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コンコンコンコン。
鍜治場に音が響く。
力一杯振るった槌の音。ではなく、小さくコツコツと叩く音だけが響く。
「親方。打ち直しの品、引き取ってきました」
「おう、そこに置いといてくれ」
手を止めずにアゴをしゃくって弟子に場所を示す。
いつもの場所だと理解した弟子が、箱一杯に詰められたクギを置く。
春祭りが終わり、屋台の解体が終わると外されたクギの大半は鍜治場に戻ってくる。そのまま使える少数のクギだけは木工ギルドに残したままになるが、クギの頭にクギ抜きを引っかけて抜く動作はクギを曲げやすい。それはテコの原理を使った円弧の動きになるからだ。真っ直ぐに引っ張って抜けるような弱いクギであれば、きれいなまま抜けることもあるが、そんなクギは本来の役目を果たせてないとも言える。
「ふう」
手元のクギを作り終えて、一息。
出来上がったと言っても、まだ熱を持っているクギは冷やす必要がある。板の上に並べたまま、棚の2段目に入れる。そこには先に作ったクギが同じように並んでいた。数は揃ったが、納品用の箱に詰めるのは、全部が冷え切った後だ。
「去年と似たようなもんか」
出来上がったクギは置いておき、弟子が置いていった打ち直しのクギの箱を見て、そう判断する。
去年と同じくらいの数なら3日といった所か。
箱のクギを取り出し仕分けして別の箱に入れ直す。一カ所曲がっただけのクギなら、叩いて直すことも簡単だが、二カ所以上は少し面倒だ。そもそも一カ所曲がったくらいなら、そのまま打ち込むことだって出来なくはない。もっとも、出来るというだけで、誰だって真っ直ぐなクギのほうが使いやすい。
曲がりが少なく簡単なものと、曲がりが大きかったり、複数個所で曲がっている面倒なものを分ける。折れてるものは鋳つぶして作り直すか、もっと小さいクギに加工するかで更に別枠だ。
思った以上に面倒な曲がり方をしているクギが多い。
顔をちょっとしかめて、面倒なクギもいくらか弟子に回すことに決める。
(あいつもそろそろ挑戦させて見てもいいだろ)
一人で納得し、仕分した簡単な方の箱に、面倒な曲がりかたをしているクギを一掴み入れる。
「おう、お前の仕事分だ」
一箱を弟子に渡し、ちらりと外を見る。
日の光は既に色を変え、夕闇へとその姿を変え始めていた。
「明日からな」
仕事道具を片付けながら、考える。
春祭りの残り物にありつくには、どこに行くのがいいだろうかと。




