60話 赤毛ちゃん 試練
王都のギルドで、彼の伝言
『少し遅れる』
を確認し、私達は彼達と合流するまでの間、どうするかを話し始める。
私とローザとサラの3人は相談する必要もなく、いつものように
「3人で彼を待つので、アルクスさん達は行きつけの高級レストランで先にお休みください。」
と、提案したのだけれど、
「それはできぬ。」
と、また即答を頂いてしまいました。
彼に1号、2号、3号なんて呼ばれてる、アルフレッドさん、レナルドさん、パトリックさんも、それに
「うんうん。」
と声を出しながら頷いていて。
その様子は綺麗にシンクロしているじゃないですか。
最近は、仕草もアルクスさんにそっくりになってきたなぁ……と、しみじみ感じてしまいます。
今日も転移で帰ってくる時には、私とローザが手をつなぎ、サラには私の腰に抱きついてもらい、もう片方の手でクリスティさんと手をつなぎ、クリスティさんからアルクスさん……と、数珠繋ぎになっていく。という感じ。
アルクスさんは
「彼には大恩がある。
その彼が好いている女性に、おいそれと触れるなどできぬ。」
と、毎回アルフレッドさん達に言い聞かせるように声に出しては、アルフレッドさん達もそれに
「うんうん。」
と頷くばかり。
何度も聞いているのに、毎回きちんと仰られるので、もう、それが転移する前の合図にもなってしまっているくらいです。
……彼はきっと、アルクスさんやアルフレッドさん達に私達が惚れたりするんじゃないかと考えてこのグループを組ませたと思う。
私もローザも
『まだ信用されてないのかな?』
と、少しだけ不安に、残念な気持ちになりましたが、二人で話し、彼はやっぱり繊細すぎるのだと結論づけ、彼が心ゆくまで納得し、私達を受け入れてくれる日を待つ事にしました。
ミレーヌさんやメリザンドさんがちょっと羨ましいけれど……
でも……最近はそうでもありません。
というのも……離れているせいか、彼は以前にも増してきちんと私達に好意を向けてきてくれているように思えるのです。
それに私が見ている感じだと、エリィさんはもちろんのこと。
なぜかミレーヌさん達にも、グループ別の行動中は手を出していないように感じます。
……私と一緒に居る時には手を出すのに。
男の人はよくわかりません。
私といる時には私以外は見てほしくないのに……
彼限定ですが……『何をした』か『何をしようとしてるのか』は、なんとなくわかります。
……でも、じゃあ『今何を考えているのか』と言われると、とてもそこまではわかりません。
でも……そのうち……わかることができるといいな。
今日は少し遅れるようですが、ようやく会えるのですから、また何を考えているのか、頑張って探ってみる事にします!
楽しみです。
ローザとサラも同じ気持ちかな? と、顔を見ると、サラの表情が一気に険しいものへと変化する。
「……すぐ逃げてっ!」
と、突然サラが叫び声を上げる。
「上に竜の気配がするのっ!!」
ギルドに響き渡った叫び声。
ギルドは、一瞬静かになる。
「そんなバカな話しが」
「何を血迷った事を」
と、言葉が飛び交い始める。
私達はすぐにギルドの外に出て上空を確認する。
サラが『いる』と言えば、それは確実に『いる』。
……やっぱりいた。
…………
竜が。
彼にも
『絶対に近づくな』
と言われている……竜。
王都の中心にいきなり現れた事に間違いは無い。
けれど、今はその経緯を推測している時間は無い。
誰かが不幸になるのは見たくない。
被害を可能な限り抑えて、なんとか逃げるだけの時間を稼ぐ必要がある!
「ローザっ! サラをお願い!
