32話 クリスティ 塔の後
私は今。後悔している。
自分の過ちに気づき、それを理解したからだ。
彼に嬌声を咎められた事なんかには後悔していない。
それ自体は私自身『ワザと』出していたからであり、それが間違っていたとは思っていないからだ。
私が恥ずかしげもなく皆に聞こえるよう声を上げていた理由は単純だ。
勇者の為を思っての事。
まず第一に私達のパーティは微妙な関係の上に成り立っていた。
勇者、姫騎士エリィ、王国一の騎士アルクス、聖女と呼ばれる私。
こと戦闘においては非常にバランスが取れていた。
といっても勇者の力が破格であることから、どうでも良いようにも思えなくもないけれど……
微妙な関係とは、人間関係。
特に恋愛関係――
勇者はエリィに好意を寄せており、エリィはその好意自体を悪く無いように思っている。
ただ……エリィはアルクスに対して好意を持っていた。
懸命に隠していたようだが……流石に同じ人を好きな女として気づかないハズがない。
……勇者はパーティや国にとって重要な人物だ。
エリィがアルクスをすっぱり諦め、そして勇者だけを見るようにする為に、ワザとみんなに聞こえるように必要以上にアルクスの体を求めては毎回激しく声を上げていたのだ。
アルクスは私のモノであり、私もまたアルクスのモノ。
エリィが突け入る隙など無い。
だから、早くアルクスを諦めて『勇者を見ろ』と。
また勇者に対しても、私の嬌声で男性として堪えきれなくなれば、エリィに手を出すかもしれない。そうすればエリィは拒まないとも考えていた。
……うまくはいかなかったけれど。
間違っていたとは思っていない。
…………では、一体なにを後悔をしているのか。
彼はなんというか……不思議な人だ。
……まぁ、なんというか。
男性として正直な部分がよく見て取れた。
特に見ないフリをしてるつもりだろうが、事ある毎に私の胸に視線が来ていたことからも嘘やごまかしが苦手な事がよくわかる。
ソレを軽く諌めると、驚くほど真摯に謝ってくるのだ。
彼ほどの、他に並ぶ者が無い絶対強者であれば、私ごときの意見や叱責など意に介さなくともしょうがないと思える。にもかかわらず。
恐縮し真摯に向き合ってくれた。
また、少し彼は小心者の嫌いもあり『誰かの後押しが必要』と感じる面もあった。
その雰囲気に孤児院の子達を思い出し、差し出がましくも、つい些細な事を意見をしてしまった事があった。
彼は私の意見を喜んで受け入れてくれたのだ。
そんなやり取りを繰り返す内に『叱られるのを喜んでいる?』と、少しだけ勘ぐってしまったが、それは無いと判断できる。
そうして日々を過ごす内に、いつしか私は彼を弟のように感じるようになり、エリィやアルクスが『勇者様』や『勇者殿』と敬称をつけているにも関わらず『勇者』と呼ぶようになり、それが自然になっていった。
個人的にも手のかかる可愛い弟と心から思うようになり、あれこれ世話を焼いてしまったと思う。
けれどもそれを彼自身嫌がる素振りはなく喜んでいてくれていた。
……と思っていた。
……彼が離れ。
これまでを思い返し。
真に心から『弟』であると思っていたのならば……なぜ『勇者』と呼んでいたのか。
それはすでに『勇者』としての枠でしか彼を見ておらず、彼自身をきちんと見ていなかったと気づくには十分だった。
……
彼に許しを請おう。
私は姉のフリをしていただけだった。
許してくれないかもしれない。
でも、会いたい。
会って謝りたい。
そして……もう無理かもしれないが……
もう一度……真に姉として、優秀だが……幼い弟を支えさせて欲しい。
だから今日もアルクスと彼の足取りを追う。




