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祭りが終わり、宿には静かな朝が戻った。
祭り目的で来た村人たちは一人残らず帰り、今泊ってるのは持って出る商品を待っている数人だけだ。なんでも、買い付け自体は終わっているが、商業ギルドの手が回らなくて手続きが終わってないそうだ。このお祭りは事実上、商業ギルドが仕切っているようなものなので、臨時屋台の後始末やら領主への報告やらで忙しいらしい。
商品を待っている商人たちも、祭りで売る荷物を持ってきて、代わりに仕入れたものを持って帰るので、商業ギルドに待たされると分かっていてもどうしようもないと言っていた。「たまの休暇だと思うことにするさ」と言いつつ、朝は食事の後には直ぐ出かけて夜まで戻って来ない。何をしているんだろう。休みなら朝寝坊でもしてればいいのに。あ、ダメだ朝食が片付かないから、それは困る。
人の出払った宿だが、自分はまだ鍋と食器を洗っている途中だ。これが済まないと出掛けることも出来ない。
コンコン。
裏口で音がする。
厨房から外に続く裏口は、昼間は開いたままだ。今の時期は毎日開けっ放しだし、冬の寒い時期も、厨房を使ってる間は開けっ放しだったらしい。もちろんそれには理由があって、食材や油なんかを売りにくる街中商人たちはここの裏口に来るからだ。日本でも昔は棒手振りという商人が街中を移動して売って歩いたそうだが、それに近いように思う、大体は篭を担いでくるから棒は持ってないけど。
誰が来たか確認して、宿の主人を呼んで来ないと。
そう思って裏口を確認すると、そこには染みのついた汚い服を着た男が立っていた。痩せこけた姿は、浅黒い肌と相まってとても不健康に見える。足元には桶と柄杓が置いてあるが、その中はからっぽで売り物が入っているわけではない。
ある意味、これから売り物を入れるのか。
裏口のすぐ傍に立っている男に、少し待つようにと言い置いて、一旦扉を閉める。扉の取っ手と隣の壁を渡すように木を差し込めば鍵の代わりになる。
扉を閉めるために近づくことで、酷く臭い臭いを嗅いでしまった。あの人の仕事がそうだというだけで、臭いのはしょうがないことなんだけど。日常の臭さには慣れてきたつもりだけど、あの人の纏っている臭いはもっとすごくて、ちょっと引く。
扉がキッチリ閉まっているのを確認してから厨房を出る。宿の主人からは物を盗まれないように、厨房から居なくなるときは扉を閉めろと言われているからだ。彼が来たときには特に注意しろとも言われている。どうも、彼は見た目通りに随分と貧しいらしく、厨房の調理器具一つ盗むだけで、彼にとっての大金が手に入るのだそうだ。指示に従うのはいいけど、目の前で扉を閉めてカギまで掛けるのは、少し気まずい。




