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東人剣遊奇譚  作者: 卯月
第四章 囚われの魔
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第38話 弔いの炎



 突如として戦場に舞い戻ったオットーの理力によって地に叩き伏せられたイノーは無言で立ち上がる。彼女は小さな鼻から赤い血を滴らせて、フォトンエッジを構えるオットーを睨みつけた。

 そして無言で手をかざしてヤトを拘束したように念動力でオットーを締め上げるつもりだったが彼もまた掌から理力を放ち対抗した。

 見えない力の応酬は静かな戦いだった。しかし徐々にオットーの顔が紅潮する。彼は両手で理力を放つと今度はイノーの顔が歪み目に力が入った。

 静かな戦いは周囲に影響を与え、両者の中間点の瓦礫はあらぬ方向に飛び散った。

 短くも白熱した力比べは互いの手が弾かれた事で終わる。


「ちっ、互角かよ!!」


「うそっ!うそっ!こんなゴミ虫が何で私と!?」


 理力と念動力、人と魔人、男と女。全く違う二人の戦いは舌打ちと驚愕と共に互角という結果をもたらした。

 これにはラドーンとアローも驚いた。そしてその隙を逃さなかったヤトは吶喊してアローに斬りかかり、咄嗟に放ったレーザーを紙一重で避けつつ彼の左腕を斬り落とした。

 さらに首を刈るつもりだったがその前にラドーンの炎に邪魔されて距離を取った。


「兄様ぁーー!!」


「なによそ見してんだオラァ!」


 オットーは蹲る兄に気を取られた妹に光剣を振り下ろす。

 勝ちを確信したオットーは何故か剣を彼女の白髪が黒く焦げる寸で止めてしまった。彼はいくら歯を食いしばって渾身の力を出していてもこれ以上動いてくれない腕に苛立つ。


「ぐぅ!い、妹に…触るな……」


 フォトンエッジを止めたのはアローの念動力だった。魔人族にとって念動力は生まれつき備わった力。強弱はあっても使えない者は皆無だ。

 命を救われたイノーは兄に駆け寄り彼を労わる。

 ヤトは兄妹に狙いを定めて風のように速く走る。無防備を晒した今なら二人纏めて殺せる。

 そこにラドーンの蛇のようにしなやかで長い首が割って入り、ヤトに鋭い牙と一つに減った黄金の瞳を向けた。


「我が友をやらせはせんぞーー!!!」


 咆哮の後、ラドーンは大口を開けて何人も耐えられない必滅の炎をヤトへと放った。

 炎の塊がヤトを焼き尽くすかと思われた。勝利を確信したラドーンは逆に信じられない物を見た。自慢の炎が勝手に裂けて左右に広がり、敵の通り道が出来た。

 剣一本で文字通り道を切り開いたヤトはそのままラドーンの大口にその身を投じた。

 自ら食われたヤトに敵味方問わず呆気に取られて動きを止めてしまう。

 しかしすぐ後にラドーンは痛みを訴えて巨体を転がした。


「どうしたラドーン!?」


「グュアア!こ、こいつ我の中で……ギャアアア!!!!」


 友の苦悶の叫びにアローはどうすることも出来ず、その間にもラドーンは大量の吐血をする。

 そして血を吐きながら仰向けに転がるラドーンの腹が膨張したかと思えば、爆音を轟かせて粉々に弾け飛んだ。

 肉片が飛び散る中、ごっそりと穴の開いた腹から全身血塗れのヤトが這い出る。鬼の笑いと血の汚れで、まるで地獄の悪鬼が現世に這い出てきたかのような光景だった。


「随分無茶したな」


「片手では古竜の鱗は抜けなかったので、外が駄目なら中ですよ」


 オットーの軽口にヤトは捻じれた右腕を見せて淡々と答えた。口で言うのは簡単だろうが実行するとなると誰が真似出来るものかとオットーは思った。まず竜の正面に立つ事が正気の沙汰ではない。そこから竜の炎を掻い潜るか耐えて、噛み殺されないように大口に自ら突っ込み、消化される恐怖に耐えながら中で剣を振るう。

 口で説明しても頭の悪い冗談だし、実行に移すのは気が狂った自殺願望者の所業だ。その上で成功させて生還しているのだから質が悪いどころか理不尽すら感じる。

 それでもこれで厄介な古竜は己の流した血に溺れるように死んだ。後は有翼の魔人兄弟だけだ。

 兄の方は友の竜の亡骸を前に力無く座り込み、妹は兄を気遣いつつヤト達を警戒する。戦場で放心して座り込むなど殺してくれと言っているようなものだが、ヤトはこういうケースを時々見かける。もっともそれで手心を加えるほど甘くはない。

