28
聞き取れない。
随分と早口で、会話の全てを聞き取ることは早々に諦めた。
けど、断片的な会話を聞くだけでも辛い。
宿の主人のおじさんは顔を顰めるだけで、会話には混ざっていない。あれは、迷惑なんだろうか、それともこの会話が煩いだけか。
市場を出る前に、宿で一緒に働いていたお姉さんに声を掛けられた。
兵舎暮らしが終わったこと、宿を探していることを話したら、ここを紹介された。
紹介というのも変だろうか、兵舎に行く前に働いていた宿だし。でも、お姉さんは知らないところより、知っているところのほうが値切りやすいし第一普通に泊まるとすごい高いのよ、と言ってここに引っ張ってきた。
もちろん、お姉さんが持ってた荷物は持たされた。たぶん自分よりもお姉さんのほうが力は強いと思うんだけど。
初めて水汲みに行ったとき、自分が持てなかった水桶を軽々と運んだ姿はまだ覚えている。
そして今は、お姉さんと宿の奥さんが話し合いをしているのを見てる。
見てるうちに段々と内容がわかってきた。
何度同じ話題を繰り返しているのかは分からないけど、今の自分にとっては助かる。
何度も何度も同じ言葉が出てくるので、やっと会話の内容が理解出来たのだから。
それは繰り返される波のように……、あ、宿の主人のおじさんはしかめっ面のまま目を閉じてしまった。
要約すると。「宿には新しく人を雇う余裕はない」「部屋なんていつも空いてるんだから構わないでしょう」
繰り返される波がいつの間にか砂浜を侵食していくように、それは満ち潮のように、動いてもいないのに、いつの間にか、足元が波に呑まれているのに気づくように。気がつくと話題は収束していた。
「分かったね!明日は朝から働いてもらうよ!」
よく、分からない。
結論も繰り返し話してもらえないだろうか。




