って腹を立てたが、ヤトの信頼の籠った言葉を聞いて一旦平静を取り戻す。少なくとも会って一日しか知らない自分より、旅の仲間の方が事情は知っているはず。

 言いたい事と聞きたい事はまだまだあったので、サロインは夕食を共にするように勧めた。

 五人は夕食を囲んで座り、客のクシナとヤトが先に料理に手を付ける。

 それから五人は食事を程々に食べて、ヤトが祭事の準備の状況を聞く。


「順調に進んでいる。明日の昼には必要な準備は整うだろう。ミソジの話だと砂嵐が来る前に祭事も終わるしな」


「それは良かった。あとは祭事の最中に盗賊の襲撃を防ぐだけですね」


「あんた達が撃退したのにまだ諦めないのね。十年前もその前もそのまた前も襲って来たのに何で懲りないのかしら」


「信仰や教義というのはそう簡単に割り切れる物ではないという事でしょう。まして魔人に希少な祭具を握られているのは面白くない」


 クシナ以外の食事を取る手と口が動きを止める。家の中に沈黙が生まれてランプの芯がパチパチと燃える音がやけに大きく聞こえた。

 しばしの沈黙の後、サロインが手に残っていた肉を頬張り咀嚼してから真っすぐヤトを見て口を開いた。


「知っていたのかね」


「ロスタはミソジさん親子と会った時から気付いてたそうです。僕達は昨日の夜に教えられました」


「我々が魔人族と知った上で食を共にするのか。人族は魔人と知れば我先に殺そうとすると思っていた」


「儂は人じゃないぞ」


「僕も厳密には人族ではないです。それ以前に種族がどうとか興味ありませんし」


 サロインとフィレは目をぱちくりさせた後に笑い合う。これでは無駄に警戒していた自分達が間抜けに思えて仕方がない。やはりアジーダやミトラの他者への見識の高さは流石だと思った。

 ひとしきり笑った後に二人は青天のような晴れやかな顔になって食事を再開する。


「―――――実を言うと、この村の者はそう人と変わりがないのだ」


「そうねえ、精々が種火を手から出したり、風を起こして砂を起こすのが精一杯。だから戦いになればきっと負けるから人族が寄り付かない砂漠でひっそりと暮らしているの」


 こんなふうに――――フィレが手から生み出した火を使ってランプの一つに投げ入れて灯す。確かにこの程度では大した役には立たない。身体能力も村の力自慢を見ればその脆弱さは察せられる。あれでは牛人や熊人のような獣人の方が余程上だ。

 寿命も強い魔人族よりずっと短命で二百年程度しか生きられないらしい。並のエルフよりも短命だったがそれでも人間の倍以上の長寿だ。

 そうして村人の先祖は何千年も前に隠匿生活を選んで過酷な大地で細々と生き長らえてきた。

 戦いに向かず、少数となれば隠れて生きるのも仕方あるまい。


「僕もつい最近二度魔人族と相対する機会がありましたけど、言ってなんですが村人とは比べ物にならないぐらい強さでした」


「えっ?あの、それはどんな魔人だったんですか!?」


 フィレが目を見開いてヤトを問い詰める。その様相は尋常ではない。


「タルタスという北の国に何千年も前から住んでいる女性の魔人です。それと三千年前に封じられた七十名ほどの魔人達が数日前に解放されたので戦いました」


「三千年?それは不死の魔王の時代の?」


「そう聞いています」


 ヤトの話を聞いたサロインとフィレはなぜかホッとしたような顔になる。おまけに両親の顔を見たミートが不快な顔をして自らの唇を噛んだ。

 そしてミートはヤトにも苛立ち混じりの視線を向けて口を開いた。


「ヤト……さんはその魔人と戦って相手を殺したんですか?」


「ええ、二十人ぐらい斬ってます。お伽噺よりずっと強かったですよ」


「………なんで食べもしない相手を殺すの?そんなこと無意味じゃない」


「強い相手と戦って僕自身が一番強いと納得したいからです。それ以外はあまり興味無いんですよ」


「そんな事のために誰も彼も殺すなんておかしいわ!」


 ミートはヤトを睨みつける。

 彼女のように辺境でただその日の糧を得て穏やかに暮らしている少女にとって、己が納得したいというだけで他者を殺めるヤトは到底理解しえない存在だろう。

 何しろ傭兵や騎士のような戦いで禄を得る者でも、ヤトほどに強さを求める輩は稀だ。戦がからきしの豊穣神の信徒となれば余計に価値観は相容れない。

 ヤトはこうした意見を幾度となく聞いて、己の欲動が世間一般の考えとはズレているという認識は持ち合わせている。しかしそれを改めようと思った事は一度も無いし、これからも改めるつもりは微塵も無い。


「昨日も村の力自慢が一番を決めようとしたように、強さを求めるのは男の本能ですから貴女には理解出来なくて当然です」


「じゃあ貴方が女だったら違うの?」


「えっ僕が?」


 ヤトは一瞬ミートが何を言っているのか理解出来なかった。女顔と言われた事は多くとも、自分が女だったらなどと考えた事も無かった。

 男ならこの世で一番強い男を目指すものだろう。そうして己はずっと強い相手を求めて戦っていた。ではミートの言った通り、もし女だったら強さを求めなかったのか?

 意識が深層へと埋没して横のクシナの声も随分と小さくなった。

 最初に強さを求めたのはいつだったか。確か三歳か四歳――――剣の師に『男児とは強くあるべき』と言われたのが最初だったか。

 仮に女として生まれていたらそのような事は言われなかっただろう。精々教養を身に付けて父から男に嫁ぐように言われてそれでおしまいだ。

 しかしそれに唯々諾々と頷いて男と結ばれて子を産んだだろうか?

 ――――――――断じて否だ。

 己の魂がそのような無為の生を断固として拒否しただろう。この身は切っ先を向けた物を須らく斬るために存在する。ただそれだけを求めている。

 例え剣を握る腕が無くとも口で、足で、腹に刃を突き刺してでも、そこにある何かを斬って己が最も強いと納得するために生きていると慟哭めいた魂の叫びを感じ取った。

 知ってしまえば随分と簡単なものだ。己は魂の欲求に従って今を生きているに過ぎない。


「――――――そうだ。僕は例え女だろうがスナザメだろうが、一匹の虫けらでも戦わずにはいられない」


 ヤトの剣のように冷たく鋭い瞳がミートの瞳を射抜き、彼女は気圧されて震える。

 そしてミートは震えを抑えながらかろうじて、もう寝ると言い放って自分の部屋に引っ込んだ。

 サロインは娘を叱責せずにヤトに謝罪した。ただ彼もヤトを理解したとは言い難い。むしろミートと同様に恐れを抱いて関わり合いになりたくないとさえ感じていた。

 それでも長という立場が逃げる事を拒否して、辛うじて明日の準備があると口実を作ってヤト達にお帰り願った。

 追い出された二人はミソジの家に行って泊めてもらった。娘のローゼはカイルが居ない事に露骨にガッカリしたが、ヤトが祭りの日には会えると教えると少し気持ちが上向いた。

 夜も更け、ヤトとクシナは同じベッドで横になって眠るまでの間、他愛もない話をしていた。


「もし汝が女だったら儂とは子供が作れなかったな」


「でも仲のいい友達にはなれたと思いますよ」


「そっか。それも悪くないか」


 例え性別が違っても、きっと無二の相手としてこうして一緒に旅をした。それだけは確かな事実だった。



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