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医者が来た。
俺が呼んだ。
マスクをつけた姿は気味が悪いが、なんでも病気にならないための魔法が掛かっているらしい。あのマスクを着けているから、病人に近づいても大丈夫なんだとか。
朝になっても長屋から出てきやしねえから、扉を開けたんだ。棒で戸締りもせずに、あいつは倒れていた、首のところが大きく腫れ上がった姿で。
他のやつらは炊き付けてダンジョンに行かせた。そして医者を呼んだ。
医者の奴らは数人で来て、あいつを連れていった。運ぶのにつかった扉は返って来ないだろう。あいつも帰っては来ないだろう。行先は街の外にある診療所だ。兵士の時に、近くを通ったことはあるが、誰が中にいるのか、酷く静かな建物だった。
誰も居ないかのように、
誰も生きていないかのように。
兵士の宿舎も、この長屋も、朝の夜明けからバタバタとうるさい。歩く音も、話声も、誰かが動けば部屋の中に居ても分かる。昼間はほとんどの奴が出かけるから多少は静かになるが、長屋の周りからは街の喧騒が聞こえる。静かとは無縁の場所だ。
だが、診療所。
聞いた話だと、あの中には病人が大勢居て、それを見るための医者だって何人もいるはずだ。
静かだった。
巡回で歩く俺達兵士の足音だけが、生きている音だった。




