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東人剣遊奇譚  作者: 卯月
第四章 囚われの魔
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第18話 横合いから殴り殺す



 翌朝。目を覚ました≪タルタス自由同盟≫は手早く朝食を腹に入れると行軍を開始した。ここからは無用な音を立てず、隠密を心がけての行軍だ。

 歩き続けて数時間後。軍は小高い丘の中腹で足を止めた。

 斥候を放ち、兵士達の多くは待機中に武器の点検および刃の部分に布を巻いて殺傷力を落とす作業をする。今回も兵士にされた亜人奴隷を殺さず倒すつもりだ。

 ヤトやオットーを含めた一部の者は武器の点検はしても非殺傷の細工をしない。彼等が相手をするのは魔導騎士や魔法を使える貴族だ。手加減など考えたら逆に殺される。

 武器を用いないクシナとクロチビは暇そうにしているが、両名にも戦の役割は割り振られていた。

 それぞれが戦の前の時間を過ごし、やがて斥候が戻ってタナトスに耳打ちした。


「みんな、この丘の目と鼻の先にヒュロス家とラース家の軍が陣を張っている。戦はすぐさま始まるだろう。そこを俺達が機を見て横合いから殴りつける!!あと少しの辛抱だ」


 兵士達は声を上げず腕を天に向けて振り上げて己の魂を鼓舞した。

 タナトスは一部の指揮官、それにヤトとオットーを連れて丘の頂に登り、戦況を見張る事にした。

 まばらな木と岩の転がる殺風景な丘の下の平原には蠢く二つの塊がある。一方は黒い旗を掲げたヒュロス家、もう一方が白い旗を掲げたラース家だ。

 平原と言っても完全な平らではなく、少し傾斜が付いており、位置はラース家の方が高い。それだけでも地の利はラース家に味方していた。

 ともに兵の数は千程度。前衛は粗末な防具と槍の獣人ばかりが秩序無く何となく固まっている。後方は煌びやかな武具を纏った騎士が整然と並び、色とりどりの布で覆われた陣幕が張られていた。

 眼下に動きがあった。ラース家からねじくれた角笛の重厚な音色が響き渡り、それを合図に白旗の獣人兵が一斉に突撃を始めた。

 ヒュロス軍も一拍子遅れて前衛の獣人兵が駆け出すが、いかんせん登り坂になっていて相手よりも勢いが無い。

 激突する兵士達。そこに磨き上げられた戦術や一糸乱れぬ連携は存在しない。ただただ真っ向から力をぶつけ合うだけの泥臭い殺し合いの光景があるだけだ。


「くっ首領!」


「いや、まだだ。まだ早い、堪えろ」


 猪頭の獣人が怒りを含ませた唸るような声でタナトスに訴える。猪頭にとって目の前に転がる罪無き獣人はかつての自分達だ。失われる命を助ける事が出来るのに、それを見ているしかないのは身を切るように辛い。

 部外者が何を思おうとも戦は続き、獣人兵は槍で突かれ、盾に圧し潰され、踏み付けられて死んで行く。戦況はラース家に傾いているが、不利になるヒュロス家の本陣に動きは何もない。まるで兵がどれだけ死のうとも構わない。負けても良いと思っているように思える。

 ヤトが目を凝らして両軍の陣幕を見れば、どちらも酒を飲んでまともに戦を見ていなかった。人死にどころか勝ち負けにすら興味が無いのか。


「オットー、二つの家は裏で申し合わせて勝敗を決めているんじゃないんですか?」


「へえ、よく見てるな。あんたの言う通り、あの家は毎年筋書きを立てて勝ち負けを決めてるぜ。たぶん今年は地の利を得たラースが奴隷兵を多く倒して勝鬨を挙げるって話で纏まってるんだよ。ただそれだとヒュロスの面子が立たないから後で初陣の騎士に首を挙げる手筈も整えてるぜ」


