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東人剣遊奇譚  作者: 卯月
第四章 囚われの魔
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第28話 生きるための足掻き



 ≪タルタス自由同盟≫首領タナトスは己の命がまだ尽きていない事にさして驚いてはいなかった。元より生まれ落ちた時より死と隣り合わせの上で、なお死なずに今まで生き長らえているのだから、相当に悪運は強いと思っている。

 よって今回もまだ死ぬ事は無いと思って精一杯クソッタレな運命に抗うつもりだ。

 幸いにして脅威一に対して味方は自分を含めてまだ二残ってる。ここは自分の城なのだから、とにかく粘って時間を稼げば援軍が来てくれるだろう。そう思って剣を振るわなければ怖くて足が動かない。


「恐いのならさっさと首を差し出せ。そうすれば一瞬で終わらせてやるぞ」


 黒衣を纏う並の男より頭三つはでかい偉丈夫が血生臭い口から処刑宣告を偉そうにのたまう。赤黒い肌をした手には三叉の槍、トライデントと呼ばれる海で使われる銛を模したフォトンエッジを頭上で車輪のように回して威圧する。

 回転する炎刃で天井から吊るしたシャンデリアが砕けた。クソが――また部屋の内装を一からやり直さないと。


「ロスタ…後で掃除を頼めるか」


「承知しましたタナトス様。ですがまずはこちらの招かれざる客人にお引き取り願わなければ難しいです」


「はっ!俺に向かって皮肉を言えるとは、よく出来た人形よ!壊すのは惜しいが槍を向けるなら容赦はせん」


 服の上からでも分かる鋼鉄の鎧の様に隆起した赤黒い筋肉を漲らせた臭いオーガの男が実に楽しそうに槍をロスタへと向ける。

 彼女の着ていたメイド服は槍の炎で半分燃えてしまい、既に服として機能せず華奢な身体に襤褸切れが引っ付いている程度にしか機能していない。クソが――戦いにかこつけて女の服を破るとは、とんだ変態オーガめ。頭のご立派な一本角は股間のアレと繋がってるってのかよ。

 肌も随分と焼け焦げていて見るからに痛々しいが、ゴーレム故に痛みを持たないのがせめてもの救いだった。

 愚痴はともかく今は一秒でも長く粘って持たせるしかない。右肩を突き出す半身に右手のフォトンエッジを水平に構えてギリギリまで被弾面積を抑える。

 前に陣取るロスタも二又の槍を構えて混血オーガの攻撃に備えた。

 オーガが大きく踏み込み、石畳を揺らして両手で構えた三叉槍による必殺の突きを放つ。

 瞬きしては見逃す閃光の如き連続突きを前衛のロスタはどうにか弾いて凌いでくれる。とはいえ後ろが安全かと言えばそんなはずはなく、常人の倍は長い腕と長大な槍の間合いは容易くロスタの防御を通り抜けてこちらにまで届いた。それをどうにか躱し、逸らし、受け流して命を拾っている。

 流石というべきか、センチュリオンの副団長≪赤鬼≫ヘファイスティオンは伊達ではない。

 オーガの血を引く卑賤の奴隷上がりと侮蔑を受ける身で、ただ力のみでセンチュリオンのナンバー2の座をもぎ取った男の力量には逆立ちした所で勝てはしない。

 元より己は戦士にあらず、詭弁を弄して他人を躍らせる詐欺師の類だ。そして相手はトロルやオークと違う言葉を持つ者。なら己の領分に引きずり込めない道理は無い。


「いくつか尋ねる。俺の首にはどれだけの価値がある」


「イドネス将軍は相応の領地を用意すると言っていた」


 一つ答えが返ってくるのに五度の突きがオマケに付いてくるも、どうにかロスタが防いでくれた。

 仕掛け人は武辺者の第三王子か。襲撃はここ以外にも当然あるだろう。―――――シノンは死んだか。


「シノン王子の首の対価はなんだ?団長の座か何かか?」


「俺が受けた仕事は弟を操る邪悪な叛徒の首を獲る事だ。将軍はそれで手打ちにすると言っていた」


 読めた。イドネスは俺の首を警告にして弟のシノンを押さえつけるつもりか。実弟を洗脳していい様に操る叛徒を将軍の命を受けたセンチュリオンが討ち解放する――――そういう表向きの脚本を用意すれば降伏しやすいと思ったのだろう。

