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露天の店番をしながら、牙を削る。
いつもの風景。
地面には、魔物の皮で作ったシートを引き、その上には商品である刃物が並んでいる。
すべて、魔物を材料にした刃物だ。
大振りのナイフは牙を材料に。小さなカミソリは爪を材料にすることが多い。
あとは反りの少ないものがあったら槍の穂先用に別の加工をすることもある。
切れ味を上げるためには細く鋭く削る必要があるが、細くすると折れやすくなる。
客が皆、すぐに新しいものを買ってくれるならそれも手だが、折れやすいと評判になってしまっては売れるものも売れなくなる。
なによりダンジョンに入るやつらは客である上に仕入れ元だ。ナイフが折れたせいで死にましたじゃあ洒落にもならん。
だから、ナイフのは先端だけ鋭くして切れやすく、根本は肉厚になるようにあまり削らないことで強度を確保する。
そのお陰か、ダンジョンに潜るやつらにはそこそこの評判になってるらしく、古参のやつらが新入りをつれて来ることも多い。
新入り達に、昔、村を出てこの街にきたばかりの頃の自分を重ねる。
三男で受け継ぐ畑もなかった俺の選択肢は多くなかった。
兄の元で間借り生活をしながら畑仕事の手伝いをするか、村の自衛団に入って日々村の巡回をするかだ。
畑仕事も嫌いではなかったが、うちにはもう一人兄がいる。元々大して広くもない畑だ。採れる作物で生きて行けるのは一家であって、居候を養う余裕なんてあるわけがない。親父が家長のうちはまだ俺は家族で居られるが、兄に代替わりしたならばただの居候だ。仕事をしても居候である立場は変わらない。子供が出来たら俺が食べる分が残るのかも怪しいだろう。
だから子供の頃から、畑仕事を手伝う傍らで剣を使う練習もしてきた。
枝を整えただけの木刀を振り回して。
でも駄目だった。
体があまり大きくならなかった俺は自衛団にも入れなかった。
村の自衛団だって人数には限りがある。誰でもというわけにはいかない。畑に近づく獣を罠にかけ、時折現れる魔物を倒して肉を得たってそれで暮らしていける人数は一人か二人。村を守っているという建前で、村共有の食料を分けてもらって生きているのが実際の所だ。もちろん村にだって余裕などあまりない。戦える者が必要だと言っても人数はギリギリまで減らされる。
村での生活に見切りをつけ、街にきたのはダンジョンの話を聞いたからだ。
訓練した剣の腕でダンジョンで獲物を狩って生活しようとした。
でも駄目だった。
しばらくはなんとかやっていたが、獲物のかかりが悪いとすぐに食事にも事欠くギリギリの生活。
怪我をしても寝込む余裕すらなく、動けない中で金を稼ぐ方法を探す必要すらあった。
そうして怪我をして歩けない間、糊口をしのぐためにやったナイフ作りを始まりに、ダンジョンに降りることは減り、今は露天なんぞ開いている。
始めの頃は、買い取りを拒否された小さな牙を削って作るだけだったナイフ作りも、今では買い取りされるような大きさの牙でも作っている。もちろん、小さな牙でのナイフも継続して作っているから、買い取り拒否された奴らがこっちに持ち込むこともある。
今日来た客も新入りだろうか、見覚えのない顔の若者。それにしては付き添いが誰もいなかった。
春になって村を飛び出てきた若者だろうか。村を飛び出すことに関しては俺も人の事は言えないが、一人だけで伝手がないってのは頂けない。
料理にも使えるものが欲しいと言ってナイフを1本買って行ったが、無茶はしないで欲しいものだ。
しかし、あの小僧はなんで赤いナイフというだけで変な顔をするのかね。魔物の骨が赤かったり黒かったりするのは当たり前だろうに。
挙句、鉄製のナイフはないのかと聞いてきやがった。鉄なんて折れやすいものはやめておけと説得したら、しぶしぶながら納得はしたようだが。
どっかのパーティに入って最低限の知識を教えてもらえればいいが。