 ヤトに聞かれたオットーは八百長試合をする両家を嘲る。彼は短慮で手柄を欲しがる子供そのものだが、それでも外野が整えたお着せの手柄に価値を見出さない騎士としての誇りは持ち合わせている。なればこそ眼下に広がる血生臭い芝居に嫌悪感を持つのだ。

 騎士の名誉は己の命を賭してしか得られない。それをオットーは知っていた。

 とはいえ戦は観戦者の感傷に関係無く推移を続ける。ヒュロス側の奴隷獣人部隊が半壊した所で、ラース軍中衛のそれなりに装備の整った歩兵部隊が前進を始める。中には騎乗する兵士もちらほら見えた。装備の良さから土豪の集団だろう。

 勢いに任せるラース軍が敵を追い立てる。このまま大勢が決まるかと思った矢先、ヒュロスの本陣に動きがあった。

 本陣から逞しい巨馬に跨った光り輝く鎧を纏う騎士数騎が兵の隙間をかき分けて前線へと躍り出た。

 騎士達が駆け抜けながら槍で剣で奴隷兵を次々と血祭りに上げる。彼等は血に酔っているのか、はたまた興奮しすぎて恐怖とも歓喜とも判別しない叫び声を挙げながら、狂ったように武器を振るっていた。

 戦場の空気に慣れていない振る舞いを見るに、あれが今回武勲の底上げをする新人だろう。

 兵士の頭に剣が食い込み、胴に槍が突き刺さり、馬に潰されるたびに待機している同盟兵士の腿に爪が食い込み、酷いと出血までしていた。


「―――そろそろ、頃合いだな」


 タナトスはもう少し後にするつもりだったが、こちらの兵が耐えられそうにないと思って、中腹に待機している兵士に突撃の準備をさせた。

 丘に登った同盟軍にまだ両軍は気付いていない。誰も彼も奇襲を受けるなどと考えもしない。


「よーし、ラース軍の横っ腹を殴りつけてやれ!!突撃だーーーー!!!」


 同盟軍兵士が丘を駆け下りて白旗のラース軍に猛然と襲い掛かった。

 正体不明の軍に突然の奇襲を受けた両軍は大混乱に陥ったが、襲われていないヒュロス軍はまだ冷静さを失わなかった。

 それでも打ち合わせに無い襲撃には思考停止してしまい、前衛の騎士は本陣に事情を聞きに戻る始末。

 その間に同盟兵士は規律ある攻撃で次々とラース兵を殺さず無力化していった。


「なんだあいつらは!?ラモン、一体どういうことだ!!」


「わ、私にも何が何だかさっぱりわかりません!!」


 ラース軍の陣幕内で一段高く一等上等な椅子に座っていた大将イーロスは怒りのあまり秘書官を怒鳴りつけた。それで少しは落ち着き、すぐさま乱入してきた謎の軍を叩くように命じた。


