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東人剣遊奇譚  作者: 卯月
第五章 砂塵の女神
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第7話 落とし物の疑惑



 楽しい宴も終わり、村人達が眠りこけてた深夜でもまだまだ元気な者がいる。

 カイルはロスタを伴って村を囲む岩壁の上まで登った。空を見上げれば月と満天の星空がこの世の物と思えないほどに美しい。

 とはいえずっと目を奪われていては仕事にならない。目を下に戻せば既に先客のヤトがクシナと共に座っていた。カイルも隣に座り、ロスタは後ろに立つ。

 よく見るとクシナはヤトの肩を枕に眠っていた。


「二人ともお待たせ」


 クシナを起こさないように小声で遅れて来たのを謝るがヤトは気にしていない。

 夜の砂漠は冷えるが火は燃料の木が貴重なのと位置がばれるので使えない。だから外套を羽織って寒さを凌いだ。

 寒さは何とかなるが眠気は我慢出来ないのでカイルは欠伸をした後、ヤトに話を振って気を紛らわす。


「それで、本当に盗賊が今夜来るの?」


「盗賊は過去に何度も祭具を狙って襲撃していて、祭事の日取りを知っています。当然村の位置も知っている。今も近くで監視はしていると思いますよ」


「ということは今日のバカ騒ぎも知ってるかぁ。襲撃にはお誂え向きだね」


 カイルは納得しつつ村人の無防備さに溜息しか出ない。

 何というか長年にわたって他者と積極的に交流しない環境に置かれたせいで、排他性は高いくせにどうやって外敵から身を守るかを具体的に思考する能力が失われているのではないのかと思えてしまう。

 宴会に惚けて酔い潰れた連中を相手取るなど、それこそ子供でも容易い。寝ずの番をしろとまでは言わないが、せめて祭事が終わるまでは警戒を解くなと言いたい。

 まあ客人でしかない自分達が言ったところでこの村は誰も真面目に取り合ったりはしないだろう。つくづく面倒くさいが受けた恩を返さないろくでなしにはなりたくない。


「それでアニキの方針は?」


「適当に蹴散らしてから後を追って拠点を見つけます」


「……そうか、こんな砂漠じゃ水を得るのも大変だから近くに陣を張ってないと安心して動けないね。僕が斥候役?」


「いえ、僕達も行きます。場合によってはそこで一気にケリをつけても良いです」


 基本方針はそれでいい。後はアジーダとミトラをどう扱うかも聞いておく。

 ヤトの方針は何もしない、だ。精々村に侵入した賊を担当してもらうように持ち場を分けただけだ。

 元々あの二人は同じ場所にいるだけで味方とは言い難い。なら味方として扱うよりは勝手に動いてもらった方が面倒が少ない。


「それにしてもさ、毎度狙われる祭具ってのは何なんだろうね?」


「さて?そういえば十年周期で何度も狙われたとアジーダさんが言ってましたが意外と年寄りなんでしょうか」


「あのミトラさんも年齢不詳だよね。意外と村の人たちも普通の人より長生きだったりして」


「長生きかどうかは分かりませんが、この村の方々は全員魔人族です」


 ヤトとカイルは反射的にロスタの方に振り向いた。クシナは体勢がズレて地面に頭をぶつけて起きた。

 二人はロスタに同じ事を問わない。ゴーレムは間違いは犯しても嘘は言わない。そしてなぜか彼女は魔人を見分ける事が出来る。なら事実以外に無い。


「今まで言わなかったのはなぜ?」


「すぐそばに居たので言い辛かったのもありますが、あの親子は皆さまに敵意を抱いておられなかったので。村の方々も今日一日観察していましたが、部外者への隔意と排他心はあれど殺意はありませんでした」


「不確定な情報を安易に伝えるのは余計な先入観を与えて危険ということですか。それに魔人族だからと言って無条件で敵対するとは限りませんね」


「元々儂達だってみんな種族が違うしの。良い悪いは自分で確かめるものだし、儂は飯をくれた村の連中はまあまあ好きだぞ」


 クシナの言葉は一切飾らない分、ヤトとカイルの心を代弁している。二人とも同族だから信用出来るなどと頭の緩い思考はしていない。反対にほんの数日前に別の土地で殺し合っただけの種族と同じというだけで敵対する理由は無い。友好関係を築けるのは自分達自身が何よりの証拠だろう。


「では約定通り村の側に立って盗賊と戦う事に異議はありませんね?」


 ヤトの言葉に三人は頷いた。今は飯の恩義の為に戦うだけだ。

 四人はロスタに見張りを任せて軽く眠った。こういう時に睡眠と食事の不要な作り物のゴーレムは強い。



 最初に目を覚ましたのはクシナだった。続いてヤトも目を覚ます。

 空はまだ暗く月と星の時間だ。夜明けまでは三時間という所か。


「今のは…」


 ヤトは何か動物のいななく声を聞いた。馬や牛とも違う、鹿でもない。聞いた事の無い鳴き声だったが確かに何かの動物がいる。

 クシナはヤト以上に鋭い嗅覚と聴覚で東の砂丘を指差した。あの方角から獣の臭いがしたらしい。


「ロスタ」


「はい」


 メイドは言われた通り主人のカイルを起こした。彼は目を擦り、欠伸をしてから準備を整える。ここからは命を取らない戦だ。

 しばらく伏せて東の砂丘を観察していると、稜線の影から幾つもの地を這う虫のような影を確認した。数は三十程度、全て布を顔で隠して、剣や槍を携えている。十中八九あれが盗賊団だろう。

