第19話 にひひ☆3人のひみつ
火曜日、午前十時。二時間目の休み時間。
俺は「昨日の密会はバレていない」という、今思えばあまりに甘すぎる確信を抱いて、机に突っ伏していた。
(……一ノ瀬さんは約束を守ってくれた。東雲さんには『妹と買い物』と言ってある。完璧だ)
そんな俺の平穏は、ポケットの中で震えたスマホの通知音によって、音を立てて崩れ去ることになる。
画面を見ると、視界がチカチカするような通知が並んでいた。
【通知:一ノ瀬咲希があなたをグループに招待しました】
【通知:グループ名が『にひひ☆3人のひみつ』に変更されました】
「…………っ!!?」
心臓が口から飛び出しそうになった。
招待されたのは、俺と、一ノ瀬さん。そして――東雲凛。
グループ名にわざわざ『ひみつ』なんて不穏なワードが入っている。
これではまるで、俺と東雲さんが隠し事をしているのを一ノ瀬さんが知っていて、それをネタに楽しんでいるのが丸出しじゃないか。
俺は震える指で、まずは一ノ瀬さん個人へのLIMEを叩きつけた。
『一真:ちょっと待て一ノ瀬さん!! なんで!? 昨日、秘密にするって約束しただろ!?』
数秒で既読がつく。早い。
『咲希:あ、カズッチくんおはよー!(๑>◡<๑)』
『咲希:ごめんね! でもね、昨日の夜に凛りんと電話してたら、やっぱり親友に嘘つくのって寂しいなぁって思っちゃって!』
『咲希:隠し事して遊ぶより、3人で仲良くしたほうが絶対楽しいじゃん! にひひ!』
「…………ほんとにあの子はっ!!」
俺はスマホを握りしめ、天を仰いだ。
彼女に悪気はない。それどころか「親友のため」という、眩しすぎるほどの善意で動いている。それが俺にとっては、どんな核兵器よりも恐ろしい爆弾になることも知らずに。
嘘は行けない。それは間違いない。今でも罪悪感が常に俺の胸の中を渦巻いている。
しかし時にはつかないといけない嘘もあるのだ。そうしないと一ノ瀬さんの胸のボタンが弾け飛んでしまう……。
グループトークの画面を開くと、すでに絶望が始まっていた。
【咲希:凛りーん! カズッチくーん! おはよーっ!(๑>◡<๑)】
【咲希:昨日の相談のお礼に、今度の日曜日、3人で遊びに行こっ! 色々なスケジュール決めは咲希がしておくね!】
そして周りを見ないように顔を伏せていたら数分後。
東雲さんからメッセージが届く。
【凛:おはよう。……。……咲希、これ何?】
【凛:佐藤くんも入ってるみたいだけど……どういうこと?】
……。
画面越しでも伝わってくる。東雲さんの、あの獲物を捕食する直前のような冷徹なトーン。
わざとらしく「佐藤くん」と呼びつつも、行間からは『昨日、あんた何してたの?』という強烈な圧力が滲み出していた。
俺は恐る恐る、前方の席に座る東雲さんの方を見た。
彼女は女子グループの輪の中でいつも通り微笑んでいるが、その手元では親指が火花を散らすような勢いでスマホを叩いているのが見えた。
一ノ瀬さんはといえば、凛の腕に抱きつきながら、自分のスマホを見て「にひひ」と喉を鳴らして笑っている。……完全に確信犯だ。
【咲希:えへへ、詳しくは日曜日に話すから! 凛りん、日曜日は空いてるよね?(๑>◡<๑)】
【凛:……ええ、空いてるけど。……。了解】
その『了解』という二文字。
一文字ごとに、俺の社会的生命が数年分ずつ削られていくような感覚があった。
――そして、放課後。
俺はHRが終わると海斗が喋りに来ようとしたところを、『お腹が痛い』という小学生レベルの嘘で振り切り、逃げるように帰宅した。
家に着く頃には、凛から個人のLIMEが一通届いていた。
【凛:22時。……遅れたら、殺す】
「…………ひっ」
文字化された殺気。
普段なら『ギルド追放な!w』とか『ポエム晒すぞ!』といったハルらしい煽りなのだが、今回の『殺す』には一ミリの冗談も含まれていないことを、俺の生存本能が察知していた。
俺は震える手でパソコンの電源を入れ、ヘッドセットを装着した。
22時ちょうど。
『エターナル・レジェンド』のギルドホームにログインすると、そこにはすでに筋骨隆々の戦士アバター――ハルが直立不動で待っていた。
いつもなら「よお、カズ! おせーよ!」と元気な声が飛んでくるはずのボイスチャットは、不気味なほど静まり返っている。
ディスプレイの中のアバターが、じっと俺を……俺の魂を見透かすように見つめている。
「……。……。……ハル。……おはよ」
絞り出すような俺の声に、数秒後、ようやく返答があった。
ボイチェンなしの、凛とした、けれど今はひどく冷え切った彼女の声。
『――カズ。……今日、学校ですごいもの見ちゃったんだけど』
「……。……LIMEの、こと、だよな」
『そう。……咲希が作ったあのグループ。……「昨日の相談のお礼に」だって。……ねえ、カズ。昨日、双葉ちゃんと買い物に行ってたんじゃないの?』
凛の声が、かすかに震えている。
それは嘘をつかれた怒りだけではない。
自分の知らないところで、自分の「相棒」と、自分の「親友」が何かを共有し始めたことに対する、困惑と、そして――。
(……これ、もう逃げられないわ)
嘘に嘘を重ねれば、いつか致命的な破綻を迎える。
相手は三年間、俺の隣で戦い続けてきた最高の相棒だ。
俺はコントローラーを置き、深呼吸をした。
「……ごめん!! 全部話すから! だから、武器を下ろしてくれ!!」
俺の、必死の白状。
平和な放課後が、修復不能なカオスへと突入した瞬間だった。




