表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東人剣遊奇譚  作者: 卯月
第四章 囚われの魔
125/174

第37話 戦友



 五人が城から出た時、既に王都の北は炎が燃え上がり、それ以外でもあちこちから悲鳴と剣戟が響く戦場さながらの事態になっていた。

 カイルは真っ先に手近な物見櫓に登って王都全体を見渡す。


「どうです!」


「北にドラゴンが三頭で街は火の海!!そこから西に広がるように沢山の悲鳴と戦闘!!東と南はあんまり騒がしくないけど火事が幾つか」


 カイルの情報でヤトは大体の戦況を把握した。ドラゴンが暴れ回っている北は火に呑まれてほぼ無人。西は多くの魔人族とセンチュリオンが交戦中。東と南は放っておいても良い。多くの魔人には興味があるが、今選ぶとしたらやはり大物のドラゴンだろう。


「僕はドラゴンと戦うつもりですが、ヘファイスティオンさんはどうします?」


「当然ドラゴンよ!お前一人で三頭も取るんじゃない!!」


「儂にも一頭ぐらい残さないか。久しぶりに同族と遊んでやる」


 人数分のドラゴンが居て取り合いにならずに助かった。後はカイルの担当になるが彼は一対一でドラゴンと戦う選択は間違ってもしないだろう。

 櫓から降りて来たカイルにドラゴンとの戦いを告げると、予想していたのか特に反対しなかった。しかし彼はきっぱりとドラゴンと直接は戦わないと言った。


「僕は水の精霊に頼んで火を消すよ。それと高所から近くの魔人に矢を撃つぐらいならするつもり」


「分かりました。自分に出来る事をしてください」


 方針を決めた五人は躊躇う事なく業火に呑まれる都の北へとその身を投じた。



 寝間着のまま逃げ惑う人々が街を埋め尽くしてしまい、まともにドラゴンに近づけないと思った五人は屋根の上を駆け抜ける。

 ヤトは屋根からよく見える三頭の色違いの竜を見て、嫁にある事を尋ねた。


「あの三頭のドラゴンの性別は分かりますか?」


「あー汝からは分からんか。えっと、手前の赤黒い二頭がメスで離れている青紫っぽい鱗のがオスだな」


 竜の事は竜に聞くのが一番だ。クシナを嫁にしたヤトでさえ竜の性別を外見から判断するのは無理だった。ただし、どこで見分けているのか問うてもクシナは臭いで分かるとしか答えなかった。竜には性差の外見の違いはあまり無いらしいが、一応歳は角の大きさで何となく分かるとのこと。それとあの三頭はクシナより大分年下だそうだ。


「なら僕は青紫と戦います。構いませんか?」


「おう俺は構わんぞ!奥方も良いか?」


「んー」


 二人とも異論は無く、話は纏まった。

 カイルは三人から離れて火災現場で一番高い建物の神殿の鐘楼に陣取った。ここからなら周辺を一望出来て狙撃にも適している。ロスタは主人の護衛役としてぴったりと侍る。

 三人もそれぞれの相手を見定めて別れた。普通なら業火の海に飛び込むのは自殺行為に等しいが三者は普通ではない。少し熱い程度にしか思わなかった。

 最も遠い場所で火を吐き続ける青紫のドラゴンを目指すヤトの後ろで破城槌を叩きつけるような爆音と戦鬼の咆哮が轟いた。既に戦は始まっている。

 聞き伝えする地獄のような場所を疾走するヤトの頬に冷たい物が当たった。上を見上げればみぞれ交じりの雪が降っていた。雪は次第に強さを増していく。これはおそらくカイルが精霊に頼んで降らせている雪だろう。炎の中に降り注ぐ雪とは中々に洒落ている。

 青紫の竜は仲間が交戦しているにも拘わらず、相変わらず己こそ支配者と言わんばかりに死と破壊を振りまいていた。クシナの言ではあれはまだ少年程度の若いエンシェントドラゴンだ。きっと久しぶりに外に出られた解放感と爽快感で気分が昂っているのだろう。

 当然ながらヤトの事などまるで意識しない。よしんば視界に入れた所で精々が自分から火の中に入ろうとしているハエか何かと思って気にも留めない。

 ならどうする?答えは決まっている。


「『風舌』≪おおかぜ≫」


 気功剣の一振りで捻じれた角を叩き斬り、返す刀で右翼を刎ね飛ばした。

 予期せぬ痛みに竜は転げ回って瓦礫をまき散らした。そして痛みの元を辿り、視界にヤトが映る。青紫の若竜は憤怒に塗れた黄金の瞳で敵を睨みつけて、剣のように鋭い無数の牙をガチガチと鳴らした。