 見え透いた小細工だろうが、実際に弟を手にかけて汚名を被るよりは余程鮮やかな手法だろう。何が何でも王になるという覚悟に欠けているとも言えるが。


「意外と謙虚だなアンタ。それだけの強さがあればこの国を奪い取れたんじゃないか」


「勘違いするな。俺は領地に興味は無い。部下共は財産や出世を欲しがるだろうが、俺は別に目的がある」


 その割に自分で首を取りに来たのだから格好つけていると思ったが、黄金の瞳に欺瞞は宿していない。

 ロスタが鬼の三叉槍の隙間に自分の二叉槍を差し込んで、地面に引き摺り降ろして両方の槍を釘付けにした。

 その隙に背に隠していた鍔付きのフォトンエッジを展開して、≪赤鬼≫の左腕を斬り付ける。


「ふん」


 だがヘファイスティオンの槍から炎が消えて拘束が解けた。自由になった柄をロスタにぶつけて壁まで弾き飛ばす。

 強烈な一撃を食らったロスタは立ち上がろうとしたが、膝に思うように力が入らず壁に身を預けて動かない。

 ゴーレムは頑丈だから完全に壊れたわけじゃないだろうが、戦えるような状態じゃない事ぐらいは分かる。これは拙い。まずいまずいまずい。


「さて頑張ったようだがそろそろ雑事は終わらせるとするか」


「人の首を雑事なんて言うんじゃねえ。ならアンタの目的はなんだ?せめて教えろ」


 観念したように見せかけてフォトンエッジを手放した。下手に抗って一瞬で首を刎ねられるよりは無抵抗を装い会話を長引かせた方がいい。

 何でもいいから喋ってくれ。こいつが顔に似合わずお喋りなのを願うぞ。


「まあいいだろう。―――ブレスという小さな街にドウという年寄りの代官がいた」


「ブレス………ドウ……あっ」


「聞いた話じゃその年寄りを殺したのはお前達叛徒だそうだ。殺した奴は若い剣士だったとか」


 思い当たる節があるというか確信した。ヘファイスティオンの瞳を覗き込めば、そこに怨みや悲しみ、怒りも憎しみも無い。ただただ、探求心と興味だけが宿っていた。俺とは違うか。

 赤鬼は俺の反応にニヤリと生えそろった鋭い牙を見せて、血の臭いのする息を吐いた。


「もしかしたらここに来れば会えると思ってな」


「そのドウという年寄りはアンタの何だ?」


「魔導騎士としての師だ。随分と手を焼かせて面倒も見てもらったよ」


「師を殺した相手に会ってどうするんだ?殺した怨みを晴らそうって感じには見えないが」


 何となく答えは分かっていたが、時間を稼ぐためにあえて質問する。

 ≪赤鬼≫は何も言わず、トライデントを頭上で回転させて、十分に勢いを付けてから石突を石畳に叩きつけた。

 ありあまる腕力と回転力の乗った槍によって石畳は砕け散って、飛沫が礫となって襲い掛かった。痛い。


「知れた事よ。俺が求めるのは強者との戦いだ」


「師の敵討ちは良いのかよ」


「それはオマケだな。ドウ師とて元はセンチュリオンだ。尋常な立ち合いの中で命を落とすなら怨みは無かろう」


 荒々しく暴力的でありながら、どこか無邪気な笑みを作るオーガの騎士が単純で羨ましいと思った。

 そして騎士は再び槍から炎刃を生み出して俺に突き付けた。


「そういう訳だ。私事の前に最低限の仕事はしておきたい。ではさよならだ」


 今まで散々他人を好き勝手動かしてきたが、これは年貢の納め時か。

 覚悟を決めた時、出入り口から一人分の足音が聞こえた。どうやらまだ悪運は尽きていなかったらしい。

 現れたのは血に濡れた緑の東剣を持つ優男。見た目に反して途轍もない力量を持つ剣士。目の前のオーガが≪赤鬼≫ならこいつは≪剣鬼≫だ。


「ああ、まだ生きていましたか。悪運が強い人だ」


 なかなか酷い事を言う。どうせ俺が死んでても奴ならさして関心を抱かないだろうが、今この時は来てくれた事に感謝ぐらいはしたい。

 剣鬼ヤトは壁にもたれ掛かっているロスタを見た後、ヘファイスティオンを見上げて口元を吊り上げて嗤う。あれは鬼を前にどうしようもなく楽しいから笑うのだ。正直頭がイカれているとしか思えないが、今これほど頼もしい奴は他に居ない。

 安堵から息を吐いた。その瞬間に剣鬼の姿が消えた。


「ぬうっ!!」


 金属同士がぶつかり合う音が響き、槍を両手に構えたヘファイスティオンが一歩後ろに下がる。

 あの巨体が下がるとは一体何が起きたのか。


「今のを受けますか。図体ばかりが取り得の木偶では無いですね」


「ドウ師が負けるはずだ。これほどの剣は受けた事が無い」


「ドウ?ああ……道理で槍捌きが似ていると思いました」


「師の仇討ちというわけではないが手合わせ願おう!!」


 赤鬼が槍を構え、応える様に剣鬼も得物を構えた。ここから先に言葉は要らないということだ。

 ひとまず二人の鬼の邪魔にならないように離れて、ロスタも介抱してやらねば。



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