「ですがそれではヒュロスが」


「そちらは前衛の奴隷と土豪の一部に適当に相手をさせて時間を稼げ!今は乱入した連中の勢いを殺すのが先だ!!」


 伝令がイーロスの命令を伝えに行った後、側仕えの兵士や魔導騎士が緊張しつつも武器を抜いていつでも戦えるように備える。

 しかし彼等の上空を巨大な影が横切った後、真後ろに巨体が降り立ち、振動でテーブルの杯が転がった。

 騎士の一人が天幕を剣で切り裂いた先にはクシナが乗った黒い岩竜がチロチロと火を小出しにして陣幕の面々を眺めていた。


「ど、ドラゴン!?」


 最強の幻獣の登場に、本陣は混乱の極みになった。その上、反対からは剣戟と苦痛に呻く声が上がる。

 そして陣に張られた布が全て切り払われて丸裸になり、剣を抜いたヤトとオットーが姿を見せた。


「どうも初めまして≪タルタス自由同盟≫です。あなた方には二つの選択があります。この場で死ぬか頭を下げて命乞いをするかです」


「!えーい、神が定めし理に唾を吐く痴れ者を斬り捨てぃ!」


 イーロスの言葉に従い、三人の騎士が一斉に襲い掛かったが、ヤトが左手の袖に隠した鬼灯の短剣の伸びた剣身によって、三人とも一瞬で首を飛ばされて絶命した。


「動揺して先読みすらしないとは。あ、いつもの取り決めは有効ですから振るって戦うといいですよ」


「けっ言われなくとも!」


 オットーは鉄剣を構えて一人の騎士と対峙した。―――と思わせて、急に横を向いて死んだ同僚の姿に動揺して目を離した別の騎士の喉を貫いた。


「騎士がよそ見してんじゃねーよ!とりあえず一人だ!」


 幸先が良い。先手を取って一人は討ち取れた。

 あっという間に四人を討たれたラース本陣は背後の竜の恐怖と相まってまともに動けない。

 ヤトが騎士の背後に回って翠刀で心臓を一突きすれば、オットーは恐れず深く一歩踏み込んでフォトンエッジの炎刃の届かない密着状態から短剣で脇を突く。そのまま騎士の死体を押して別の騎士にぶつけて隙を作り、横に回り込んで腕を切断した。

 これでヤトは四人、オットーは三人、計七人の騎士を倒した。残る騎士は二人と貴族が二人。兵士はとっくに逃げている。

 イーロスとラモンが手を振り上げて火球と氷塊を作り出してヤト達に放った。

 ただ雑に塊をぶつけようとしても当たるものではないが、なぜかヤトの身体が宙に浮いて自ら二つの塊に向かって行った。

 それでも冷静に気功を纏った剣を振って火氷を破壊して事無きを得た。ヤトは着地してイーロスとラモンにそれぞれ剣先を突き付けて動きを止めた。

 そして何が起きたのか気付いてオットーに視線だけ向けるも、彼は素知らぬ顔で騎士の一人を理力で拘束したまま首を刎ねた。


「ばかな魔導騎士だと!?」


 最後の騎士が信じられない物を見たように呻く。何故支配者の炎刃を操る誉ある騎士が神の定めし摂理を乱す叛徒に組しているのか。

 疑問は尽きないが、それでも彼は騎士。すべての疑問を心の隅に追いやって主を救うべく、まず裏切りの騎士に炎刃を向けた。

 魔導騎士同士の戦いに理力は決定打とならない。先読みは阻害され、念動力は余程の力量差が無ければ互いに打ち消し合う。ほぼ純粋な技量が物を言う業の戦いだ。

 となればタネが割れて不意打ちを警戒されている若いオットーの方がやや不利だった。

 だから彼は読み合いを捨てて勢いに任せて奇襲の刺突を放った。


「甘いぞ小僧」


 先読みした騎士が迫る鉄剣を青い柄の炎剣で半ばまで切り飛ばした。剣の切っ先が空高く舞い上がる。


「ちぃ!まだだ!!」


 オットーはそれでも短くなった剣を離さず戦意を萎えさせない。

 だが今の一手で互いの技量差が分かってしまった。まだ見習いの域を出ないオットーでは正面からラースの騎士には勝てない。だから反則をすることにした。

 彼は柄を握った右手の小指から放った理力で斬り飛ばされた剣の切っ先を操り、騎士の頸椎に突き刺した。

 想定外、思考の外、視界の外からの小さな一撃は、しかしそれでも致死の刃となった。騎士は膝を折って崩れ落ちる。


「ぉ………きっさ……ま…………それ…でも……きし」


「うるせえ」


 オットーは殺した騎士の末期の恨み言に顔を歪めて弱弱しく吐き捨てた。彼自身もこんな子供騙しの手品など使いたくなかった。不本意な決め手を使ってでも生き残る己の弱さに誰よりも腹を立てた。

 騎士が全滅して剣を突き付けられたイーロス達は顔を青くする。次に殺されるのは自分達だった。だから恥も外聞も無く命乞いをした。


「少し遅いですがまあいいでしょう。うつ伏せになって手を動かさないように」


 イーロスとラモンは捕虜として生き残った。



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