「殺すっ!!!」


 短くも殺意に満ちた言葉の後に竜は身を震わせて巨大な炎を放った。魔法金属すら跡形もなく焼き尽くす煉獄の炎は、しかしヤトにかすりもせず足場の家周辺を焼くに留まる。彼はもっと前に地を駆って若竜の足元へと肉薄。翠刀の一撃で鋼に勝る鱗で覆われた左前脚を切り裂く。

 並みの竜ならここで勝敗は決まるが相手は若くとも古竜、頑強さはクシナに準ずる。如何に竜の力を得たヤトでも渾身の力を込めねば両断とはいかない。

 青紫の竜は痛みに狂いそうになっても敵の位置を見失わずに尾で打ち据える。当たれば原型を留めず挽肉になる一撃も刀で難なく防いだ。神代のエルフが鍛えた業物は古竜の一撃にもよく耐えてくれる。ヤトはこれで女も斬れればと嘆くが、今は頼もしい得物と思って柄を握り直す。

 そうしているうちに爪による若竜の追撃を受けるがそれも上手く力を逃がして逆に爪の一本を斬り飛ばした。


「この虫けらがあぁぁぁぁ!!!」


 怒り狂った青紫竜が爪、牙、尾、炎を出鱈目に繰り出し、破壊の限りを尽くしてヤトを殺そうとした。どの攻撃とて一撃でも喰らえば即死は免れない。

 しかしヤトは全てをするりと抜けおおせて、再度竜へと肉薄。憤怒に燃える瞳を捉えて翠刀で抉った。巨大な眼球を潰す感覚は気持ちの良いものではなかった。


「グギャアアアアアアアアア!!!!!」


 王都に竜の絶叫が響き渡る。耳を塞ぎたくなるような大音量に、離れた場所で同じく竜と戦うクシナ達、さらに離れた所で血みどろの乱戦を繰り広げるセンチュリオンと魔人達の動きを止めた。

 とどめにヤトは気功の奔流を眼窩に流し込もうとしたが、その前に竜は痛みに狂って暴れ回ったので剣が抜けてしまった。そのまま勢いで弾かれて瓦礫の山を転がる。

 最高のチャンスを逃してしまったが、立ち上がりながら狂い乱れる古竜を見て満足しておく。やはり竜でも目は鱗に比べて柔らかい。抉るには炎と牙を回避して眼前に身を晒さねばならないが、一応の弱点と言えるだろう。妻と戦う時には有効打になる。

 そこでヤトは少しばかり己が忌避感を抱いていることに気付いた。クシナを殺して己が最強になる目的は褪せていないが、あの夕陽のように美しい瞳を肉塊にしてしまうのはどうにも惜しいと感じてしまう。まあ目の前で荒れ狂う黄金瞳のオス竜はどうでもいいから、精々最愛の嫁を殺す時の練習相手として役に立ってもらうとしよう。

 今度は痛みで転げ回る古竜の腹に狙いを定めて疾走、刺突を繰り出す。

 だがそこで思わぬ邪魔が天から降り注いだ。月明かりの闇を切り裂くように何本もの光の矢がヤトのいた場所を貫く。咄嗟に避けなかったらどうなっていたか。

 光の源の空を見上げるとそこには人が浮かんでいた。否、翼をもつ者を人とは呼ばない。その者は一対の白い鷹の翼を持つ若い男女だった。どちらも端整な相貌であっても不気味な青白い肌とそれを包む白装束、色素の抜け落ちたような白髪。今も舞い散る雪が結晶になったような白い二人だった。

 こんな状況に割って入る以上は敵と割り切って警戒するが、二人組は予想を超えた。女が手をかざすとヤトの身体が浮き上がって地面に叩きつけられた。次は右、それから左、また上、そして下。瓦礫や地面に叩きつけられても大してダメージは無いが成すがままというのはそれなりに腹が立つ。


