第3話 砂漠のランチ
ミソジ親子と砂漠でスナザメ狩りをする事になったヤト達はそのままソリを走らせる。
先導役はローゼの肩に居た鷹だ。カイルが名を聞いたらラミと教えてくれた。そのラミが天からスナザメの群れを見つけてくれる。
ソリの舵はミソジが取り、ローゼは上空の友を見張っている。
どこまでの続く砂塵の海原は既に熱を帯びて、カイルは外套を羽織っていても額から汗が流れた。
ロスタは布でカイルの汗を拭き取り、ローゼは水の入ったコップを手渡す。
「砂漠は水が貴重だけど我慢し過ぎると死ぬこともあるから多めに飲まないとダメだからね」
「あ、ありがとう」
カイルは受け取った水を少しずつ口に含んでゆっくりと嚥下する。如何に身体能力に優れるエンシェントエルフでも砂漠の熱さには手を焼いているらしい。
先程涼を取るために風の精霊に風を送ってもらったが、残念ながら熱風が顔に叩きつけられただけで期待通りにはならなかった。ここでは樹木の精霊も見当たらないので日陰も作りようがない。日中の移動はひたすら殺人的な日差しに耐えるしかなかった。
弟分は辛そうにしているが、ヤトとクシナは特に困った様子はない。竜族は体内に火の精霊を宿しているので外界の熱さなどまったく影響は受けないし、ゴーレムのロスタは元から暑さなど感じない。
ミソジ親子はあまり水を口にしない。砂漠の住民は暑さに強いという事だろうか。
拷問のような日差しに一時間は耐えた頃、唐突にラミが上空で旋回し始める。
「見つけたみたいだね。ローゼ、ラミの手前で撒き餌を放つんだよ」
「はーい!みんなは狩りの用意をして。バーラーも気を付けてね」
ローゼは荷物から血生臭い革袋と銛を数本取り出す。ヤト達も弓や剣を使えるようにしていた。バーラーも頭部から潮を吹いて答える。
ヤトはラミの直下の辺りの砂地が不自然に蠢いて盛り上がっているのに気付いた。その盛り上がりはソリを目がけて一直線に向かっている。しかも複数。
幾つもの盛り上がりからは砂を切り裂くような鋭角の突起がせり上がった。
「今だよ!」
ミソジの掛け声でローゼはソリの後ろに蛆の湧いた腐った肉をまき散らした。
突起はソリを無視してすれ違い、後ろの腐肉を目指す。
そして突起から人ほどもある大型の魚が砂を派手に飛ばしながら飛び上がり、我先に腐肉へと殺到した。
「よーしサメ共は食事に夢中だ!一匹で良いから仕留めなよ!」
ミソジに言われた通りカイルは矢を放ち、一番遅れたスナザメに矢を二本当てる。さらにヤトは別の個体に脇差を投擲して頭を串刺しにした。
ソリはゆっくり旋回してスナザメを追う。その間に獲物が逃げてしまうのではないかと思ったが、スナザメは逃げるどころか傷を負った群れの仲間に襲い掛かっていた。
「うへぇ!仲間も見境無しか」
「あいつらは悪食で血の臭いのする物は弱った兄弟だって平気で食べるのさ。しかも我慢なんてしない」
カイルは目の前で貪り食われるスナザメに同情しつつ次の矢を放つ。
ロスタも二又槍を投擲して二頭纏めて串刺しにしつつ、柄に縛り付けておいた縄を手繰り寄せて獲物を引き寄せる。その血で別の個体を引き寄せつつローゼの銛やヤトの剣で仕留められた。後はこの繰り返しだ。
六人は何度も何度もソリの上からスナザメを仕留めて、十を数える収穫を得た。
これ以上は血の臭いに寄ってくる個体がいないのを確認した一行はソリを止めて仕留めたスナザメを一ヵ所に集めた。
ヤトはビクビクと痙攣する一匹のスナザメの尾びれを掴んでじっくりと観察した。そして頭、鰓、背びれなど海に棲むサメと比較してほぼ同種と結論付けた。違いといえば触れた感触がスナザメの方が肉質で硬いというぐらいだ。
まさか砂漠でまたサメを見るとは思わなかった。
「どう見てもサメですね」
「アニキはサメを見た事あるんだ」