 オットーがイノーの相手をしている間に、ヤトはアローの後ろに立った。


「兄様っ!立ってください!!」


 イノーの懸命な激励にも兄は耳を貸さない。ヤトはいささか拍子抜けしたが戦の倣いとして剣を構え、最期の情けを声にする。


「せめてもの情けに同じ剣で友の元に送ってあげます」


 その言葉にアローの翼がピクリと動いた。彼は残った右手で竜の頬を撫でた後、立ち上がってヤトへ向き直る。


「―――――殺す」


 アローの顔に怒りや憎しみは宿っていない。あるのはただ研ぎ澄まされたヤトへの殺意だけ。彼は手を使わず広げた翼より二十を超える光を放った。

 指以上の数と広い射角による乱射に加えて時間差を織り交ぜた光の檻に閉じ込められたヤトに逃げ場は殆ど残っていない。

 だがそれでも僅かな空間に身を投げ出して紙一重で避けていく。足に腰に腹に腋に腕に肩にこめかみに、身体のあらゆる場所を光が掠めて火傷を走らせても、怯まず少しずつアローへの距離を縮めていく。唯一壊れて動かない右腕だけは何本ものレーザーに焼かれているが痛いだけなので放っておく。

 一歩、また一歩と兄に近づく鬼を見たイノーは水晶の中に閉じ込められた時以上の恐れを抱いた。

 アレはなんだ?かつての戦で幾度となく人族と戦ったが、あれほどタガの外れた人間は見た事が無い。いや、一度だけ見た事があった。―――――駄目だ。あの時の恐怖を思い出してはいけない。思い出してしまえばきっと自分は子供のように泣いてしまう。

 何とかして兄に加勢したい。しかしもう一人の害虫が意外と手強い。自分達と似たような力を振りまく身の程知らずに抑え込まれるのは度し難い程に不快だ。こうなれば後は兄を信じるほかない。兄ならきっとあの化物に勝ってくれるはず。

 既に向き合う二人の距離は十歩まで狭まった。この時には放たれたレーザーは百を優に超えていた。ヤトの身体は無数に火傷が走り、直撃を受けた右腕は炭化してまともな部分の方が少ない。それでも剣を握り、確かな足取りで敵に向かい合う。

 もはやここに来て言葉は不要。殺すか殺されるかの生存競争。剣がアローを心臓を貫くのが先か、光がヤトの心臓を貫くのが先かの違いでしかない。

 十歩でヤトは回避に専念する。ここまで来れば後は刹那の刻をもってアローの首を斬り飛ばせる。必要なのはレーザーの合間だ。

 だから敢えて一瞬だけ足を止めた。アローが一斉射撃で勝負を決めるように誘導するために。

 読み通り彼は躱す隙間も逃げ場も無い光の檻を生み出しヤトを閉じ込めた。アローは勝利を確信した。この光の檻から逃れられる筈が無いと。

 ヤトはその場で翠刀を回転させるように投げてレーザーの囲みを崩した。しかもその剣はアローの首を刈るように飛んでいる。


「ふん!」


 アローは右手を突き出し、回転するギロチンの刃のような剣を念動力で空中に縫い付けてしまった。

 無手となったヤトを確実に殺すため、再び翼からありったけの光を撃ち出すために息を整えたアローは己の呼吸が漏れているのに気付いた。彼は喉から血を滴らせて本能的に右手を手に当てた。

 喉には小さなナイフが刺さっていた。それはヤトが翠刀の柄から抜いて投げた黒塗りの投擲ナイフだ。最初から翠刀は囮、本命はこのナイフを投げる事だった。

 意識が乱れた事で念動力の拘束を解かれた剣が重力に引かれて地に落ちる前に、ヤトは剣を掴み取って喉を抑えるアローの心臓を貫き、そのまま脊柱を切断して胴を半ばまで斬った。


「兄様ーーーーー!!!」


 悲痛な叫びをあげるイノー。それはオットーに致命的な隙を晒す事。当然のように後ろを向いた敵を見逃すはずもなく、女魔人は後ろからフォトンエッジにより唐竹割にされた。


「ったく、よそ見すんなって言ったはずだぞ!」


 勝つには勝ったがいまいちすっきりしない勝ち方に語気が荒くなる。せっかく修業したのにまだ半分も成果を出していない。

 ヤトはオットーに構わず兄妹の死体を竜の炎に投げ込んだ。残りカスのような火でも肉を焼くだけなら十分だ。それが終わると瓦礫から布を見つけて右腕に巻き付けて動かないように固定した。


「弔いはこれで十分でしょう。さて、貴方はこれからどうします?僕はまだ戦いますけど」


「まだ状況がよく分からねえが、こいつらのお仲間がまだまだいるんだろ?なら魔導騎士として働くよ」


 二人は未だ戦闘の音が響く西側地区へと歩き始めた。戦士の夜はまだ終わらない。



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