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東人剣遊奇譚  作者: 卯月
第四章 囚われの魔
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第15話 姉弟騎士の受難



 トロヤ奪還軍を完全勝利で退けた≪タルタス自由同盟≫は自分達を喧伝するのに余念が無かった。

 指導者タナトスは周囲に散らばる工作員に勝利と共に組織の掲げる思想≪理不尽な差別の根絶≫を広めるように命じた。面白いのは敢えて兵の数を伏せて、奴隷兵や農民を一人も殺さず、差別の象徴である貴族だけを討った事を喧伝するように命じたことだ。

 通常反体制組織は強さを人々に伝えるために敵兵の討ち取った数を数倍は誇張して触れ回るものだ。だがそれでは≪自由同盟≫の思想から外れて民衆には恐怖しか与えない。

 そこで敵兵の数より貴族を除いて一人も殺さず勝利した事だけを広めた。どうせ噂は広まるにつれて尾びれが付いて正確な数など分からなくなる。しかし最初から零なら増えようがない。噂は故意に歪めさえしなければ正確な情報として伝わるだろう。

 そうしてタナトスは差別階級の奴隷や亜人以外にも、重い税と地主に苦しめられる貧しい農民に自分達は味方だと広めた。

 その甲斐あって近隣からは毎日のように亜人や貧農が街に来て組織に参加を申し出た。中には鎖の付いたままの奴隷と思わしき亜人も多く、組織は彼等を温かく迎え入れた。

 そうした集団の中に一つ目を惹く男女が居た。

 男は奴隷のエルフ、女は若い人族の貴族令嬢。二人は貴族と屋敷の奴隷という立場にあって道ならぬ恋に落ちて、決して結ばれない事に諦観の淵にあったが、≪自由同盟≫の思想を聞き、一抹の望みをかけて近隣の小さな領地から着の身着のまま逃げてきたらしい。

 当然だが助けを求める者の手を振り解くような事はせず、タナトスは快く二人を受け入れた。

 安住の地を得た二人は慎ましい結婚式を挙げて晴れて夫婦となり新たな生活を始めた。夫のエルフは木工職人として働き、妻となった令嬢は読み書きが出来たので、屋敷で書類と睨めっこの毎日だ。毎日忙しいが二人はとても充実した日々を過ごして楽しそうに笑っていた。

 勿論二人の馴れ初めと結婚生活はタナトスが吟遊詩人に命じて各地の酒場や辻で謳わせて美談として広めた。この話は人気を博し、大いに≪タルタス自由同盟≫の名を押し上げることとなる。



 よく晴れた昼時。≪タルタス自由同盟≫の屋敷の庭では昼食が振舞われていた。今日のような天気のいい日は屋敷の竈で料理を作らず、大釜で大量に料理を作って配った。

 今日の昼食は豆とタマネギのたっぷり入ったスープと焼きたての大きな雑穀パン。ヤトとクシナは獣人たちと一緒に並んで昼食を受け取り、庭の隅で昼寝をしているクロチビの傍で食べ始めた。

 二人の周りには同盟の者は居ない。誰もが少し離れた所で食事をしている。鬼教官と怪物嫁が恐いから近寄らないというわけではない。夫婦の団欒を邪魔したくないからだ。嘘ではない。

 ただし組織内の二人の立場は微妙だ。元々外から来た旅人でこの国に縁を持っていないのと≪タルタス自由同盟≫の掲げる思想に否定はしないが全く賛同する気が無いのを知っているから。さりとて俗な欲を持って財貨や土地欲しさに協力しているわけでもない。

 能力は極めて高いが、とにかく何を考えているのかよく分からない一行に、それなりに気を許しても真に心を許す者は一人も居なかった。まあヤト達も必要以上の信用を得ようとか終生の友になる気はサラサラ無かったのでお互い様だろう。

 クシナがお代わりを二回貰って腹が満足した頃、不意にクロチビが目を覚まして鎌首をもたげ、空の一点を見続けていた。不審に思ったクシナも上を見上げるて目を凝らす。


「あれは――――鳥じゃない。翼と四つ足の背に二本足が跨っているな。二体いる。こっちに近づいているのか?」


 彼女の言葉通り、空から二つの物が段々とこちらに近づいて来ている。

 そして屋敷の庭の空いた場所に堂々と降り立った。

 最初に目を惹いたのは二頭の翼を持つ獣。ワシの頭と翼、馬の胴体を持つ幻獣ヒッポグリフ。この幻獣は戦闘力に優れ空を飛べるが気位が高く万人に懐かないものの、タルタスの騎士に人気が高い飛行型幻獣だ。

