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「ハア、ハア、ハア」
ダンジョンの中にコツコツという足音と、自分の息遣いだけが響く。
薄暗い道。どこからか入ってくる明かりで、歩くことは出来る程度に明るい。でも、薄暗くて遠くまでは見えない道。岩陰は真っ黒で、何かが潜んで居ても分からない道。
怖いのを我慢して、その道を一人で進む。
そう、一人で。
市場で仮面を被った医者を見かけた後、ぐるぐる回る頭を抱えながら長屋に戻った。頭の中は伝染病のことで一杯で、どうすれば病気から逃げられるのか、そればかりを考えていた。そして考えているうちに夜が明けた。
一睡もしていなかったから、きっと酷い顔をしていたんだろう。と、今なら思う。でも、長屋を管理しているおじさんに出会って「酷いツラだな。おめえも病気じゃねえだろうな」と言われたらもう駄目だった。おめえも?誰か病気になった人が居たんだ、そう思ったらもう長屋には居れなかった。
管理しているおじさんにダンジョンに入ると告げて、長屋を出て来た。
一人だけど、それよりも街に居るのが怖かった。
「ハア……、ハア……、ハア……」
一度立ち止まって息を整える。
周りを確認する。
大丈夫。魔物は見当たらない。
このルートは、一昨日に街に戻る時に使ったルートだ。
魔物がどこから湧いて出てくるのかなんて知らないし、おじさんも分からないと言っていた。でも、狩りをした後は何日か経たないと魔物が出ないと言って、幾つかのルートを回っていたんだ。きっとこのルートなら魔物に合わずに奥へ行ける。
息が整うまで待ってから、今度は疲れない程度のペースで歩く。
まずは、いつも使ってる水場に行こう。塩も、食べ物も、昨日買ったのがある。何日分かは分からないけど、それでも今は街に居たくない。




