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兵舎の玄関ホールには机が運び込まれ、受付が作られていた。
普段なら、兵士達が装備の点検をし、点呼をするための玄関ホール。そこには冬に入る直前のような受付机が置かれている。受付に座るのは兵士の一人。普段なら村々を結ぶ街道の巡回を行っている兵士だ。
冬ならばともかく、この時期に巡回をせずに受付をしているのはなにか仕事をサボっているような罪悪感がある。もちろん、指示は正規のもので、命令ならば応じる以外にはないのだが。
「募集人員は集まったか?」
「いえ、まったく」
「そうか。今は何人だ?」
「ですから、まったく」
「1人も居ないというのか! 告知はしているのであろう?」
兵舎に入ってきた文官は、文官ではあるのだが、あまり地位は高くない。なにしろ兵舎まで確認に足を運ぶくらいだ。お偉いさんは指示をするだけで、こんな所まで来たりはしない。
足を運ぶくらいの下っ端なら、民のことにも詳しいかというとそうでもない。彼らが街の中をうろついたり、街の外を巡回しているわけではないからだ。
「そりゃもう、朝に晩にと告知官様が街で告知をされていますよ」
「ならばなぜ集まらんのだ」
「夏ですからね」
「夏だからなんだと言うのだ」
「夏は畑仕事もあれば、行商人の往来だって盛んだ。この時期にわざわざダンジョンに入ろうという奴は、少ないでしょうな」
だからそんな簡単なことにも気づかない。
「なんだと。人員確保は領主様のご命令だぞ。一体どうすればいいのだ」
「給金を上げれば誰か来るかもしれませんな」
「ばかな。領主様のご命令を違えろというのか」
(意見一つ言えないのか)
不満はあるが、この文官が意見を言ったところで、その上司を言いくるめられなければ領主様への元へは届かない。この文官は書類仕事は出来るらしいが、意見を通すことは出来ないらしい。
「では、農村を回って告知してくるのはどうです?」
「告知官様が街を離れるわけがあるまい」
「ならオレが行ってきますよ。普段は街の外の巡回をしていますからね。部下たちも連れて一回りしてきましょう」
「そ、そうか。うむ、それがいいかもしれんな」
「ええ、では早速出掛けてきますわ」
受付の机を離れ、部下に声を掛けてから武器と鎧を身に着ける。
今日は部下たちには仕事がなかった。それはそうだ。募集した人員が集まってこなければ、部屋の割り当ても、武具の割り当ても、ダンジョンに入る前の訓練も、何一つやることがない。
装備を点検する振りをしながら雑談していた部下を追い立て、手早く準備を整えて街をでる。
「隊長、なんでそんなに急いで街を出るんすか。すぐに夜になりますよ」
「この時間なら夜になる前に最初の村に着く、野宿にはならんから心配するな」
(街に居て病人の相手させられるよりは、巡回のほうがマシだ)
兵士として、魔物だの盗賊だのと戦うのはいい。だが、呪いだの病だの殴れないものを相手にはしたくない。
隊長は部下を急かしながら、足早に街道を進んで行った。