 その幻獣から降りたのはまだ若い赤い髪の男女。どちらも身なりが良く容姿も整っているが、気性の荒い豹のような荒々しい攻撃性を宿した鳶色の瞳を持っていた。

 少年の方は周囲を見渡してから、嘲るような目で鼻を鳴らした。


「へっ、街一つを落とした叛徒だっていうから来てみたら、数が多いだけの雑魚ばっかじゃねーか。これならさっさと用事を済ませるか」


「あんまり油断しないのオットー。一応センチュリオンを倒せる使い手はいるんだから」


「はいはい分かってるよエピテス姉さん。じゃあ聞いとくけどあんたらのボスはどこだ?首だけ持って帰りたいんだけどー」


 オットーと呼ばれた少年の一言で庭の兵士は戦闘態勢に入る。彼の一番近くにいたヤギ人の兵士が後ろからフレイルを叩きつけたが、少年は後ろを見もせず腰のフォトンエッジを居合の要領で抜き放ってフレイルを切り落とし、切っ先をヤギ人の喉元に添える。

 光刃で焼ける体毛の臭いと恐怖で失禁したヤギ人の尿の臭いが周囲に立ち込める。手にしていたのは紛れも無くフォトンエッジ。少年は魔導騎士だ。


「ったく、じゃますんじゃねーよ」


 なまじ戦いの経験があるからこそ、一太刀で実力差を感じ取った兵士達は囲みはすれども少年と戦おうとはしなかった。

 ここでいつものヤトなら真っ先に戦いに名乗りを上げるが不思議と今日はゆっくりしていて、隣のクシナに何か耳打ちして屋敷の中に行かせた。それから剣を抜いてオットーの前に立つ。