私が竜を外へ誘導する!」
私は浮遊術を使い、ローザが呼び止める声を背に受けながら竜に近づく。
……近づくにつれ、その存在が如何に圧倒的な存在かを肌で感じずにはいられない。
まるで恐怖そのものを体言している存在のように思える。
ただ、おかしなことに竜も少し戸惑っているようにも見えた。
まるで突然空中に放り出されたような。
知らぬ間に転移させられたような。
……でも、竜は現状を少しずつ理解し始め、目を細くして下を見つめ、王都に興味を示し始めた。
近くにいる私などまったく意にも介さない様子で、
まずい。
ローザやサラはどれだけ素早く動けると言っても、上空から狙われたのでは、なす術が無い。
……彼は『いつか竜を倒せるようになるのが目標』とも言っていた。
勇気を振り絞って、私は沸きあがってくる恐怖を押さえ込み、杖から雷撃を竜に向けて飛ばす。
竜はそれを受け、一度不快な羽虫でも見るような目線をこちらに向ける。
― 怖い。
…………
竜は、ただ視線を向けるだけで。
何もしてこなかった。
やがて目を下に戻す。
竜の様子はさっきよりも王都に興味を持ち始めたようにも思える。
そして竜はそのまま降下し始めた。
………スキだらけ。
攻撃をするなら……今しかチャンスはない。
杖にありったけの力をこめる。
……彼が初めて出会った時。
私達を助けてくれた時に見せてくれたような……雷。
何があっても大丈夫と思えるような!
絶望を希望で塗り替えてくれるような!
そんな雷を!
精一杯の力を振り絞り、ゆっくりと降下を始めている竜に狙いを定め、杖を振るう。
スキだらけの竜を、私の全力の雷撃が襲う。
すると、予想以上の効果があったのか当たり所が良かったのか、竜は空中で力を失い王都へそのまま落下していく。
竜に気が付いたのか、あっという間に王都が大騒ぎになる。
私は全力を使った事で、浮遊の力すらうまく保つ事が出来なくなりながらも、なんとかローザとサラの下に降り立ち、ローザに肩を借りながら現状を確認した。
……サラの見立ては残酷な物だった。
竜は単に気絶しただけの状態という事。
そして、以前に見かけた竜とは比べ物にならない程の強さを持った竜だと。
……
アルクスさん達は、落ちた竜であれば剣が届くと攻撃をしてくれたが、刃が通る様子はなく、なす術が無い。
……王都にはアルフレッドさんの妹さん達が居る。
仲のいい友達もできた。
守りたい人達がいる。
……私は覚悟を決め、クリスティさんとローザに頼み魔力を分けてもらった。
私の覚悟。
それは
竜が失神から覚めるまで、彼を待つ。
もし彼が間に合わなければ……私が竜と共に転移して王都を守る。
竜が目を覚ますまでに、うまく魔力が貯まれば……転移した後に私だけ帰ってくる事ができて、ちゃんと逃げ切れるはず。
そう伝え、アルクスさん達や衛兵に、無用な刺激を竜に与えず見守るよう促した。
……ただ。
……竜のような大質量を転移させて……果たしてどれくらいの魔力が残るのか。
……ちゃんと帰ってこれるのか。
それは考えないようにした。
私は出来る限りクリスティさんとローザに魔力を分けてもらいつつ竜に近づき、
その顔の前に立つ。
――怖い。
怖い。
怖い。
助けて欲しい。
………でも……こんな思いを……皆がしてしまうのであれば、
それを感じるのは…………私だけでいい。
………
どれだけの時間が過ぎたのだろうか。
1時間かもしれないし、
1分かもしれない。
竜の閉じていた瞼がピクリと動いた気がした。
私はクリスティさんとローザを突き飛ばし ――
竜の鼻に触れ ――
転移した ――
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…………転移は……できた。
竜も目の前に居て……目が開いている。
……………
でも……私の体は……動かせそうにも…ない。
―― ココは……
……どこ……だろう。
―― ……あぁ。
………彼と……来た
あの……緑の丘だ――
……ドコに転移するか……考えてなかったな。
竜は目覚め、立ち上がり、怒りを宿した目で目の前の人間を睨みつけている。
これ…が……最後なら。
せめて……一目だけでも
……彼に会いたかったな。
竜の怒りの籠った咆哮が響き渡った。




