後日談2話 ミレーヌとパートナー
私とメリザンドの前に群がっている賊達から発せられる、あまりにヒドイ臭い。
「ご主人様のニオイが嗅ぎたいわぁ……」
わらわらと群れる賊から匂ってくる、家畜の方がまだ清潔と思える臭いに本音が漏れ、その呟きをメリザンドが拾う。
「あぁ……わかるわぁ……
こんなニオイを嗅いじゃったら早く口直しじゃないけど鼻直ししたくもなるわ。」
「本当にね。
一日動いたご主人様のニオイとか……本当堪らないわ。」
私は顔が自然と綻ぶのを感じつつ、ご主人様に頂いたマジックアローを賊に向けて構える。
メリザンドも手から鋭い爪をニョキニョキと伸ばしている。
「わかるわかるっ! すぐにでも抱きつきたくなるくらいイイニオイよねぇ。」
「そうそう。抱きついて自分のニオイが移ったり移されたりして……なんていうかもう最高。」
「……はぁっ?」
メリザンドは今の私の言葉が気に入らなかったのか、顔をピクつかせて怒りながら、その怒りをぶつけるように賊達に突進を始める。
「何言ってんのよ!
最高のニオイってのはご主人様が冷たい目線になりながら……こっそり流す冷や汗っ!
その冷や汗のニオイこそ至高なのよォ!」
賊を爪で引き裂きながら、メリザンドが叫んでいる。
メリザンドを狙い飛んでくる矢を、私はマジックアローで弾き飛ばし、そのまま狙撃手に狙いをつけ射ちながらメリザンドに向けて呟く。
「……それを嗅げるのはアンタだけだからね。」
普通の雑談であったならば私たちも鉄火場で話をするような事は無いのだけれど、お互いご主人様のニオイに関しては思う所があったせいで、収まりがつかずそのまま討伐を始めてしまった。
王都の竜騒動の後、災厄の種の情報はまるど音沙汰が無くなり、種を探す事は極めて困難になった。
というのも、竜騒動は最後の抵抗だったようで災厄の種の件はそれから間もなく終息と判断されたからだ。
ご主人様と一緒に旅ができる目的が無くなった寂しさに、思わず涙が流れ一人佇んでいると……いつの間にかご主人様が隣に居て、私の涙をそっと拭ってくれた。
ご主人様の優しさと自分の中に渦巻く思いがそれをキッカケに多くの涙と感情になって止まらなくなり、気が付けば
「ご主人様と離れたくないです。」
と、縋りついていた。
するとご主人様は、
「ありがとう。ミレーヌ。
……その今更でなんだけど……俺もお前を離したくないんだ。
俺のわがままだけど……これからも側にいてくれるか? 」
と、その時初めて私の名前を呼んでくれた。
竜騒動の後、リリィ殿にローザ殿、サラ殿がご主人様に名前で呼ばれるようになったので、それを羨ましく思っていた私は、ご主人様がようやく私のご主人様になってくれたのだと感じ、そして、この日から本当の関係が生まれたように思う。
今、リリィ殿にローザ殿、サラ殿は基本的には王都に新しく構えた住居で暮らし、私とメリザンドはご主人様が『聖人狐耳君』と呼んでいるカルタ殿の村に住居を構え、ご主人様は週の半分ずつをそれぞれで過ごす形を取っている。
何故カルタ殿の村なのかというと、ご主人様は諸々の問題が片付いた後にカルタ殿への助力を中心に行動を始められたからだ。
『ケモミミオンセンリゾート ウヘヘコンヨクウヘヘ』
と、なにか不可思議な呪文のようなものを呟いていたようにも思うけれど、世界の敵になっていたかもしれない災厄の種達。
いかに災厄の種とはいえ、同じ獣人族を大事にしてくださるご主人様には改めて尊敬の念を抱かずにいられなかった。
カルタ殿の村ではご主人様の協力の元、元災厄の種達の再教育や街道の整備に開拓、近隣の自治など山のように積もっている仕事を日々こなしている。
また、ご主人様と密に連絡をとれるので、私が窓口になるような形で村の近辺で採れる野草を取ってまとめたりと簡易ギルドのような仕事もこなしている。
今日は発展する村と共に盛んになってきた物流を狙う賊の情報が入ったので、いつものように私とメリザンドが処理に向かったのだ。
災厄の種達も戦えば、それは大きな戦力ではある。
だがカルタ殿の『戦わなくてよいのであれば戦わせたくない』という思いを汲んで二人で出張っている。
なにしろ私とメリザンドはそれなりに一緒に行動しており、ご主人様からも『二人で一緒に戦えば負けはほとんど無い』とお墨付きをもらっている位なのた。どのような問題が起きても心配されることは少ない。
というよりは、山賊如きに対して私達の戦力は過剰すぎるようにすら思える。
だが、ご主人様にお願いされた事であり、そしてご主人様の邪魔になりそうなものになど容赦をする必要はない。
嫌なニオイの散らばっている所に向けて、次々とマジックアローを放つ私と、固まっている所に向けて突進をしていくメリザンド。
あっという間に賊達は全滅し、嫌なニオイを残して動く気配はなくなった。
心底嫌そうな顔をし、メリザンドが爪を振りながら戻ってくる。
「お疲れさまメリーザ。」
「くさいよう! くさいようっ!! 爪が臭いのっ! なんとかしてよミレーーっ!!」
と、半泣きになりながら、私に爪を向けてくるメリザンド
「ちょっとやめてよ!! クッサイ!」
「ヒドイっ! ご主人様以外に罵られたって嬉しくないわよっ!」
「知ってるわよ。ほら、川に行きましょ。
……今日はご主人様が来るんだから。」
耳までペタンと折って落ち込むメリザンド。
自分の爪に嫌なニオイがこびりついたらと思うと……その気持ちはわからないでもない。
ただ私の方がメリザンド……リザよりも鼻がいいので、逃げ出したくもなる。
木から木へと飛び移り、リザと距離を取りながら川に向かう。
リザに距離を取っている事をばれないように願いながら、気を紛らわせ元気づける為に、私は思い切って、少し恥ずかしい気持ちを押し殺して自分の最も好きなご主人様のニオイを言ってみる。
「……ねぇ、リザ。
至高って言ってたけど……ご主人様が………その気になった時のニオイはどうなの? ほら、アノ時とか……」
「あれは別格!」
リザの耳は元通りに戻り、目がランランと輝き元気を取り戻した。
パートナーが元気を取り戻した事を嬉しく思いつつも、取り合いにならないように、どう言いくるめるかを考え始めるのだった。
きっと今日は私の一番好きなニオイも嗅げる。
早く帰ろう。