「薄汚い害虫は地を這うのがお似合いよ」


「我が友の痛み、万倍にして返しても飽き足らんぞ下等動物!」


 嘲笑と憎悪の違いはあっても男女がヤトに向ける感情は似たようなものだ。嫌悪と侮蔑、翼持つ白い男女は心からヤトを見下していた。

 女が不可視の力でヤトを抑えている間、男の方は暴れる竜に近づき、顔を撫でて落ち着かせた。


「おぉお!アロー、助かったぞ!イノーもすまん」


「気にするなラドーン。俺とお前の仲ではないか」


「お礼はアロー兄様の分だけで足りているわよ」


 親し気に言葉を交わす三者。はっきりした、あの兄妹は竜と共に水晶に封じられていた魔人族だ。

 敵なら何の遠慮もいらない。ヤトは全身に気功を巡らして自由を奪う念動力から脱し、剣で瓦礫を空高く巻き上げて女の注意を逸らす。その間に竜の隣にいる兄のアローに斬りかかった。

 上空のイノーはすぐさま念動力で再度拘束しようとしたが射線上の瓦礫が邪魔をしてヤトを捉えられない。その隙に距離を詰めるも今度はアローの指先から五本の光線が撃ち出され、回避した所にさらに反対の手から同じく五本の光の内、二本がヤトの身体を焼いた。

 痛みに顔を歪めてもヤトは足を止めない。逆に翠刀を突き出し、気功剣≪長風≫でアローの腹を貫く――――――はずだったが、いかなる理由か不可視の槍に気付いた古竜ラドーンは青紫の鱗が抉られても身を挺して友の盾となった。

 当てが外れても構わずアローに突っ込むが、上からの殺気の警鐘に髪がちりちりとする。咄嗟に横に飛んだが、一瞬遅く右手が捕まった。


「捕まえましたわ。悲鳴を上げなさい虫けら!」


 嗜虐的な音色と共に、ヤトの右腕があらぬ方向に捻じれて骨の砕ける音が響いた。痛みに歯を食いしばり、取り落とした剣をどうにか左手で回収してから力尽くで念動力から脱した。

 ヤトは珍しく舌打ちした。潰れた腕の痛みは我慢出来るが利き腕が使えない事は厄介だ。あの兄妹なら片手で斬れても竜はそうもいかない。その兄弟とて強力な遠距離攻撃手段を持っているので倒すには中々てこずる。

 ああ、だからこそ得難い。こういう窮地を覆してこそより一層強くなれると信じている。

 アローはヤトの鬼の笑みを見て苛立った。かつて王と共に戦場を駆け抜けた時に何度か見た事のある笑みだ。あの人間は腕を砕かれて数で負けてもなお自分が負けないと信じている。

 そいつらの卑劣な罠にかかり、永遠とも思えるような時を冷たい地下で過ごす羽目になったのを思い出し、羞恥に顔を歪ませて叫ぶ。


「不遜だぞ薄汚い人間無勢が!」


 両の手しめて十の光線がヤトに襲い掛かるが、あからさまな予備動作を見切って移動する。しかしその先にラドーンは灼熱の炎を吐いて待ち伏せた。それも躱し切ったが、上から冷静に俯瞰していたイノーの念動力に捕まり、またも自由を奪われてしまう。


「無様ですね。次は足かしら?それとも一思いに首?」


 イノーがわざといたぶるように徐々に首への締め付けを強めていく。気功によって強化した首はまだ無事だが、どんどん強くなる握力に少し焦りも感じている。

 何か状況を変える一手があれば……。努めて冷静に敵を把握して反撃の機を伺う。


「あらあら、存外に頑丈な事。でもいつまで持つかしらね――――――あうっ!!」


 まだ何もしていないのにイノーは上から押し付けられたように瓦礫の山に叩きつけられる。ヤトの拘束も解けて自由になった。周囲を見渡せば、いつの間にか顔が見えないぐらい深く外套を被った人が手をイノーに向けて佇んでいた。

 外套の人物は炎を気に留めずズカズカとヤトに近づき、彼の頬に拳を食らわせた。殺気は感じなかったが予想外の一撃は意外と効いた。


「お前なに遊んでんだっ!?」


 苛立ちと怒気を孕んだ言葉と共に外套がはだけて赤髪と幼さを残した貌が露になる。


「オットーですか。しばらくぶりですね」


「戦場で暢気に挨拶なんてすんなよ!……おい、一人俺に回せ」


「分かってるでしょうが強いですよ。それでいいなら女性の方を任せます」


「けっ!今まで遊んでたわけじゃないのを見せてやるよ!!」


 オットーは大言を吐いてフォトンエッジから炎刃を生む。なぜ今この場にいるか問わないが、肩を並べて戦うのに不足無い戦士が増えた事を喜ぶべきだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