49話 アルクス 回復の後
私が覚えているのは……彼が私に対し
『 死ね 』
と、言葉を発したところまでだ。
その後は、ただただ白い世界に飲まれ意識が切れていた。
……次に目を覚ました時は、ベッドの上だった。
ふと横に目をやるとクリスティの疲れた顔が見えた。目が合うと彼女は安堵したのか、その目に涙を貯めながら抱きしめてきた。
彼女の涙に手を伸ばし、そっとぬぐった後、周りを見渡して私が寝かされているのが宿の一室であると理解する。
クリスティがエリィを呼びに行き、彼女達がこれまで何があったのかを話し始めた。
夢か……はたまた自分が幻影でも見せられたのかとも思っていたが、間違いなく私は勇者に雷撃を撃たれ倒れたと改めて聞かされる事になり、彼女達の言葉はただ頭を通りすぎるように流れて入ってこなかった。
…………信じられなかった。
あの勇者が。
あの聖人が。
私に 『 死ね 』 と
憎しみと恨み。
悪意を持って、それを実行した。
その事がどうしても信じられなかった。
これまでの戦いにおいても、彼はそんな汚い言葉を使った事は無かった。
そんな言葉を私に向けて発したのだ。
いつからそこまで憎まれていた?
彼に王国で打ちのめされてからは、心を入れ替え、力及ばずとも必死に支えてきたと思っていた。
そして共に戦ってきた中で学び、剣だけでなく心も成長し、王国1の騎士と謳われていた頃のような傲慢な思いは消えて、誰に対しても正面から相対することができるようになっていたと思っていた。
彼に対しても誠実に仕えていたと思っているし、なにより友人になれたと思っていた。
……
……まだ私は……昔と同じような……他者の気持ちのわからぬ鈍重な男のまま……愚者であったのだろうか。
…………彼に手を出させてしまう程に気持ちを理解していなかったという事は……そういうことなのだろうか。
それに、力の差は頭では理解してはいたが、自分が彼をその場に留めておくことすら出来ない程に弱いという事……
心・技・体 どれも彼に対してなんの影響も与える事のできない、役立たずであると……
彼にとっては『道端の石ころ』と同じであると言わんばかりの力の差も思い知らされた。
………
「……不甲斐ない。」
ようやく言葉が漏れる。
目が覚めて初めて出た言葉が、看病をしてくれたクリスティに対しての礼でも、傷を負わせた彼に対しての恨みでもない、自分に対しての言葉。
……これもまた傲慢なのだろうか。
あまりの情けなさに、涙を堪えきれなかった。
……クリスティ達は私が落ち着くのを、ただただじっと待ってくれていた。
落ち着きを取り戻し改めて現状を確認すると、彼は私の命までは取るつもりは無かったと、手心を加えてくれたという事を聞いた。
じゃあ……あの言葉は一体なんだったのか。
わからない。
わからない。
なにがいけなかったのだ。
この日一日、ずっと悩み続け。
私は結論を出した。
分からないのなら『答えを聞くしかない』と。
そして、それが私自身納得のいく答えであったならば受け入れよう。
もし納得の行かない答えであるならば、抗おう。
クリスティとエリィを王国へ送り届けた後、彼を探しに行こうと心を決める。
クリスティのヒールにより目が覚めてから動けるようになるのはすぐだった。
私が回復してからすぐに王国へと足を進め、旅路で彼の存在の大きさを再認識せざるを得なかった。
ようやく王国に辿り着き、城へ二人を送り届けてから私は単身。彼を探しに出る事にした。
……クリスティは情けの深い女であり、察しもいい。
きっと私が旅立とうとすれば共にあろうとするだろう。
しかし、私の旅は死出の旅となる可能性が高い。
だから別れよう。
私はクリスティを愛している。
だからこそ。別れよう。
彼女に別れを告げると彼女はただそれを受け入れ、私達は別れた。
……が、
彼女もまた勇者探しの旅をするのだと言う。
「もしかしたら進む方向は一緒かもしれないわね。」
そう優しく微笑んだ。
彼女からは言葉に出さずとも強い意志が感じられる。
…………また私は傲慢だったのかもしれない。
そう感じつつも、心の角が取れるような感覚を覚えた。
……何があっても死ねないな。
だから強くなろう。
勇者を探し、巡りあえたその時に死なないように。
昨日より、今日の自分が
今日より、明日の自分が。
蟻の歩みであっても、
少しずつであっても、
好きな人達を悲しませる事が無いよう、強くなる事をここに誓おう。