 翠刀を構えるヤトを見たオットーは見どころのある奴が出てきて喜ぶ。彼はフェイントも無しに一気に地面を蹴って突きを放った。

 そんな見え見えの攻撃に当たる筈が無く、ヤトは予備動作を読んで一拍子速く後ろに回り込んでオットーの頭に翠刀を振り下ろした。


「バカッ!後ろよ!!」


 エピテスの警告にオットーは反射的に左腰のフォトンエッジを後ろに回して、かろうじて翠の刃を受け止めた。しかし受け方が悪く、体勢を崩して地面を転がった。

 警戒しながら立ち上がるが、左手の痛みに顔をしかめる。斬撃を受け切れずに手首を痛めたのだ。


「まだまだヒヨッコですね。お姉さんに助けを求めるなら今の内ですよ」


「てめぇ、俺をバカにしやがったな!!!」


 嘲りを受けて怒り心頭のオットーは技巧も何もない感情に任せて突撃した。

 ヤトは迫る赤い双炎刃を恐れず、なお速く一歩踏み込み、オットーの両手を掴んで竜の力で肘を圧し折った。

 両腕があらぬ方向に曲がった少年騎士はその場に膝をついて絶叫する。

 弟の窮地にエピテスはナックルガード付きのレイピア型フォトンエッジを握るが、ヤトが彼女の視線をオットーで遮ったので迂闊に動けなくなった。

 さらにヤトは彼の頭に手を添える。


「剣を振るえば弟さんの頭をパンみたいに握り潰します」


「くっ人質とは卑怯な!」


 戦いの中で卑怯もクソも無いどころか喧嘩を売って来たのは姉弟の方なのに、なぜこちらが悪いようにいわれなければならないのか。

 そしてエピテスと戦わず待ち続けると、屋敷からクシナと共にカイルがやって来た。


「待ってましたよカイル。あちらの女性と戦ってください」


「何で僕が?」


「貴方はまだこの国の騎士と戦ってませんから。いざという時のために交戦経験は積んだ方が良いですよ」


「あーそれはそうだけど……はいはい、言う通りにするから」


 理屈は分かるが突然戦えと言われると困る。兄貴分が剣を向けた先に居る同年代の少女を見た。なんだかおっかない顔をしてこちらを睨んでいる。


「私見ですが騎士としてはヒヨッコですから最初に戦うには良いでしょう。あーそちらの方、彼に勝ったら弟さんを解放して見逃してあげます」


「本当だな?」


「見習いの首を取った所で何を誇れと?」


 エピテスは格下と侮られて腹が立ったが、条件付きで撤退出来る機会を提示されてやる気になる。カイルも短剣を二振り抜き、臨戦態勢に入った。

 先に動いたのはカイル。左から斬りかかるが短剣ではリーチが圧倒的に足りないがそちらは囮。本命は右の短剣の柄に隠した太い針の投擲。

 本来なら視界に捉えるには至難だが、理力による先読みに長けた魔導騎士には通じない。エピテスは針を躱して間合いを詰めて首を刎ねようとしたが、横に跳ばれて避けられた。それでも追撃の袈裟斬りを放つが、針をもう一本投げられて理力で逸らした隙に間合いから逃げられた。

 なまじ先読みが出来るから反応してしまう。これが針に気付かずそのまま斬りに行ったらその時点でカイルは死んでいた。尤も暗器の類は毒が塗られている可能性もあるので掠っただけで危険。それを考慮すれば避けるのは正解だ。事実今の針は二本とも致死性ではないが毒針だった。

 再び距離を取った両者。一見して互角に見えるが両者の力量差は歴然としている。

 カイルは正面から戦ったら負けると確信した。元より自分は盗賊、騎士のように正面から敵と戦う技能には特化していない。ならばどうすべきか?正面から一対一で戦わなければ良いだけだ。幸いこの場には味方となる頼もしい友朋が無数にいる。彼等に少しばかり手助けしてもらえれば何とかなる。

 変化はすぐに訪れた。エピテスの背後の雑草が急激に伸びて自らの意思で動き出し、まるでタコやイカのような軟体動物のように彼女を捕食しようと襲い掛かった。


「えっなにこれ!?きもっ!いったいなんなのよー!!」


 恐怖と困惑で絶叫しつつも炎刃を振るい近づく無数の草を切り払う。しかし草だけでなく、足元から蔦や蔓が伸びて足に絡み付いて少女を持ち上げる。驚き光刃を振るうのを止めて手足をばたつかせるが、そんな事で振り解けるわけもなく、フォトンエッジを手から落としてしまった。

 おまけに草や蔦が服の隙間から全身に入り込み、縦横無尽に動き回ったのでエピテスは笑いを抑えられなかった。


「あはははははは!!!や、やめてええええ!!ははっはははあは!!ひえっ!おほっ!!い、息ができはっははははっはは!!!くるしっいひいいいいははは!!」


 今のエピテスを見ればわかるだろうが、実はくすぐりというのは呼吸を制限するので、加減を間違えれば発狂する可能性もある拷問行為だ。カイルは彼女のような騎士は痛みに耐える訓練はしていても、快楽に耐える経験は少ないと見て無力化のためにこの方法を選択した。

 というのが本来の目的だったが、笑いながら苦痛にあえぐ少女の姿を見ると、どうにも嗜虐心をくすぐられる。どうせ闘争心を圧し折るにはまだまだかかりそうだから、少し長めに緩急も付けてじっくり見守るとしよう。



 ―――――三十分後。

 カイルに頼まれた植物の精霊に嬲られまくって息も絶え絶えになったエピテスは解放された。


「おほう、お゛お゛う」


 彼女は痙攣して立ち上がる事すら不可能だった。刺激に耐えられずに失禁した下半身はビジャビジャになって臭気を漂わせている。これでは騎士を名乗るどころか女として死んだも同然だろう。


「………こういうのが好きなんですか?」


「ち、ちげーし!反撃されたら困るから少し長めに責めただけだし!!」


 ヤトにだって言葉使いが普段と違っているのに突っ込まないぐらいの優しさは持ち合わせていた。弟分のあまり見たくない一面を見る羽目になったが、担架を二人分呼んでもらって騎士姉弟を運んでもらった。思いがけず捕虜が二人も手に入ったのは僥倖だった。

 騎獣のヒッポグリフは主人達が運ばれていくのを見ていたが助ける素振りは見せなかった。負けた者に情けをかける気が無いのか、殺されないので安心しているのかは分からない。ともかく暴れないならクロチビの餌にする必要は無いだろう。



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