 だた、妙な事に寄せ集めの盗賊でも動きにキレがあり、統制のある動きをしていた。あれは軍事的訓練を受けた兵の動きだ。

 ヤトは何か作為的な臭いを嗅ぎ取ったが、今この場で手筈を変えるのは混乱の元と判断して段取りの変更はしなかった。

 四人は南北二手に別れて盗賊団を挟み込むように大回りする。

 この時点で盗賊側の何人かがヤト達に気付いたが既に遅い。

 足場の悪い砂漠でも常識外の脚力のクシナが一気吶喊して盗賊の一人を叩いて沈める。かなり加減して撫でるように叩いたので気絶はしても死んではいない。

 それに続いたヤトも鞘付きの剣で無防備に後ろを晒した一人の首を打ち据える。こちらも死んでいない。


「て、敵襲!村への襲撃は取りやめ、手近な者と組んで対応しろっ!」


 盗賊達が武器を構えてヤトとクシナを警戒する。そこに反対側から時間差で近づいたカイルとロスタが後ろから急襲する。

 カイルは長弓を鞭のようにしならせて敵を叩き、ロスタは槍とフォトンエッジを使わず、スカートを翻して回し蹴りを盗賊の鳩尾にめり込ませた。

 既に四人が苦悶に喘ぎ、リーダー格の女盗賊が手下を叱咤する。


「馬鹿者ぉ!!あのような蛮族如きに我々『天秤の護剣』が後れを取るなど恥を知れ!」


「ははっ!」


 盗賊達は奮起して三人が同時にクシナに襲い掛かった。片手しかないクシナではどう足掻いても一人しか対処しきれないと踏んだのだろう。

 目論見通り、二振りの剣と一本の槍がクシナの柔肌へ突き刺さった。


「っ!?な、なんだこいつの肌は――――」


 一人が明らかに肉を刺した質感と異なるのに気付いて声を上げるが、クシナは掴んだ剣の柄を叩きつけて返答にした。さらにもう一人の剣士の腕にぶつけて剣ごと腕を叩き折った。残る槍持ちはヤトが頭を殴って昏倒させる。


「これで七人です。諦めて村から手を引いてはいかがですか?」


「ふざけるなっ!!汚らわしい魔人族風情に神具を持たせたまま、おめおめと帰れるものか!!」


 激昂した女盗賊がヤトに斬りかかった。

 しかし足場の悪い砂漠での踏み込みの遅さは致命的だ。ヤトが昏倒した盗賊を蹴り上げてぶつけられた女は体勢を崩してひっくり返った。すかさずの追撃に腹を鞘の切っ先で突かれて呼吸もままならずに意識が混濁する。


「ミレーヌ様ぁ!」


 盗賊達に動揺が走り、その隙にカイル達がさらに三人を攻撃して戦力を削る。

 既に盗賊達は三分の一の戦力を失った。奇襲も察知されて逆撃に遭った以上はこのまま続けても失敗する公算大である。おまけに指揮官も倒れたのだからすぐにでも撤収すべきだった。

 盗賊達は仲間の一人に手振りで指示を送った。彼は懐に手を入れて何かの玉を何個も取り出して空へと投げた。

 玉は空でまばゆい光となって断続的に周囲を白く染め上げた。

 ロスタを除く三人は咄嗟に目を瞑るか反射的に手で遮ってしまう。ヤト達は暗闇を苦にしないが生物である以上は強烈な光には耐性が薄い。唯一ゴーレムのロスタも主カイルの安全を優先して攻撃は断念した。

 まんまと数秒を稼いだ盗賊達は急いで倒れた仲間達を担いで元来た砂丘の方角に逃げて行った。


「一応予定通りではあるよね」


「ええ。逃げるにしても足跡を消す余裕は無いですから、砂嵐でも来ない限りは追跡可能です」


 あらかじめそれなりの水と食糧は用意してある。いざとなったらクシナに乗せて空を飛べば余裕で追跡出来る。

 クシナはふとヤトの足元の砂の上に光る何かを見つけた。拾い上げてみると金製の首飾りのようだ。


「さっきの女の物か?」


「それ『法と秩序の神』の意匠だよ。盗賊が何でこれを?」


 カイルは『剣を乗せた天秤』の首飾りに触れて、通常有り得ない組み合わせに首を捻った。

 大陸で広く信仰されている多くの神の中でも『法と秩序の神』は極めて厳格で犯罪を決して許さない神だ。盗賊のような盗みを働き時には殺しすら許容する人種とは絶対に相容れない。当然盗賊は『法と秩序の神』を信仰したりなどしない。

 これが『富と幸運の神』なら財貨を求める盗賊が信奉するのも分かるが、相反する神の教えを信じるというのは納得がいかない。


「疑問はありますが、それは後で当人達に尋ねてみましょう」


 ヤトは盗賊の落とした首飾りをカイルのポケットにねじ込んで東を指差す。

 催促の通り、今は盗賊達を追って拠点を見つける事が先決だった。

 四人は砂に残る足跡を辿って夜の砂漠に消えた。



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