「ええ故郷の葦原の東は海に面してますから、漁師が釣り上げたサメなら何度か」
クジラが砂漠に居るのだからサメが居ても不思議ではないが、海でしか見た事の無い生き物を無縁の砂漠で見るというのは妙な気分になる。
「ふーん余所にもサメが居るんだ。それで海ってなに?」
「この砂漠全部が塩を含んだ水に代わった世界を思い浮かべてください。そこに数え切れないほどの生き物が住んでいます。それが海です」
「えぇっ!?この砂全部水なのっ!?そんな土地があるんだー」
「ちょっとあんた達!血抜きしないと身が痛むんだから、喋ってないでさっさと手を動かしなさい!!」
ミソジに怒られたヤト達はバツが悪そうに解体作業を始める。
炎天下での血抜きは暑さと血生臭さで最悪に近い作業環境だったが、六人が手分けして行い手早く十匹を肉へと変えた。
解体した肉は殆どを革袋に入れて持ち帰るが一部はこの場で食べる事にした。スナザメはとれたてが一番美味いと親子は言っている。
仲間に貪られて原型を留めていない肉や寄生虫の巣で食べられない内臓は鷹のラミと砂クジラのバーラーの昼食に消えた。
ローゼは肉に手早く塩を振って手近の岩の上に肉を乗せる。灼熱の太陽に熱せられた岩は天然のフライパンになっていて、程よい火加減の調理器具と化していた。
焼き過ぎないように一度ひっくり返して両面を軽く焼いただけの半生が一番美味しいらしい。
実際に食べてみると、しっかりと血抜きをしたおかげで魚の生臭さとは無縁、身も締まっていて歯ごたえも良く、淡白な味わいは上品な川魚のようだ。
ロスタを除いた五人は焼けたそばからサメ肉を食べ続けて結構な量を食べ切った。今回はロスタも単に肉を焼くだけなので調理を任されて何気に機嫌が良い。
「どうだい、砂漠の飯も中々いけるだろう?」
「って言っても時間が経つと味が落ちるからスナザメの岩焼きは狩人だけの特権なんだけどね」
彼女達の集落では後でスナザメ肉を燻して保存性を高めるのでどうしても味が落ちるらしい。だから新鮮なまま美味しく食べられるのは狩人だけが味わえる贅沢グルメだそうだ。
「さてと、腹も膨れたみたいだし村のみんなも待ってるから行くとしようか」
「村はここから近いの?」
カイルの問いにミソジは空を見上げて太陽を確認してから、少し考えて「明日には着く」とだけ答えた。
六人は後始末をして、スナザメ十匹分の肉をソリの底部にある倉庫に全部押し込み、再びソリを走らせた。
移動中は寝るか話をするぐらいしかやる事が無い。ヤトとクシナは夫婦で仲良く寝ているので、起きているカイルとローゼは主に砂漠の外の事を話していた。
「へーそんなに木や草の沢山生えてる土地があるんだ。いいなー、ここはオアシスの近くにしか木は生えないから一度ぐらい見渡す限り木の緑を見てみたいなあ」
「砂漠は砂と岩ばっかだし住み心地悪いからね。言い方は悪いけど正直人が住んでるとは思わなかった」
「ヒト?……ああ、うんそうだよね。でも生まれ育ったところだから慣れれば平気だと思うよ」
「そうなの?うーんそうかも」
ローゼが作り笑いをしているのは分かったが、すぐお別れをする旅人の自分が安易に旅を勧めるのは無責任と思って曖昧な返事に留めた。
それから二人は互いが今までどんな事をして過ごしていたのかを話し合う。と言っても生まれた時から砂漠で過ごしていたローゼより、旅をして様々な経験をしたカイルが喋っていた。
それでも刺激的な話にローゼは大層喜び、矢継ぎ早に質問したり驚きもした。途中でロスタが茶々を入れてカイルが目を剥く事もあったが、それもまたローゼの笑いを誘って二人は有意義な時間を過ごせた。
ただ、ソリの手綱を握っていた母のミソジは日よけの布の下で複雑な顔をしていたが、娘の笑顔を見て口を開く事を躊躇った。
彼女が何を言いたかったのかは誰も分からなかった。




